第4話 素直すぎる女子
「これは一世一代のイクサですよヨーコさん!」
朝礼から十五分後、社内チャットの私の個人チャンネルに、「恋泥棒にハートを盗まれた者、バラされたくなければバックヤードに集合」という脅迫メッセージを送ってきたサトミちゃんが、オフィス階の下にある、輸入商材をストックする倉庫部屋で二人きりになるや、鼻息荒く詰め寄ってきた。
私より頭ひとつくらい低い身長をズイっと伸ばし、デカ目メイクをばっちり施した二重の両目をキラキラと輝かせるサトミちゃんに、私は「いや、あの、別にそーゆーんじゃ......」と口ごもる。
するとサトミちゃんは、まごまごしている私の背中を「なーに照れてやがんだこのババア!」とバシバシ叩いた。
「あんなにうっとり『恋する乙女」の表情しといて、なぁにが『別に......』ですか! ヨーコさん、恋したんですよ? ステキなことじゃないですか!」
私をまっすぐ見つめて断言するサトミちゃんに圧倒された私は、「っていうか今私をババアって呼んだなこのクソガキ」と言い返す気もそがれ、「いやぁ......あの、ハイ......」としおしおになって頷く。
「それにしても、あーゆータイプに弱いんですねヨーコさんって。でも、まさか、一目惚れするとはなぁ」
ぐふふっと笑うサトミちゃんの勢いが止まらない。
「ほら、女性ってあんまり一目惚れしないっていうじゃないですか、男の人のほうがしやすいって。あれかな? ヨーコさんってば女子力下がりすぎて男性ホルモン増えちゃったんじゃないですか? そういえばそろそろヒゲ生えてきそうですもんね、ヨーコさん」
楽しくてしょうがないという風なサトミちゃんが、ちょいちょい引っかかる言葉を織り交ぜては、マシンガントークでまくし立てていく。
どの箇所に文句を言えばいいのやら翻弄された私は、ただアウアウとおたつきながら、ハリケーン「サトミ」に飲み込まれるままだった。
「今日仕事終わりに買い物行きましょう! 恋に勝つにはまず、その更年期障害のおばさんみたいな服をもっとステキなやつに変えなきゃだめですよ!」
「更年期障害のおばさんみたい」という強烈なハートブレイクショットに、私は「フガッ!」とブタ鼻を鳴らして白目を剥いた。
「どーせヨーコさんは家と会社を往復するだけの生活なんだから、貯金いっぱいあるでしょ!? フンパツするならココですよっ! ワタシがばっちりコーディネートしてあげますからダイジョブです! お礼はワタシが目をつけてたイタリアンがあるんでそこのディナーでお願いします! 買い物終わったらいっしょに行きましょうね! 予約しときます!」
サトミちゃんが繰り出す怒涛のハードパンチをノーガードで受け続けた私は、息も絶え絶えに「……お、お願いします……」と一言、ようやく白旗を上げることができた。
「いやー、人の恋愛ってサイコーに楽しいですよね! こんなちっちゃい貿易商社の事務とかマジつまらなすぎてどうしようとか思ってましたけど、ヨーコさんと仲良くなれてホント良かった! 任せてください、ワタシ全力で応援しますから!」
いよいよ臆面もなく「ヨーコさんをおもちゃにする宣言」を力強く口にしたサトミちゃんは、一人バックヤードを飛び出すと、仕事用にしてはヒールの高いパンプスで軽やかなステップを踏み、すいすいと階段を昇ってオフィスに戻っていった。
私は遅れて、ネット通販のセールで買ったとても歩きやすいパンプスで、とぼとぼとついていく。
良くも悪くも、ここまで自分の気持ちに素直になれるサトミちゃんは、まあ少しは抑えろよとは思うけど、でも、スゴイとは思う。自分の気持ちに素直になるなんて、今の私には、すっ裸になって外を出歩くのと、ほとんど変わらない。
(どうせ、うまくいかないのになぁ......)
心の中でそうつぶやくと、ドキドキとした胸の高まりが落ち着き、私は少し安心した。
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