プロローグ 幸せは奪われ消える その二
離婚後、僕は父方の祖父の家へと預けられる。
「元気だったか? 夏目」
掠れた声で僕の頭を撫でるおじいちゃん。
「うん……」
「まさか、こんな形で迎えることになるとは。秋乃がいた頃は……いや、なんでもない。ほれ、中に入ろう」
おじいちゃんの手に引かれ家へと。夏休みはいつも、姉さんと一緒におじいちゃんの家へ泊まりにいくのが恒例だった。
葬式の時、おじいちゃんは誰よりも先に僕の下へ来ると抱きしめてくれた。お父さんも、お母さんも、親戚の人たちは何があったのかどうしてこうなったのか、それしか言わず僕のことは放置。
そんな光景を見たおじいちゃんは僕を抱きして、泣くのを我慢せんでええ、思いっきり泣き夏目、と言ってずっと抱きしめ続けてくれたことを僕は覚えている。
「夏目、何かしてほしいことあったらいつでも言うとええからな」
「ありがとう、おじいちゃん……」
この部屋を使うとええ、とおじいちゃんに案内された部屋は、僕と姉さんが毎年の夏に泊まりに来ていた時に使っていた部屋。
家にあった僕の荷物がもう届いて荷解きも終わってる。おじいちゃんがしてくれたんだ。
畳の上に寝転がる。何もする気が起きず、ただただ脳裏に焼きついた姉さんの姿が何をしていても浮かぶ。
日記に綴られていたことを思うと怒り、憎しみ、恨み、憎悪が込み上げてくる。殺意も湧き上がるけど、その感情任せにすれば僕は殺人罪で捕まる。完全犯罪なんて簡単にできるわけがないことくらい考えずとも分かる。
だから余計に、恨むことしかできない僕自身の無力差に心が壊れそうだ……。
「どうして、姉さんがあんな目に遭わなきゃいけないのさ……」
姉さんが何をしたっていう? 日記にもそれは書かれていなかった。ということは、姉さん自身も分からないということ。
それを知っているのは――。
「会って確かめたい。僕にはこれくらいしかできないから」
そう思い立って僕は家を飛び出す。
向かった先はもちろん、姉さんが通っていた高校だ。
校門で、下校する女子生徒に訊く。
「あの!」
「何?」
「えっと、
「山内さん? どうだろう、まだ残ってると思うけど。何か用があるの?」
「は、はい。姉さん……大磨秋乃のことについて聞きたいことがあったので」
「大磨さん……。君って、大磨さんとどういう関係なの?」
「お、弟です……」
「……そっか。弟さんなんだ。えっと、なんて言えばいいのか……。山内さん、呼んで来ようか?」
「いいんですか⁉」
「うん。ここで少し待ってて」
「はい!」
姉さんの弟だと言うと、戸惑っていた女子生徒は僕の頼みごとを引き受けてくれ、山内真理子という生徒を呼びに行ってくれる。
それから数分後、彼女の隣にはもう一人の女子生徒と共に僕の下まで。
「ごめんね、待たせて。彼女が、山内さん。じゃあ、わたしはこれで」
そう言って親切な女子生徒は帰っていく。
「で、大磨さんの弟って君のこと?」
面倒くさそうに言う山内真理子って人。明るめの茶髪、なんとなく染めている感じがする肩にかかる程度の髪を指でいじり、制服も着崩し化粧もしてどこの街でも見かける女子高生。
「姉さんのことで聞きたいことがあります」
「はあ? 今更、何を聞きたいわけ。あたしさ、あんたに構うほど暇じゃないんだけど」
「じゃあ、手短に」
姉さんのことを口にした瞬間から機嫌が悪くなる。僕のことを睨み、要件を早く言えと態度で訴えてくる。そんな彼女に、
「姉さんの日記に、貴方が取り巻きを使って虐めてたってこと。下着姿の写真を取らせて脅迫してたって。他にも、姉さんをパシられせてパンや飲み物を買わせてお金を返そうともしないとも。トイレでは水をかけて、暴力を振るうことも。姉さんが日記に赤裸々に綴っていたよ。このことについて、貴方はどう思うのか聞きに来たんだ」
「…………っ」
僕が語った内容に動きを止め固まり、みるみる青ざめていく山内って人。何かを言おうとして口を開いては、震える唇でまたすぐに閉じてを繰り返す。
この反応から僕は確信した。
「姉さんの日記に書かれていたことは事実なんだ」
「――っ!」
怒りが湧いて笑みが出る。このことを警察に直接、訴えれば虐めが原因で自殺したことが公にできる……! 姉さんを苦しめた人に、僕たち家族を滅茶苦茶にする切っ掛けを作った彼女らに罪を償わせることができるんだ!
