第151話 弔問団 その1
「弔問っ!?」
不吉な単語に、俺は思わずマイヤーに聞き返す。
「まさかモータル王がっ?!」
「ご安心ください、モータル王陛下ではございません。」
「そ、そうか、それは良かった…。」
マイヤーの言葉に、俺は胸を撫で下ろす。
モータル王国から戻って以来、王から連絡はない。
時折ガトフから手紙は届くが、家臣達に検閲でもされているのだろうか、王の話は書かれていない。
「では誰だ?」
「はい、ボルワール帝国です。
皇帝カーラルド5世が崩御されたようで、
エタールシア女王陛下からも弔問に行って欲しいと。」
「こないだ攻め込んだばっかの相手に弔問に来いとは…。
いい性格してるな、帝国ってのは。」
「アンタの怒りもごもっともだけどね、これは女王陛下の勅命でもあるからね。」
「師匠…。」
ツェーカが勅書を俺の顔の前でチラつかせる。
「勅書を乱発するの止めてくださいよ…。
そんな仰々しいの無くても、陛下のお願いを無下に断ったりしませんから。」
「わかったよ、陛下にはちゃんと伝えておくよ。」
ミュールから帰ってから約1か月。
俺は王国内でいくつかのダンジョンを破壊する、本来の勇者の責務を果たしていた。
余り規模の大きなモノはなく、強い魔族との戦闘もほとんどなかった。
魔界からの侵攻もなく、世界は表面上平和だった。
だが、これは言い換えれば魔界との戦いの長期化を意味している。
こちらから魔界へ攻め込む術はほぼ無く、魔帝の調査も全く進んでいない。
この平和は薄氷の上、砂上の楼閣とも言えた。
まあ、魔族が攻めてこないのであれば、こんな非干渉非接触と言う共存も可能なのかもしれないが…。
話は冒頭に戻り、この日も俺は小規模なダンジョンを攻略して自分の屋敷に帰って来た所、
師匠である魔法使いのツェ―カが勅書を持って待っていた、というワケだ。
「でも、なんで俺なんです?こんなのは国のお偉いさんが行くもんじゃ…。」
「それならアンタは公爵様、立派なお偉いさんじゃないか。」
「いや、そういう事じゃなく…。
それに、公爵なら他にもいるじゃないですか、カストラール公爵とか。」
俺はカストラールのおっかない顔を思い出し、少し震える。
「それがね、向こうさんがアンタを御指名なのさ。」
「帝国が俺を?なんでまた…。」
「さあ?帝国は異世界からの勇者召喚をしてないから、アンタに興味があるんじゃないかい?
それに、女王陛下もアンタが行くのを望んでらっしゃるしね。」
「なんで陛下まで?」
「ああ。陛下は帝国との和睦、最終的には不可侵条約の締結をお望みだ。
魔界との戦いも終わりが見えないってのに、人間同士が争ってる場合じゃないってのが、陛下のお考えだからね。
ついこないだ攻めて来た国相手に、アタシもそこまで下手に出なくてもイイとは思うんだけどね、
帝国の要求を呑んでやって、貸しを作って、和平交渉に繋げたいのさ。
それに、3度も帝国の侵攻を防いだアンタを、向こうは恨んでるだろ?
そのアンタが弔問で訪ねれば、両国関係の雪解けを演出出来るんじゃないか、ってのが陛下の狙いさね。」
「…こないだの…3回目のは俺じゃないですよ。」
「まぁ…そうなんだけどねぇ。」
ツェ―カはとても申し訳なさそうな顔で黙り込んでしまった。
俺達がミュールから帰った時、偶々屋敷にツェ―カが来ていた。
姿の見えない飛鳥と神前を不思議に思ったツェ―カに、
俺は飛鳥がウンディーヌと契約し、俺の元を去った事をそのまま伝えてしまった。
不味かった…。
普段沈着冷静な師匠からは想像できない取り乱しようだった。
師匠は飛鳥に魔法を教えた事をひどく後悔し、
飛鳥の出奔を自分のせいだと責め立てた。
だが、あれは引き篭もっていた飛鳥を部屋から連れ出そうという、師匠の気遣いだったし、
俺も飛鳥が部屋から出てくれた事で、師匠にはとても感謝していた。
『師匠のせいじゃない』、俺は何度も伝えたが、
彼女は自分を責め続け、俺に泣きすがって許しを請い続けたー。
「ハヤト様を生贄にされるのですか?」
黙ったままでは埒があかない、気を利かせたマイヤーが口を開いた。
「ハ、ハヤトの首で手打ちにさせようって?
アンタねぇ、和平を結びたいとは言え、攻められたコッチがなんでそんな事っ!
それに、あの陛下がそんな事するもんかい。
もし他の誰かがそれを企んでも、絶対に止めるお人だよ。」
我に返ったツェ―カが、マイヤーの質問を慌てて否定する。
他の誰か、とはザンジバル公爵あたりの事だろう。
帝国から俺を弔問に寄越すよう親書でも届けば、王城内で会議になっただろう。
その席上であのデブが言い出しそうな事だ。
「あのデブ、そんな事を…っ!」
「仮にだよ、仮にっ。まったく…アンタがアイツを嫌うのはわかるけどねぇ…。」
ツェ―カはやれやれと言った表情だ。
「まぁ、アンタには申し訳ないけど、これは勅命だからねぇ…。」
「わかってますよ、陛下のご命令に逆らったりしやしませんよ。」
「そう言ってもらえると助かるよ。ただね…。」
ツェ―カはそう言うと、申し訳なさそうな顔で言い淀んだー。
つづく
『転封貴族と9人の嫁〜辺境に封じられた伯爵子息は、辺境から王都を狙う〜』という作品も投稿しておりますので、そちらもお読みいただけると幸いです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます