第22話 最後の闘い

 突然の爆破炎上にダイヤモンドキャッスル内はパニックとなっていた。

 はじめは懸命に消火作業が行われていたが――

「もうここはダメだ! 脱出しよう!」

 そういった意見が主流となってきた。

 いや意見もクソもない。危機管理にすぐれたヤツらはもう勝手に脱出用ポッドの準備を初めている。

「よし! セットアップ完了!」

 ダイヤモンド・カイの下っ端党員エレナもその一人であった。――が。

「そうか。それならご相伴にあずからせてもらうわけにはいかないか」

「ひいいいいいいいい!」

 エレナ(本当にそんな名前だったかは知らん)が悲鳴を上げる。ムリもない。目の前に突然、両手がないし、ズボンもはいていない、股間は真っ黒な男が現れたのだから。

「さっさとどきな。ぶっ殺されないウチに」

「う、うるせえ!」

 エレナは拳銃を構えた。

「あっやべ……」

 だが。次の瞬間には彼女は床に倒れ伏していた。

 ブイのラグジュアリー&デストラクションの攻撃が炸裂したからだ。

「無茶しないで!」

「すまんすまん。それにしてもこれまたキレイな絵だ。持って帰りたい」

「ばーか」

 そういいながら脱出ポッドの中に入る。一人乗りのようで少々狭いが二人とも細いし乗れないことはない。ちょっと体が密着することは避けられないが。

「よし。このタイプは乗ったことがある。すまんが俺のいう通りに動かしてくれ」

「大丈夫かな? 免許とか持ってないんだけど」

「ハハハ。いまさらそんなこと気にするか?」

「それに……本当にいいの? そんなこと言ってる場合じゃないのかもしれないけど」

「ん? なにが?」


 ――コンコン。


 そのとき。誰か機体をノックするものがあった。

 ドアを開けるとそこにはよく知った人物が拳銃を構えてほほ笑んでいた。

「……スタン」

「 Q あなたは殺人鬼、強姦魔、弁護士の三人と一緒に閉じ込められています。あなたは拳銃を持っているが、弾は二発しかない。どうするのが正解でしょうか?

 A 弁護士に二発をブチ込み確実に仕留める」

 ラフター・ブルロープが俺たちの両腕を拘束した。

「ちょっと出てきてもらっていいか?」

 ――従う。

「いやーさすがだねえ。ここの望遠台から見させてもらっていたよ。あのライトネスを倒してしまうとは! あの股間からぶっぱなした攻撃はとんでもなかったな! 僕も鼻が高いよ」

 まったく無邪気な笑顔でこんなことを言う。俺は苦笑いするしかなかった。

「おまえの言うことはどこまでがウソでどこまでが本気かわからんなあ」

「ん? まあほぼほぼウソと思ってもらって間違いないんじゃない? キミと出会ったときから今日に至るまで」

「……どういうこと?」

「そもそも僕はオタクですらないからねえ。あんな薄い本なんて一ミリも好きじゃない」

 ……開いた口が塞がらない。

「僕って意外に少年のころはチビで陰気でそばかすだらけで誰にも相手にされないようなガキだったんだよ。だけどね。あるとき半分やけくそでオタクになってアウトローを気どり始めたらバカな女にモテ始めた。童貞も捨てられた。金も儲かったな」

「……そいつはけっこうなことだ」

「だから僕にとってオタクは自己演出のための道具みたいなもんだね。要するにすべては金のため女のためだ」

「おまえは価値感が古いなあ」

「そうか? 永遠の真理だと思うけど?」

 あまりにピュアな目でそんなことを言うので思わず笑ってしまう。

「まァおまえみたいなのが普通で俺がおかしいんだろうな」

「うんうん。ぜったいそうだよ」

「それに見る目がなさ過ぎただけ。まさかダイヤモンド・カイの党員と組んで長年やっていたとはな」

「あ、いやいや。ダイヤモンド・カイに入ったのはつい最近のことだよ。なんか党員のエロいお姉さんがアンタの情報を集めてたみたいだったから『僕知ってるけど』って言ったら誘われた。女の子しか入れないのかと思ってたけどそうでもないみたいだな。ギャラも高いんだぜー」