「そ、それは……」
「それは、なんて言い訳を聞きに来たんじゃない。僕は、姉さんを虐めた全員に罪を償ってほしいんだ。だから、これから日記を警察に持っていって訴える。それで明らかになるね。父さんがいくら学校や教育委員会に訴えても意味がなくて、でも警察に直接ならきっと話を聞いてくれるだろうから。その時はちゃんと、罪を償ってほしい」
「ま、待って! あ、あたしは別に何も……!」
「何もはないでしょ。日記にはお前に何をされたのか、虐めのことを姉さんが細かく書いてあったから。言い逃れなんてさせない。家族を奪われて、逃げるなんてこと許さない」
「ま、待って! お願い、あたしの話を聞いて!」
「もういいよ。僕が知りたいこと知れたから。それじゃあ」
「やだ! 行かないで! 話を――」
「何してんだ? 真理子」
話を終え、僕が去ろうとした時、すぐ近くで声がする。今にも泣き出そうな彼女のそばに男子生徒が。
誰? 彼女の友達? それとも彼氏とか? 耳たぶに赤いピアス、金色に染めた短髪に横髪を刈り上げ高身長の人。
いずれにせよ、僕には関係ない人だ。
「しゅ、
「彼、誰? 真理子の知り合いか?」
「ち、違う。大磨さんの弟らしくて……」
「弟?」
僕と目が合う男子生徒。背が高いこともあって、僕を見下ろす形になるけど一瞬、背筋に悪寒が走った。
な、なんだろう……。全身、鳥肌が立った。それに、見下ろす目から何も読み取れなくて怖い……。この人、平気な顔で何でもしそうな感じがして近寄りたくないっ。
鼓動が早く脈打ち、背中から冷や汗が流れていく。早くここから離れないと……!
「ねえ、君」
「……っ。な、何か?」
「俺とも少し話さない?」
気味が悪い笑みを浮かべ僕に訊いてくる。
「ど、どうして?」
何を考えているんだろうこの人。見た感じ、会話を聞いていたとは思えないんだけど。行き交う生徒も、何だろう程度しか気にしてない様子。
なのに、この人はどうして僕と話がしたいの?
「どうしてって、知りたいんだろ。お姉さんのこと」
「――っ!」
その言葉に目を開き、相手の顔を見つめてしまう。
この人、姉さんのこと知ってる⁉ 何を? 虐めのこと?
「ここじゃあ、あれだし話せる場所まで移動しようか。弟君」
「…………」
僕の横を通り過ぎ、山内って人に手招きし歩いて行く。
どうすればいい? ついて行って平気なのかな? でも、姉さんのことを知ってるって言うし……。
悩むこと数秒、僕は彼のあとを追いかけることに。
辿り着いたのは神社だった。石段を上がって行くあとを追いかけ登る。
「ここなら誰もいないな」
「ちょっと駿! 本当に話すつもり⁉ そんなことしたら、あたしたちのことが……」
「うるせえな。黙って見てろ。そもそも、お前があからさまな反応を見せるからバレそうになったんだろうが」
「そ、それは動揺して……」
「面倒ごとは早急に片づけないとな」
さっきから何を話してるんだろこの二人? 話すがどうのこうの、片づけるがどうとかって。先を行く二人の会話内容がいまいち分からず疑う。
本当に、姉さんのことを話してくれるのか怪しい。
先に二人が石段を登り終え振り返る。数歩、遅れて僕が最後の石段に右足を置いた矢先、
「お前、ちょっと消えてくんない?」
「えっ……?」
僕の反応より早く、目の前の男子生徒の腕が伸び肩を突かれる。
えっ、な、なに? 視界がゆっくり晴天の空を映し出す。視界の端に、醜悪な笑みを浮かべる男子生徒。
僕の身体は、真っ逆さまに落ちていく。
「――――っ」
ぐっ、ううっ、ああっ、いいっ、んんっ⁉
痛い! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!
「あっ、はぁっ……。ふぅっ……」
い、いたいよっ……! いたいっ……!
はっ……。いぎっ……。うぐっ……。ううっ……。
な、なんで……。なにが、おきて……?
ぼ、ぼく、つきおと、されて……。
あ、ああっ、ああああああああああああっ……!
「ゆ、ゆる……さないっ! ぜ、ぜった、いにっ……!」
いたい、いたくて、うごけないっ……。
は、はやく、おきないと……。
「…………?」
み、みみに、ひびく、おとが……。
あ、あれ? しろい、ひかりが、ちかづいて……?
え……? な、なに……?
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