第2話 トキメキが足りない

「ヨーコさんにはトキメキが足りないんですよ!」とは、入社二年目でまだキラキラ盛りのサトミちゃんの言葉である。


 いわゆるアラサーの入口に差し掛かり、まるでご臨終直後の心電図みたいに起伏のない日々を送る私に比べ、「恋も仕事も趣味も頑張ります☆」というオーラ全開で、若干「イラッ☆」とさせつつも初々しくて微笑ましいサトミちゃんは、昼休みに一緒に入った定食屋さんで、鯖の味噌煮定食をほじほじ食べてる私に、自分が最近ハマっているという男性声優のモーニングコールアプリを薦めてきた。


「これで起きると、『朝チュン』を体験してるみたいで、毎朝キュン死できますよ!」


「朝チュン」という言葉の意味がよくわからなかったので、後でスマホで検索した。なるほど。


 まあ、ものは試しだ。ということで、仕事が終わりまっすぐ帰宅してからアプリをダウンロードした、のだけども。


 サトミちゃんに感想を聞かれたらどうしよう。っていうか、絶対目をランランに輝かせて「どうでした!?」なんて聞いてくるよね。そうなったら悪いけど、適当に誤魔化しておこう。ごめんねサトミちゃん。


 ここ数年、自分がどんどん鈍感になっていくのが、イヤになるくらいハッキリとわかった。


「日々の生活」をやり過ごすために、私は毎日ぎゅっと身構える。その度に、私の心はカチコチに凝り固まって、色んなものを跳ね返すばかりで感受性が失われていく。それはわかっている。でも、「日々の生活」のためにどうにもできなかった。


 多分、サトミちゃんのように、私にも「推し」というものが見つかれば、また変わるんだろうな、とは思う。あるいは「恋」か。今の自分に、推しや恋を見つける自信なんてないよ。


 そう思っていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る