第6話 策士サトミ、動く

「まずは上出来ですねヨーコさん、イイ感じですよ!」


 就業開始から十五分後、二人きりで私と女子トイレで落ち合ったサトミちゃんが、力強くサムズアップしながらそう言った。


「ヨシダさん、私のこと見てたよね?」


 私も私ですっかりその気になって、女子高生みたいにきゃっきゃとはしゃぎながらサトミちゃんに同意を求める。


「カンッペキにヨーコさんのこと見てました! まずはターゲットに認識してもらうってところは、クリアですね。でも、勝負はここからですよヨーコさん。」


「え?」


「鉄は熱いうちに打てですよ! サイコーの自分を見せている今! このタイミングで! ヨーコさんからアプローチかけなきゃ!」


 言われてようやく気づいた私の浮かれっぷりもどうかしているが、言われるまでもなくその通りである。新しい服でバッチリ決めた私をちらっと見てもらっだけで、ヨシダさんに好印象は持たれたかもしれないけれど、男女の関係はなにも進展していないのだ。


「......いきなり告る?」


「中学生か! 段取りってものがあるでしょ!」


 自分からアプローチしなきゃいけないと言われた途端に怖気づき、情緒不安定になって正常な判断力を失った私を、サトミちゃんが一喝した。


「まあヨシダさんって、悪徳絵画商法に引っ掛かる女馴れしてないウブな男みたいな雰囲気もあるから、いきなりボディタッチ多めの水商売パターンでいけるかもしれませんけどね。だけどヨーコさんの方が、そういうキャバいアプローチ無理でしょ?」


 相変わらずの辛辣な人物評価で、自分が一目ぼれした人を「絵画商法に引っ掛かるタイプ」とまで言われた私だったが、しかし背に腹は代えられない。恋愛については一枚も二枚も上手らしいこの小娘に教えを請わねば。


「じゃあ、どうすればいいかな?」


「だから、まずは自然な会話から......」


 話の途中で女子社員が一人トイレに入ってきた。するとサトミちゃんは素早く会話を中断し、くるりと正面にある洗面台の鏡を見ながらさっと身だしなみを整えるや、「お疲れ様でーす」と一言、とっととに外に出ていってしまった。


 明らかに不審なサトミちゃんの行動に、トイレに残された私ともう一人の女子社員は、一瞬なんとなしに気まずい雰囲気にはなった。が、特に親しくもない私とその女子社員は、お互い何事もなくスルーしあってやり過ごす。私はそそくさと廊下に出た。


 廊下で私を待っていたサトミちゃんが、「バックヤードに行きましょう」と耳打ちする。頷いた私は、サトミちゃんの後を追うように階段を使って倉庫部屋に向かった。



☆☆☆



「でもさ、いきなり自然な会話って、逆に難しくない? 共通の話題もわからないしさ。天気の話でもするの?」


 私がそう言いながら、サトミちゃんの後ろについて階段を下りていると、サトミちゃんは急に(シッ!)と声を潜め、左手で私を制した。そして階段の壁にもたれるように低く身を隠すと、私にも同じようにしろと表情で促す。


 サトミちゃんの視線の先に、折りたたみ式の台車を持ったヨシダさんが一人、倉庫階のエレベーターから下りてくるのが見えた。ヨシダさんは台車を下ろしてゴロゴロと倉庫部屋の前まで運ぶと、中には入らず何やらスマホを覗き込んでいる。


 その様子を、まるで獲物を見つけた凄腕スナイパーのように静謐なオーラを漂わせながら、サトミちゃんはじっと見ていた。そしておもむろに自分のフレアスカートのポケットに手を伸ばすと、見出しサイズの粘着付箋を取り出す。


(ここで待っていてください)


 サトミちゃんはゆっくりと立ち上がると、一人バックヤードの方に向かっていった。


「お疲れ様でーす」


 サトミちゃんが、同僚向けのテンプレート挨拶をしながらヨシダさんに近づいていくと、彼の横をサッとすり抜け、素早く倉庫部屋の中に入って行った。それからほどなくサトミちゃんが手ぶらで出てくると、今度は私のいる階段の方に歩いてきた。


 その間、挨拶する間も与えられなかったヨシダさんは、それでも一応サトミちゃんが通り過ぎるたびに会釈だけはして、それから再びスマホとにらめっこを始めた。


(ねえ、何して......)


 側まで来たサトミちゃんに私が問いかけると、サトミちゃんは手にもった黄色い付箋をズイっと私の目の前に出した。


(付箋を張ったので見つけてください!)


 そうささやいたサトミちゃんは、私の背中をポンと叩きバックヤードへ向かうよう促した。


(え!? なに? なにすんの!?)


(ヨシダさんがいるうちに早く!)


 私の質問には一切答えず、サトミちゃんはただただ「行け!」とジェスチャーで急かしてくる。


 なんだかよくらからないままの私は、しかし例によってサトミちゃんの強力な押し相撲に気圧され、言うとおりにヨシダさんの元に向かうことにした。

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