月の裏側 第三章・教会

『…ふぅ』


仕事が一段落し少しばかりの休憩を摂る。


仕事というのは責任感があってもっと大変なものだと思っていたが、周りを見ていると余裕でサボっているい人もいるし全くもって緊張感がなかった。


自分はそれに不満を抱いていたが、ああいう人達はきっとそのうち職を下ろされるだろう。


『…やっほー』


昨日のエリーゼという人にまたもや話しかけられた。


先程からこちらの方を見ているのはわかっていた。なにか昨日のことに関して文句でも言いたくなったのだろうか。


『…何か用でも?』


『いやぁ……昨日のことを謝りたくて…』


自分が思い描いていた展開とは反していきなりエリーゼは謝り始めた。


『その…ごめんね……不快な気持ちにさせたなら……』


謝ってくるとはさすがに思ってなかったので自分もあの時のことを謝る形にした。


『…私こそ、ちょっとした事でイラッとしてすみません』


面と向かってきちんとそう言うとエリーゼはニコッと笑った。


『じゃあこれで仲直り出来たからもう友達でいいよね?』


『…え?』


いきなりそのような事を言われ唖然とした。


『あぁ!そうだ!』


エリーゼはいきなり何かを思いついたように手を叩くと腕を掴んで引っ張ってきた。


『ちょ、ちょっと!』


『一緒に教会に行こう!そしたらいい思い出になって固い雰囲気も解けるでしょ!』


エリーゼの掴んでいる手をなんとか振りほどく。結構エリーゼは力が強い。


『別にいいじゃん!あの教会ならなんでも願いが叶うもんなんだから!お得よ?』


『何を言ってるか…さっぱり…』


エリーゼの言っていることがイマイチ分からなく言っていることをもう一度、確認する。


『えぇ?この世界に来る時、説明されなかったの?』


『教会に行くのか?』


『ぎゃあ!』


いつから居たのかリザベルが横からいきなりそう言った。


『…今、教会に行くと言ったな?』


ソフィアは焦り今すぐにでも仕事に戻らなければならないと思った。


『す、すいません……し、仕事に戻ります…』


声を震わせながら謝罪した。これだけ職場で騒ぎ立てたんだ、きっと謝るだけじゃ許されない。


『教会に行くなら私も同行する』


『へ?』














『………………』


ソフィアとリザベルとエリーゼの三人は休憩の時間を使って例の教会に行こうとしている途中だった。


リトアリア人全般がその例の教会によく行っているらしくその教会で祈ると願いが叶うという。


願いが叶うとか現実味がないし信じられないが実際に数多くの人達が叶えていったという。


エリーゼが軍人になれたのはこの教会で願い事をしたかららしい。そのおかげで士官試験も参謀本部で働ける条件を満たし今の仕事をできているという。


個人的には願い事で士官になれたのはどうかと思うが、本人が良かったならそれでいいのだろうか。


『ちょっとなんで少佐がいるの…!』


エリーゼがリザベルに聞こえないくらいのボリュームで話しかけてくる。


『…そんな事言われても』


エリーゼと空気を合わせて自分も小さな声で言葉を返した。


ボソボソと縮こまったように歩いているとあっという間にその教会にたどり着いた。


教会自体は周りの立っているビルとは違う雰囲気で、少し古い感じにあえて作られているように思えた。


教会は扉が大きく開け放たれており誰でも入れるという感じで奥には赤色の大きな十字架がシンボルと言わんばかりに立っていた。


『こんな感じなんですね…』


あまりにも自由そうな教会なのでそんな言葉が漏れた。


普通なら信仰する上で、肉は食べるなとか結婚したら必ず子供は産むとかそんなルール的なものはないのだろうか。


『何言ってるの?普通、信仰なんて自由じゃん』


エリーゼにとっての普通とはなんなのか分からないがちょっと信仰する上で自由すぎないだろうか。


『まぁ、とりあえず入ろうよ』


エリーゼがそう急かすと中に入っていった。


中に入ると案外、壁なんかも無機質のような感じで置かれている長椅子も教会の割にはあんまりふさわしくない感じだった。


教会の中には本当に様々な人間がいた。高校生のような人もいて友達と立ち話をしていたり、サラリーマンのような人が軽く願い事を言っている姿も見えた。


こんな人達が本当に心の底まで神を信じて信仰しているのだろうか。


『これは、リザベル少佐』


奥まで入ったところで、誰かがいきなり呼び止めてきた。


それは目が黄色い黒髪ロングパーマの髪が綺麗な、ゼンゲル人女性だった。


『……何か?』


リザベルがそう答えるとそのゼンゲル人女性は口元を緩ませて言葉を続けた。


『いいえ、こんなところにいるなんて心外だなと思いまして』


『あなたこそ、ここにいるのは場違いじゃないですか?』


リザベルはそのゼンゲル人女性のことを言葉で攻撃しているようにも見えた。


確かにゼンゲル人にはまた違った宗教を信仰している。この教会に入るゼンゲル人は一人もいないとか。


『新しい副官が入ったようですね。良かったじゃないですか、新しい仲間が増えて』


テレージアはという人はよくわからないことを言った。


『あなたも仲間が必要なんじゃないですか?』


リザベルはテレージアを煽っているのかそんなことを言った。


『まぁ…まぁまぁ!2人とも落ち着いてください!』


エリーゼが仲裁しなんとか場の雰囲気を良くしようとする。


『では、失礼します。テレージアバルヒェット中佐殿』


心做しか少佐殿は彼女を少し睨みつけながらテレージアという女性を横切って行った。


『…あ……その……失礼します』


ソフィアは彼女の視線によって言葉を出すのも忘れていた。


『…………………』


テレージアはソフィアの顔を見ながら何も言わずに教会の出口に向かっていった。


『ねぇ!ねぇ!さっきのゼンゲル人すごく美人じゃなかった!?』


『…え?あ、あぁ……』


確かにとてつもない美人ではあったが何故あの2人は対立していたのだろうか、疑問もある。


『ゼンゲル人って差別されやすいけど私はいいと思うな、美人とかイケメン多いし』


『そ、そうですね…』













今日も色々なことがあり疲れていても仕事というものから離れられないでいた。


『もう…10時か…』


睡魔や疲れが誰から見てもわかるくらいの顔をしていただろう。早く仕事を終えて帰らなくては。


『仕事は終わりそうか?』


目の前を見るとマントを既に羽織っているリザベルが立っていた。


『いえ、まだです』


なるべく疲れているところを見せないように誤魔化しながらそう言った。


『そうか、まだ残るのか?』


『はい、そのつもりです』


『わかった、お疲れ』


『お疲れ様です…』


そう言うとリザベルは軍帽をかぶりエレベーターの方へと向かった。


『…早く終わらせないと』


そう思い立ち上がると、何かを踏みつけた感覚が足から伝わる。


床の方を見ると、赤色に光るペンダントが落ちていた。


『これ…』


リザベルがさっき立っていたところに落ちていたのでもしかしたらリザベルの物かもしれない。


ソフィアは急いでリザベルのところまで行く。


エレベーターの方へ向かうとリザベルが戻ってきたのがわかった。


『あの、これ…』


『…すまないな、ありがとう』


リザベルは少し息切れをしている様子だった。それほど大事なものなのだろうか。


『じゃあ、私は仕事に戻りますね、お疲れ様です』


『…あぁ』


いつもならお堅い方だが、初めてリザベルに『ありがとう』と言われて嬉しい気持ちになり自分のデスクに戻った。

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