第5話 妖怪ズンドー女の逆襲
オフィスに入った瞬間、皆の視線を今まで以上に強く感じたのは、私が自意識過剰なだけだろうか?
「おはようございます」
いつものように、私は誰に言うでもない挨拶をする。それだけなのに、社内のざわめいた空気が、一瞬止まったような気がした。
リボンベルトがアクセントになったハイウェストの白パンツに、濃いグリーンがハッとするほど鮮やかなパフスリーブデザインのトップスを合わせ、明るいベージュの襟付きラップコートを羽織っている私は、クラシックなレザーバッグを片手に、黒いスウェードのバックストラップサンダルで小気味よく歩いて、自分の席に向かう。
服装に合わせるように、ラフ目にセットしたショートヘアと、陰影にメリハリをつけた少し辛口なメイクをした私に気づいた同僚たちが、一瞬「おっ」とした表情でこちらを見ている、気がした。
「おはようございますヨーコさん!」
いつも元気いっぱいなサトミちゃんが、いつも以上に満面の営業スマイルを浮かべて、自席についた私に挨拶してきた。そして私が返事をする前に「ヨーコさん、今日はどうしたんですか!?」と声を上げた。
「今日のヨーコさんってば、スゴイステキじゃないですか!」
事前に用意していたであろうセリフを、サトミちゃんはまるであざとすぎる女子アナのように、周囲にアピールしながら言って見せた。その効果は抜群で、社内の注目がさらに私に集まった。
☆☆☆
夕べ、複数路線が乗り入れる職場最寄りのターミナル駅周辺で、ガーリーな店からハイブランドなセレクトショップまで、サトミちゃんにあっちこっちと引っ張りまわされた私は、店内では着せ替え人形よろしく言われるがままに試着をさせられていた。
「寸胴が目立つ」
「若作り感がエグい」
などなど、値札も見ずに好き勝手選んだ服を私に着せては言いたい放題の辛口ファッションチェックを行うサトミちゃんと、予算をめぐり数百円単位の死闘を繰り広げて選んだ服は、それでもいつものプチプラファッションでは考えられない価格になり、各店舗でお会計する時には毎回鼻血が噴き出るかと思った。
そもそも、最初のお店でサトミちゃんが最初に選んだ服の値段を見た瞬間に、私はブタ鼻鳴らして白目剥いていたのだ。試着室に行くふりして逃げ出そうかとも考えたが、試着した私の格好を見ようと、サトミちゃんは私にピタッと張りつき逃げ出す隙もない。
「ねぇ、こんな高い服買ったってどうせ無理だって」
試着室に入る前、私は半ば無理だとはわかっていたけど、それでも言わずにはおれず、サトミちゃんに泣きついた。
「服はすっごいステキだけどさ、でも、着るのは私だよ?」
「あきらめちゃダメよヨーコ!」
なんか変なスイッチが入ったサトミちゃんが私を叱りつける。
「たしかにアナタはセクシーという概念から見放された恐ろしき妖怪ズンドー女よ! 妙に肩幅広くて強そうだし! だけど心配いらないわ、ワタシがついているもの!」
私のことを妖怪呼ばわりしやがった小娘の後ろで、店員さんがうつむき加減にプルプルと笑いをこらえている。
どうやらこの小娘とはいつかサシでケリをつけなければいけないようだな。心の中で(今に見ておれ)と念じた私は、引きつった笑みを浮かべ一人、試着室へと入っていったのだった。
そうやってあっちこっち振り回されて、大枚はたいてお財布すっからかんになって、げっそりしながら購入した服は、正直、自分でもかなり、気に入ってはいた。
いやでもね。だって、着るの私だし。大体さ、私がオシャレに着飾ったからってどうなるよ。
しかし、そんな私の思いとは裏腹に、サトミちゃんは自信満々だった。
イタリアンをご馳走した後(二人で三万円也)、サトミちゃんの1Kマンションまで強制連行の上開催となったご自宅ファッションショーでは、「いいです! すごくステキ!」と大声で、ご近所迷惑も顧みずに私を褒めちぎりまくったのだった。
そこまで言われてしまうと、私だってね、もしかしたら、まあ、そうなのかなって、その気にならないわけでもないのである。
サトミちゃんの家の姿見に映る、ステキな服をまとった私は、案外まんざらでもないのかなって、思ってしまった。
「これで明日はメイクもバッチリ決めてきたら、ヨーコさん完ぺきです!」
というわけで、まだ半信半疑ながらも、私はサトミちゃんに教えてもらったおすすめメイク動画を参考に、下着以外は全身買ったばかりの新品の服で、出社したのだった。
☆☆☆
「ヨーコちゃん、何、今日はお出かけ?」
サトミちゃんのアピールに反応した三名の先輩女子社員が私の元にワラワラと近づいてきた。そして挨拶代わりにお尻の匂いを嗅ぐ犬同士のように、私の服とメイクをじっくりチェックし始める。
たわいもないガールズトークをカモフラージュにしているが、その眼光の鋭さは隠しきれない。隙あらばマウントとってやろうというバイブス全開の先輩女子社員の気迫に、私は表面上は澄ました顔をしていたが、内心は狼に狙われた子羊のように震えていた。
「いやぁ、本当にステキよそれ。すごく似合ってる。」
将来のお局候補と目される一人の先輩社員がそう呟くと、残りの二名も同意する。サトミちゃんだけでなく、他の女子社員たちからもステキだと認められたのだ。その事実が、私に勇気を与えてくれた。
ガールズトークの水面化で繰り広げられた激しい承認バトルの様子を、私とそこまで親しくはない同僚たちは、各々遠巻きに見ていた。その中にヨシダさんの姿があることを、私はしっかり確認していた。
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