ホントはちゃんと大人だよ

@sakura_0

ホントはちゃんと大人だよ

私は、いわゆる「天才児」だったと思う。

 子どものころからたいていの問題は簡単に解けたし、勉強に苦労することもなかった。好きな時に好きなことをして、気が向いた時に机に向かって。それだけで学年のトップはとれたし、模試の結果もいつも上々。国内最高峰と呼ばれる大学に軽々と入学して、就職先もあっさり見つかり、給料も職場環境もいい。まさに、人生勝ち組と言えるだろう。

 そんな私だったから、周りも、そして私自身も、私に関して見落としてしまっていることがあった。

 それは――。

「香織って、ガキだよなぁ」

 幼なじみの談である。香織というのは、私のこと。

「ちょっと大吾、何それ、急に何なの?」

「ほーら、そういうところだよ。すぐキレる」

「いや、急にそんなこと言われたら誰でもこうなるでしょ」

 私の返事に、幼なじみこと大吾が肩をすくめ、目の前に置いてあるファストフード店のコーラを煽った。

 休日に街に繰り出していたところ、暇そうにブラついていた大吾とたまたま街中で鉢合わせたのだ。久しぶりだしどうせなら一緒に飯でも食おうぜ、ということで私は連行され、たどり着いた先は有名な某ファストフード店。赤い屋根に黄色のMの看板を掲げた店に入り、ハンバーガーやら飲み物やらを注文してテーブルについたのが、つい五分前ほどのことだ。

「急にって言うかさ、久々に会ってみて、そう思ったわけよ」

「ガキだなって?」

「そ。ぜんっぜん変わんねぇのな、って」

 大吾とは幼なじみだけれど、学力の差もあり中学までは同じ学校だったけれど、高校からは進む道が分かれていた。会う機会も自然と少なくなり……まあご近所さんでもあるからたまにすれ違いがてら会話を交わすこともあったけれど、それだけだ。腰を落ち着けて喋るのは、今日が本当に久しぶりだったりする。

「ほんとにそれ、どういう意味なの」

 そんな大吾であるから、昔から全然変わらないのだと指摘されるなら、本当に変わっていないということだろう。それこそきっと、中学時代から。私だってもう立派な大人だ、精神年齢が中学生相当だって言われるのにはさすがにモヤモヤする。説明してよ、とジトリとにらみつけると、おぉ怖い怖い、とふざけた調子で両手を上げて返された。私がガキだって?大吾にだけは言われたくない。

「さあ――どういうことだろうな」

 ニヤニヤした顔がなんとも頭にくる。

「ふざけてないで、早く言って」

 対抗して、にらむ目に力を籠める。

 そんなくだらない攻防戦が続いて、しばらく経ったころ。ようやく腹の立つ顔で笑っている大吾がきりっと顔を引き締めて、わたしの目を見つめ返した。これまた随分と急な変化に戸惑い、眉をひそめる。

「今度は、何――」

「ま、俺はそういう香織も好きだけどな」

「……は!?」

 思わず勢い良く席を立ち、ガタリと椅子を倒してしまう。店中の視線を集めてしまってとりあえず周りに頭を下げ、椅子を立てて座り直した。

「そういうとこ、ほんと昔から変わんねぇなー」

「いやいや!一体何なの、さっきから急に」

「さーてな」

 そろそろ食い終わったろ、店出ようぜ、とバーガーの包み紙と空のコップの載ったトレイを持ち上げて、カラカラとコップの中の氷の音を鳴らしながら、大吾がゴミ箱の方へと向かっていく。その後ろ姿を見ながら、今のは一体何だったのだとしばらく呆然として。

(――好きって、)

 何気ない一言に熱くなる頬に、いつかの恋愛小説で読んだ内容を思い出しながら。熱を抑え込むべく、カップに残ったアイスコーヒーを飲み干して、大吾の後を追うように急いでトレイを持ち上げた。

 私や周りが見落としていたのは、もしかしたら、私が恋愛感情の持ち方を知らないということだったのかもしれない、なんて思いながら。

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