皇女アルミラの楽しい世界征服
第150話 プロローグ
銅色に染まった空が、宮殿の白い壁を夕焼け色に染める。
ボルワール帝国のマイワイール宮殿。
時の皇帝の『世界に冠たる大帝国を象徴する宮殿を』との号令で作られた宮殿だ。
帝都の端の高い丘の上に建つその宮殿は、
左右対称に作られた横に長い宮殿で、白を基調としている。
壁や柱の至る所に装飾が施され、一部には金箔が施されたレリーフも。
また、巨大な庭園を有している事でも有名で、完璧に手入れされた広大な庭は、
世界各国から招かれる要人達の目を楽しませると同時に、
帝国の威容を誇示している。
そして、その優美さとは裏腹に、要衝としても世界に名高い。
背後を山脈に守られ、下から攻め上がるにはルートが制限された、正に天然の要塞だ。
その宮殿の一室に、現皇帝カーラルド5世の怒声が響く。
「また失敗したのかっ、この役立たずがっ!!」
ーガッ!ドカッ!ガンッ!ー
枯れ木の様に痩せた老人が、王笏で屈強な大男を何度も打ち据えられている。
大男の額は割れ、血が流れだす。
だが、大男は一言も発する事もなく、身動き一つせずに皇帝の怒りを受け止める。
「へ、陛下っ!これ以上はお許しくださいっ!!」
見かねた大男の部下数人が、彼と皇帝との間に割って入る。
「貴様っ!皇帝である余に意見するかっ!」
カーラルドは大男の部下達の行為を不敬と感じ、部下達へも王笏を振り下ろす。
ーガシッ!ー
「なっ?!」
それまでされるがままだった大男が、カーラルドの振り下ろした王笏を受け止めたのだ。
「こ、こらっ、フラジミルっ!離せ、離さんかっ!」
カーラルドは声を張り上げ、王笏を持つ手を振り回すが、王笏はピクリとも動かない。
「陛下、此度の敗戦の責は将軍である私にあります。
ですから、私は如何様な辱めも叱責も甘んじてお受け致します。
ですが、部下には何の落ち度もございません。
彼等への手出しはご容赦ください。」
顔面を血に染めながらも毅然とした態度のフラジミル。
「ひっ…。」
彼のその迫力にカーラルドは圧倒され、小さく悲鳴を上げると、
命の次に大切な王笏を手放し、その場に力無くへたり込む。
「それでは、我々は失礼いたします。」
フラジミルは深々と頭を下げると、握っていた王笏をカーラルドの手に持たせると、
部下達を引き連れて部屋を後にした。
「将軍、大丈夫ですかっ?」
彼の後ろに侍っていた兵士の一人、ミーナが彼の割れた額にハンカチを当てる。
彼女の白いハンカチが、見る見る赤く染まっていく。
「ありがとう、ミーナ。だが、君のハンカチが汚れてしまったな。」
「新しいのを買って返してくだされば、問題ありません。」
「すまないな、では明日にでも買って来よう。」
「違います将軍。そこはいっしょに買いに行こう、が正解です。」
「はは、ミーナはちゃっかりしているなっ。」
他の兵士達が二人のやり取りに笑い、張り詰めていた空気が和み始める。
「将軍。」
和み始めた雰囲気の中で、一人顔を強張らせたままだった男が、フラジミルに声を掛ける。
「どうした、ヘインズ?」
「此度の作戦の立案は私でした。真に責を問われるのは私です。
それなのに…。」
ヘインズと呼ばれた痩せ気味の男が、フラジミルに頭を下げる。
フラジミルとヘインズは背丈は同じくらいだが、体の厚みが全く違う。
その弱弱しく頼りなさ気なヘインズの肩を、フラジミルの太い腕が乱暴に抱き寄せる。
「その作戦に許可を出したのは私だ。
私には将軍の責務として、作戦への最終的な責任を負わなければならない。
ヘインズ、それは君が気に病む事じゃない。
亡くなった7000人の命は私が背負うべき物だ。」
「将軍…。」
ヘインズは自分の肩を抱くフラジミルの腕の暖かさに、彼の胸には敬愛の念がこみ上げる。
「それよりも、度し難いのは陛下です。」
ミーナが二人の間に無理やり入り、小柄な彼女が大男二人を引き離す。
「口が過ぎるぞ、ミーナ。」
フラジミルはミーナを叱責する。
しかし、フラジミル自身もミーナと同感だ。
だが、カーラルドも昔からあんな短気な老人だったワケではない。
フラジミルが仕え始めた頃は英知に富んだ、心優しい柔和な名君であった。
それがオスル王国への侵攻を失敗した頃からおかしくなり、
年を重ねる毎に短慮になり、今ではすぐに暴力を振るい怒鳴り散らす、
暗愚な為政者へと変貌してしまった。
フラジミルは初めて受勲した時のカーラルドの笑顔を思い出し、胸が痛くなる。
『俺の手柄を喜び、将来この者は帝国の要となる、と言ってくださった、
あの頃の陛下はもう、おられないのか…。』
フラジミルは在りし日のカーラルドを思い出し、涙腺が緩む。
「将軍っ!大変です!」
廊下を歩いていたフラジミル達の背後から、大声で駆け寄る衛士の姿が。
「どうした、そんなに慌てて。」
フラジミルは、涙が溢れそうになっていた瞳を慌てて拭う。
「まさかオスル王国が攻めて来たか?」
「い、いえっ、違…っ!」
走って来た衛士は息を整えると、
「へ…陛下がお倒れになりましたっ!」
つづく
『転封貴族と9人の嫁〜辺境に封じられた伯爵子息は、辺境から王都を狙う〜』という作品も投稿しておりますので、そちらもお読みいただけると幸いです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます