第4話 独立
この頃には拓実は家に帰ることが段々と辛くなっていた。幸い里奈には生活費を渡す形で拓実は使えるお小遣いには困らなかったので、会社の部下や友人達と毎晩のように飲み歩いていた。珍しく予定のない日は「たまには家でご飯を食べるか?」と思っても、家のある吉祥寺駅に着くとその気になれずに学生の時から慣れ親しんだ「焼き鳥いせや」で一杯飲んで帰るようになった。こんな生活を繰り返している内に拓実の体重は100キロを有に超えて考え方も体も不健康になっていった。「このままの生活ではいけない、家族のせいにして悲劇の主人公になることはやめよう、今から自分の人生をもっと有意義なものにしていこう。」と決心し、独立をして米国でブームになっていた有機野菜を美味しく提供する健康に良い飲食店チェーン店を作ろうと決心した。幸いにも今の会社で付与されたストックオプションを資本金にすることができたので、すぐに行動に移ることができた。会社が早く終る日は「いせや」に行く代わりに東急裏のカフェの外席で新会社のブランディングや中期計画を作成しているうちに、心と体が少しずつ健康になっていくように感じた。この場所は元は汚い自転車置場だったが、このカフェが出店してからとてもきれいになって環境が一変した為に、自分の人生に置き換えて今後の人生を考えるのに最適な場所だった。資金計画や中期計画ができた時に拓実は家族には何も言わずに会社に辞表を提出して退職をして、ストックオプション行使の手続きを開始した。里奈には何も言わずに退職したことに多少の後ろめたさもあったが、これまで沢山の生活費を渡してきたので、今後は生活費を渡さなくても1年位は大丈夫だろうと安易に考えていた。次の月から「あなたが会社をやめるのは自由だけど生活費は入れて下さい。」と厳しく言われるようになった。これまでの生活費を何に使ったのかは最後まで納得する説明はもらえなかったが、理由はどうであれ今の貯金が数万円しかないのは事実とのこと。拓実は事業資金がぎりぎりだからしばらく生活費は出せないことを里奈に伝えたが、「銀行から生活費を借りてきて家にお金を入れて下さい。貴方が好きで退職して独立したのだから、貴方の責任で借り入れして下さい。私はその借入金の連帯保証人には一切なりませんので」と突き放すように言われた。拓実は里奈の態度にがっかりしたが、拓実が退職の事前相談をしなかった責任もあるので、ローン返済中のマンションの担保余力を使って人生はじめての生活費の借り入れをして里奈に渡した。このまま毎月このような借り入れを継続したくないので急いで新規事業の物件を探している内に、汐留のホテルの1階に大きな店舗物件情報を入手した。ホテル側からは「当ホテルは海外からのお客様が多く、健康なイメージを出していきたいので、有機野菜のレストランのテナントを探している。」とのことだった。店舗は拓実の予定より広すぎて、現存の什器備品は投資コストを抑える為に使いたいが買い取りたくはなかったので、「事務所と店舗を半々で使えないか?」「家賃は収益を生む店舗分しか払えないので事務所分は無料にしてくれないか?」「什器備品は使いたいが買取りはできないので無償譲渡してくれないか?」と粘り強く交渉をして、最終的にホテルの社長は理解を示してくれて拓実は最高の船出をすることができた。汐留店がうまくいったので、拓実は強気に六本木の大型商業施設への出店と新宿の百貨店にデパ地下店舗を出し、デパ地下店舗の惣菜を作るセントラルキッチンを早稲田に作り、ブランドを高まってきたところで高級スーパーマーケットに自社商品の卸売をスタートするなど矢継ぎ早に手を打った。仕事は楽しく充実してポジティブなエネルギーに満ち溢れていたが、家に変えると里奈からの愚痴や否定的な発言を毎日聞かされて、このままだと以前の自分の不健康な方に引っ張られるような恐怖に襲われて相変わらず夫婦喧嘩は絶えなかった。そんな生活を続けている内に、肉食ブームが主流になり拓実の事業の積極策は裏目に出て、大きな赤字と借金を背負うことになった。拓実は毎月の役員報酬がもらえないだけでなく、借金が毎月増えていく怖さを味わい、最後には役員報酬と退職金未払いと借入金を背負いこの事業を撤退することになった。
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