「……なるほど」

「僕の初仕事はあんたにそこにいるブイちゃんの情報を流して、彼女をあんたに探させること、そして一網打尽にすることだったってわけ」

「ありがとう。腑に落ちたよ」

「ああ。冥途の土産に最高だろ」

 そういって引き金に指をかけた。

「サルペンくん、ちょっとだけ切り札を使うのが早過ぎたねえ。いまこの瞬間までとっておくことができればよかったのに」

「ごもっとも。ついでにもう一つ聞いてもいいか?」

「いいよー」

「おまえはこれからどうするつもりだ?」

「ん? ああもうダイヤモンド・カイは抜けちまうよ。こうなったらもう終わりだろ。党員のバカ女食い放題だったからそこは惜しいけども」

「まあ俺でもそうするかな?」

「キミは殺して首を持って賞金もらいにいってー。その子は連れて帰ろうかなー」

「どうするつもりだ?」

「そりゃあムリヤリマンガ描かせて売るに決まってるだろ。描かないようならどっかの娼館に売り飛ばせばいいし」

「ホントに金が好きだなあ。でも地獄にゃあ金なんか持っていけないぜ」

 スタンはそれを聞いてあっけらかんと笑った。

「HAHAHA! この状況でよく言うぜ! おまえはもう皿の上のステーキなんだよ」

 やつの表情が怒りに歪む。ようやく本性を現したといったところだろうか。

「いいかげんくたばれよ。てめえの偽善者ヅラみてるだけでなんか腹立つんだよ」

 俺は大きくため息をついた。

「やれやれゲス野郎め。まあでもおかげで遠慮なくやれるよ」

「なに?」

「おまえは勉強不足なんだよ。アレックスがコアを壊されたぐらいじゃ復活できることも知らなかっただろう。そしてズィルウェポンのこともよくしらないんだから世話がない」

 なぜか急激に室内の温度が上昇し始める。

「いいか、ズィルウェポンで発射した弾丸は精神力で操ることが可能だ」

「――まさか!」

「戻ってこい! リビドーキャノン!」

「しまっ――」

 燃え盛る弾丸はダイヤモンドの壁をぶち壊しながら飛来し、スタンの背中にブチ当たった。

 爆破、炎上。

 やつは全身を赤く燃やしながら建物の外へと吹き飛んで消え去った。

「ふう。やっぱりあまりいい気分ではないな。今後はもう出会うことのないように気をつけようぜ。もしお互い生きていたらな」

 ブイのほうを振り替えるとなんとも複雑な表情をしていた。

「いまのでさらに猶予がなくなっちまった。早く脱出しよう」

「う、うん」

 二人でポッドに乗り込む。やはりすこし密着しすぎである。やわらかいしっとりした感触、それにいい匂いがするのはよいが、俺のほうは汗の匂いとか大丈夫だろうか。

 ――ともかく一旦煩悩は振り払いブイに宇宙船操縦の指示を行う。

「ええと。この『離陸』のボタンを強く押して、このレバーを引いてくれ」

「う、うん……」

 ポッドは警告音をしばらく鳴り響かせたのち、ものすごいGをかけながら上昇した。

「うおっ! ご、ごめん胸さわっちゃったかも!」

「……そんなこと別にいいけど。わざわざ言わないで」

「す、すまん! まァとりあえず離陸成功してよかった! ほら見ろよ。燃えるダイヤモンドの城から次々に脱出ポッドが出ていく。なかなか壮観だぜ」

 ブイはなぜか眉をㇵの字にして俺を見つめていた。

「ん? なんだか浮かない顔だな。そりゃあこれからも大変だろうがとりあえず笑おうぜ」

「サルペン。無理に笑わなくてもいいのに」

「えっ? どういうこと?」

「だって。あなたのマンガ。全部燃えちゃった」

 そういってブイは目に涙を浮かべる。

「あー! なるほどそれで脱出を躊躇してたのか! 大丈夫大丈夫!」

「なんで?」

「アレは全部コピーだよ! スネーク号にホンモノを積んでおくわけないだろ! ホンモノは厳重にアジトに保管してあるよ。ひい婆ちゃんのマンガやおまえの絵は回収してあるしな」

「そうだったの!?」

 ブイは心からホッとした、本当に嬉しいという子供のような笑顔で俺を見つめた。

 この距離感でそれは反則ではないだろうか。

「……あっでも」

「なに? サルペン」

「コピーとはいえ本は本だよな……昔はコピー本なんてモノもあったらしいし」

 そういって俺は十字をきった。

「良かったらブイも弔ってやってくれ」

 ブイは今度は酸っぱい物でも食べたような表情で俺を見つめる。

「……あなたってやっぱり変わってる」

「そうか?」

「ねえ。ひとつ聞きたいんだけど」

「なんだ?」

「わたしとマンガだったらどっちが大事?」

「えっそれは……?」

 もちろんブイのほうが大事に決まっている!

 だが即答することができなかったため、ひっぱたかれてしまった。

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