月の裏側 第二章・就任

『失礼します。私はこれから副官と決まった…………』


ソフィアは車の中で上官への挨拶の練習をしていた。


これから会う上官はとても頭の硬い人らしく最初からきちんとした態度を取らないとイメージとしてはよくない。


『…よし』


一通り練習してようやくしっくりくるセリフを言うことが出来た。


これで上官にもいい印象を持ってくれるはずだ。


ワクワクしながら車の外に出ると、あるとてつもなく高いビルの目の前まで着く。


そのビルが私のこれからの職場となる参謀本部だ。


ソフィアはビルの前にある橋を淡々と歩いていく。


入口付近まで足を運ぶとふたつの旗が風に揺られていた。


その旗はゼンゲル一族とリトアリア人を強い仲間として表すものだった。


ゼンゲル人とリトアリア人は表面上は仲間と言った感じだが裏ではゼンゲル人を酷く差別するリトアリア人だった。


ゼンゲル人は目が黄色い上、魂を操ることが出来るだとかそんなSFチックな一族だ。


そんなことを考えながら、ビルの中に入って次はとても大きなエレベーターに乗る。


その大きなエレベーターは椅子が設置されているくらいでひとつの部屋のようにも見えた。


ただ移動するだけなのに大袈裟だと思ったが大袈裟にするところがリトアリア人らしさみたいだ。


ある階に止まると『すみません』と連呼しながら人をかき分けやっとのことで自分の本当の職場にたどり着いた。


『……………』


ソフィアが職場の中にどんどん入っていくと周りの目線が一層強くなる。


なぜならソフィアはこの国のニュースで報道されていたのだ。


名前や顔が報道された訳では無いが、ここの職場の人達は知っている。ここで働くのだから、どういう人なのかみんなきちんと知っておきたいのだろう。


別の星から来た知的生命体として見られているんだ。周りからしたら自分は異物で怖がられたり嫌がられたりする。


でもそんなことはどうだっていい。怖がられようがなんだろうが前の世界でできなかったことをして好きなように生きるんだ。


この世界に来てから何もかもが思うように動いてなんでも上手くいくような気がするのだ。


例え目立っても大丈夫だ。だってこの世界なら上手くいくのだから。


ソフィアはそんな目線を何とか避けて例のリザベル少佐殿のオフィスへと向かった。


オフィスのドアを開けるとさっき練習したとおりに………。


『失礼します』


そういうとソフィアはリザベルのデスクの方まで足を運ぶ。


そのオフィスの中は居ずらい空気に満たされていた。


その空気に負けそうになるがそれでもリザベルの目の前までたどり着く。


緊張しすぎて顔をそんなに見ることが出来ず床と会話しているような感じになる。


変な沈黙も流れていたので一刻も早く自己紹介をすることにした。


『これから少佐殿の副官となりました、ソフィア・ローエンシュタインです。よろしくお願いします』


はっきりした声でそう言った。自分でもなかなかいい感じになったんじゃないかと思った。


床ばかり見ていて陰気臭い人だと思われたら嫌なのでしっかりと目を合わせようと顔を上げた。


彼女の顔を初めて見て体が硬直した。


目が赤かったのだ。


彼女の目は吸い寄せられるくらいの赤い目をしており、髪の毛は後ろにまとめてて澄んだ金髪で背も高そうな人だった。


『………え………あ…』


ソフィアが焦っているとリザベルが口を開いた。


『…ソフィア・ローエンシュタインか』


女性なのに声も結構低く聞いた時はびっくりした。


『なっ、なにか仕事はありますか…?』


唐突に出た声はとてつもなく不自然でしょうがなかった。


『仕事か、じゃあこれを任せられるか?』


そう言われて初めて仕事というものに打ち込むことになった。


『…………………』


就任初日から大量の仕事を任された。


仕方がないことだ。あんな状況で仕事をしたいとでも言わないと悪いことが起こるに決まっている。


『こんにちわぁ〜』


『…?』


デスクの前で棒立ちしているといきなり茶髪の女性に話しかけられた。


さっきから周りにいるリトアリア人から冷たい視線を送られていたのにその女性だけは自分に興味ありげに話しかけてきた。


きっと茶化しに来たのだろう。こうゆう人は無視した方がいい。


『うお〜全然宇宙人ぽくないねー』


『……え?』


宇宙人と言われて思わず声を出してしまった。


『あ!ごめん!ごめん!私エリーゼ・エルプっていうの!一応中尉だよ!』


『は、はい…よろしくお願いします…』


無視しようとしたが自然に自分も自己紹介してしまっていた。


『ていうか!リトアリア語ペラペラだねぇ〜君の種族って頭めっちゃいいの?』


『え?えっと…』


『身長も…160くらい…私と同じだね!』


『あの…何か用でも?』


本題に自分から入ろうとしたが結局はなんの用もないのだろう。


『別に、宇宙人に会ってみたかっただけ』


案の定の答えだった。


『…それだけなら仕事に戻ってもいいですか?』


『ふーん…』


そう言うとエリーゼは足早にその場を去っていった。












『はぁ………』


ソフィアは屋上のベンチの上で昼食をとりながら反省会を開いていた。


あからさまに驚いてしまい、失礼なことをしてしまったと強く後悔している。


リザベルの目が赤いのは病気かなにかなのだろう。


ソフィアは暗い気持ちで食事を口に運ぼうとした。


『やっほー!!!』


『…っ!!』


いきなりエリーゼが後ろから叫んでくる。


『うわっ!それ!やっぱり宇宙人も美味しいものには目がないんだなぁ〜』


『…………………』


『あ、ごめんびっくりしちゃった?』


『なんなんですか……』


あまりにもイライラしてきたので少し怒り気味でそう言った。


『ごめんって〜ちょとしたお茶目じゃない!』


そう言うとエリーゼは勢いよく隣に座ってくる。


『…ちょ……ちょっと……』


エリーゼは無理矢理、自分の隣に座り込んでくると程よい距離を知らないのかものすごい近い距離でまじまじと顔を見てくる。


『うおぉ〜ソフィアの髪の毛、超ストレート!!綺麗〜ショートボブ似合うね!』


そう言いながらエリーゼは髪の毛を触ってくる。


『やめてください…』


怒りから今度は呆れ果ててくる。


『黒髪いいな…私、茶髪だから髪も邪魔で結んでるし、髪の毛切って染めようかな〜』


エリーゼという人は話を勝手にどんどん進めていき自分を置いていく。


エリーゼのその姿を自分はさぞかし冷たい目で見ていただろう。


『ねぇ!ねぇ!聞かせてよソフィアの世界の話!』


いきなりそのような事を言われ一瞬あの狂った世界が思い起こされる。


あんな世界の話をしろというのか。


『……何を聞く必要があるんですか』


いかにも機嫌が悪そうな態度をとるとエリーゼはキョトンとした顔をする。


『…え?だって…私の目の前には地球外知的生命体がいるんだよ?気になるじゃん…』


『………聞かないでください』


『え?』


ソフィアは勢いよくベンチから立ち上がり機嫌が悪くなったようにその場を去った。


これで彼女も諦めただろうし、嫌なやつだと捉えて近寄らなくなるだろう。

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