第11話 意趣返し

「もう夜ですから、あまり騒がないようにしてくださいね」


 女性警察官からの苦笑まじりのお言葉を、玄関先でこうべを垂らして聞いていた私とサトミちゃんは、「どうもすみませんでした」と力なく謝罪した。それからマンションの外廊下に集まっていたマンションの住人たちにも、「夜分にお騒がせしてすみません」と詫びると、私たちはサトミちゃんの部屋に戻った。


 私はソファに置いていた自分のバッグを一旦手に取ると、しかしぐったりと腰を落とした。今日という日は一体なんて日だ。いくらなんでも感情のアップダウンが激しすぎる。色恋沙汰で胸を高鳴らせ、あっという間に興醒めして自己嫌悪の沼にはまったかと思いきや、まさかの大混乱に巻き込まれて絶叫する。ジェットコースタームービーにも程がありすぎる。


「ヨーコさ~ん……」

 

 ローテーブルの前でしょげかえっていたサトミちゃんが、力なく私に声をかけた。


「……なあに?」


「今日ヨーコさんの部屋に泊まってもいいですかぁ?」


「……なんでぇ?」


「ゴキのいる部屋に、一人でいたくないんです~」


 情けない声をあげるサトミちゃんの姿に、ぐったりしたまま思わず吹き出した私は、そのままケラケラと笑ってしまった。


「酷い~、なんで笑うんですかぁ」


「ごめん、あの、さっきの、顔に引っ付いた時のサトミちゃんの顔を思い出しちゃった」


「やめてください~」


 サトミちゃんが泣き笑いのような声をあげるの聞いて、私は力なく笑い続けた。


 脱力しているせいなのか、一度笑うともう止められなかった。そんな私に「笑わないでくださいよ~」と泣き言を漏らすサトミちゃんも、次第にクスクス笑い出した。そうやって、ぐったりうなだれた二人で、しばらくの間、ずーっと笑っていた。


☆☆☆


「あー、なんかどうでもよくなっちゃった」


 ようやく一息つくことができた私は、ソファにぽすっとあおむけに倒れ込んでそう言った。本心だった。自分の中でモヤモヤグチャグチャとしていた、鬱屈とした何やかやが、笑い続けたことでどこかに飛んでいったように感じられたのだ。


「ヨーコさんチに泊めてくださ~い」


 サトミちゃんもようやく笑い終えると、再び私に懇願してきた。


「どうしようっかなー」


「お願いします~」


「......じゃあさ、アンタの恋愛テクニックを全部教えなさい」


 ガバっと上半身を起こした私は、サトミちゃんに交換条件を持ちかけた。


「あと、今度男の子との食事会でもセッティングしなさい。全部アンタのおごりで」


「私が出すんですか!?」


「宿代よ。断るなら、家にも泊めないしサトミちゃんの顔にゴキが張り付いたことを言いふらす」


 正直、そこまで恋愛テクニックを知りたいとも思ってなかったし、男性を紹介してほしいと強く思っていたわけでもない。要するに、これまでのサトミちゃんの傍若無人な振る舞いへの意趣返しだ。


 だけど、もしかしたら、これをきっかけに、何かが変わるかもしれない。


「わかりましたよ~......。男の子はどんなタイプがいいんですかー?」


「その辺は、私の部屋でじっくり話しましょう。まずはゴキが潜むこの部屋から一刻も早く出るのよ」


 私がそう言って立ち上がると、サトミちゃんも「ひぃ!」と声を上げて素早く立ち上がった。


「今夜は長くなるわよ」


 そう言って部屋を出ようとした私の足に、これまでにない力がみなぎっているように感じられた。気のせいかもしれないけど、気分は悪くなかった。

 

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興醒めの瞬間 ゴカンジョ @katai_unko

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