第9話 しょーもないんじゃー!

「はあっ!? それマジで言ってるんですかっ!?」


 就業中、明らかにテンションがダダ下がりで何を聞かれても「もういいよ」としか返事をしなくなった私を、サトミちゃんは定時後に再び自分の家へと強制連行した。そしてローテーブルの向かいに座らせた私から、「鼻をかんだ後にティッシュの中身見ているヨシダさんの姿に醒めた」という話を聞くや、文字通り「信じられないっ!」という体で、大きな声を上げたのだった。


「......いやぁ、あのぉ、ハイ」


 私が頼んだわけではないものの、それでも一生懸命色々と手伝って応援してくれたサトミちゃんには、ホントに悪いなぁ、多分怒られるんだろうなぁと申し訳なく思っていた私は、クッションの上で正座をしたまま、「えへへっ」と力ない笑みをうかべてから、しおしおと返事をした。


「なんといいますか、『あ、ないな』って、思っちゃったんですよねぇ......、アレ見て」


 サトミちゃんはプルプルと身体を震わせながらうつむくと、それから押し黙った。その様子にただならぬ危険なヴァイブスを感じた私は、なんとかソフトランディングを決めたい一心で、緊張して声が甲高くなるのも構わず、早口でまくし立てた。


「いや、実はね、ウチのお父さんが、まさにそういうタイプでね。鼻かんだあとティッシュの中身をしげしげと確認してたの。しかもお父さんってば、イネ花粉のアレルギーだったから年中鼻炎で、もう鼻かむたびに見てたの。それがもうほんっといやでさ。あ、それにさ、よく考えてみたらやっぱ社内恋愛って色々面倒じゃない? 喧嘩したり別れたりしても、会社辞めない限り同じ空間にいるんだよ? それはさすがに気まずいでしょう、うん、それはさすがにね。ないない」


 一旦私が言い切ると、部屋の中に掛け時計の秒針が時を刻む音が響いた。外からは誰かが自販機で何かを買っている音が聞こえる。


「.....えー、ですから、まあ、誠に恐縮ながら、今回はご縁がなかったってことで......」


「しょーもないんじゃー!」


 就職活動のお祈りメール調に話を綺麗にまとめようとする私に、それまで不穏な沈黙を続けていたサトミちゃんが、ついに大爆発した。


「鼻かんだティッシュの中身見たからなんだっての!? ティッシュの中身くらいそら見るわ! ワタシだって見るわ! てかなにか? アンタはアイドルがうんこしないとでも思ってんの!? するわ! アイドルだってうんこするしゲロも吐くし鼻かんだ後にティッシュの中身確認するわ!」


「いや、私だってアイドルもうんこするとは思ってるけど......」


「しょーもないんじゃー!」


 私のどうでもいい反論を遮るように、サトミちゃんは天を仰ぎながら絶叫すると、ローテーブルに突っ伏してしまった。

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