第22話 手料理

「そろそろご飯だよ」


 あの後からは何もなく落ち着いた雰囲気でいつものような朝となった。ただ母さんがいないなら朝食は抜いても良かったのだが、紗耶さんがそれを許してくれなかった。


 紗耶さん曰く朝ご飯は絶対食べることが家訓とのこと。さすが、食品メーカー藤本イートの令嬢。朝食が大切なことをよく分かっている。俺はめんどくささが勝ってしまっていた。


「今日の朝食は洋風にしてみました。ベーコンエッグとスープ。トーストもすぐに焼けるからね」


「何から何までありがとう。すごく美味しそうだよ」


 カリカリに焼けたベーコンの上に形の整ったプリプリの卵。しっかり出汁をとった野菜たっぷりスープ。高校生の女の子が作れるってレベルじゃないぞ。


「えへへ。褒められると嬉しい。心込めて作ったから。どうぞどうぞ座って。飲み物は水でいいかな?」


「うん。ありがとう」


 甲斐甲斐しくお世話をしてくれる紗耶さんはとても楽しそうだ。まるで俺たちの数年後の生活を体験しているみたいだ……って! 何考えてるんだ!


 起きた時の煩悩が復活しないようにコップに注がれた水をグイッと飲み干す。ふぅ。落ち着いた。


「そんなに喉乾いてたの? そうだね。夜汗かいて水分不足になってる時もあるから朝の水分補給は大切だね」


「そ、そうだね。今は暑いから特に気をつけるよ」


 そんな崇高な理由で水を飲んだわけではないのだが、ここはそういうことにしておく。


「はいどうぞ召し上がれ」


 トーストも焼きあがったようで黄金色のいい焼き加減に焼かれている。表面にはバターが塗られ光沢を出していた。


「いただきます」


 手を合わせてまずはトーストからいただく。パンの耳がサクッという音を立てた。そして次にしっとりとバターの染み込んだ感触かやってくる。


 市販の食パンのはずなのになぜこんなに美味しいのだろう。そしてそのままスープを味わう。


 マジで美味い。鶏ガラで出汁をとっているらしく手間が掛かっている。ジャガイモはホクホクでキャベツもシャキッとしている。


「ふふふっ。どう? 美味しいかな?」


 俺の食べる様子を観察しながら紗耶さんは答えの決まった質問をしてくる。それでも感想というのはきちんと本人に言うのが礼儀だ。


「うん。すごく美味しいよ。毎日食べたいくらいだよ」


「そんな……もう。私をお嫁さんにしたいって意味でしょ? もう私たち許嫁なんだからそんなこと言わなくてもいいのに。でもそう言ってくれて嬉しい♡」


 自分の世界にトリップする紗耶さん。本当、こんな良い人が俺のお嫁さんでいいのだろうか。それも上場企業の令嬢だし。


 気持ちだけで物事が進むわけではないことを俺は良く知っている。このひょんな同棲生活がいつ終わるかもわからない。


(少しくらい俺も素直になってこの時間を大切な時間を過ごそう)


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