第21話 処刑台の二人

 その広場はもうほとんどビョウキともいうべき趣味の悪さセンスのなさに満ち溢れていた。

 恐らくホンモノのダイヤモンドを使用していると思われる青色にいやらしく輝くステージ。後方には登壇者の入場用と思われる、これまたダイヤモンド製の螺旋階段があった。

 ステージからよく見える、さきほどまでわれわれがいたと思われる建物のセンスも最低だ。まるでいきりたった男性器のようなフォルムのクセにピカピカに輝いていて気分が悪い。浮かぶ満月も別のものに見えてくる。

 俺とブイはステージの中央に置かれたギリギリ人間のカラダが入るか入らないかという大きさの透明な筒の中に閉じ込められていた。どうしても壊せないような強度でもなさそうだが、いずれにせよこの状況では逃げだすのは難しいと思われる。なぜなら俺の両腕のズィルウェポンは取り外されているからだ。かなり乱暴に破壊したらしく接続部分がひどく痛む。ブイの方はアレがズィルウェポンであるとわからなかったのかそのままになっていた。これは不幸中の幸いだ。もし取り外されていたら俺ではもう作ることはできない。

 けっこうアホといえる俺でもこれから処刑されるんだろうなーということはわかる。裁判もなんにもなく即日処刑とはいったいいつの時代なのかと呆れる。もっともこいつらは治外法権的権力を持っており平気でその場で射殺するような連中でありいまさら驚くまでもない。というかマシな扱いであるといえる。もちろん慈悲などではなく単に晒しものにする目的であることはいうまでもないが。

 ちなみに足元にはスネーク号から勝手に取りだしたと思われる、薄い本やブイの描いた絵が散らばっていた。こちらも恐らく火刑に処されるという手筈であろう。

 ステージ下のアリーナにはもう深夜であるにも関わらず、たくさんの聴衆が集まっていった。ほとんど……いや確認できるかぎりは全員女性だ。ほとんどの人がライトネスを真似た変な髪型をしていた。皆一様に殺せ殺せといきりたっているらしい。

(さて――まァなるようになるだろう)

 ブイはずっとすがるような目でこちらを見ている。まあ当たり前のことだ。俺は『大丈夫だ』と口を動かしてブイに伝えた。

『みなさん! 大変長らくお待たせ致しました! あの方のご登場です! 本日は華麗なる処刑人になられます、ライトネス・ダイヤモンド様の入場です』

 司会者と思われる女の声と共に凄まじい歓声。

 螺旋階段からライトネス・ダイヤモンドが降りてきた。

 ヤツはステージの中央に立つと、ご丁寧に聴衆のみなさまに我々をマイクを使ってご紹介くださった。

『みなさん! 本日のゲスト! サルペンくんとブイちゃんです!』

 聴衆からは凄まじいブーイング。

『男性のほうはサルペンくん。彼は有名人ですね。見ての通り凄まじい量の『有害汚物書物』その中でも特に有害極まりないひどい性描写にあふれた男性向けの同人誌を大量に発掘、保護し、人類の悪しき遺産を後世に残そうとする恐ろしい男! まさに女の敵で御座います!』

 ブーイングの声がさらに大きくなる。なんだか楽しそうでもある。

『そして! もう一人の女! 彼女はある意味でサルペンよりも性質が悪い! なんと有害汚物書物を自ら執筆・製造し世の中にバラまくことを画策していた、女性でありながら女性の敵である豚女であります!』

 いい終わるとライトネスはこちらにもったいぶってゆっくりと歩み寄ってくる。

 そして透明な筒をコンコンと叩いた。

『さてサルペンくん。なにか言いたいことはあるかね?』

 そういってマイクを向けてくる。

 客席からは歓声。なんだかスターになったような気分だ。

「あのさあ。さっきの俺とブイのご紹介だけどさ」

 思った以上に大きな声が会場に響いた。なかなか高性能なマイクだことで。

「いい紹介だったよ。簡潔にまとまっていたと思うしアンタの声もとっても聞き取りやすかった。でもちょっとわからない部分があるんだ」

『ほお……それは?』

「いやなんかまるで俺が犯罪者みたいな言いぐさだと思ってさ」

 聴衆たちがざわつく。

「あとさ。ブイを豚女呼ばわりっていうのは納得がいかないな。どう見たってまれにみるくらいかわいい――」

 瞬間、俺の頭にカミナリが落ちた。

 会場は本日いちばんの大熱狂。

『貴様がなぜ犯罪者で全女性の敵であるか教えてやろう。貴様が収集しているような有害汚物書物は女性を男の都合のよい容姿や性格、体型に捏造して性的に消費したまさに愚にもつかない脳ミソ0ミリグラムの男がペニスだけで書いてペニスだけで消費する、存在するだけですべての女性に対するセクシュアルハラスメントとなる物体であり、かつ現実と空想の区別もつかない男たちによる性犯罪の温床になる犯罪誘発物質だからだよ』

 俺はそれを聞いてニヤりと笑った。

「なんだか『コズミックネットワーク』でなんどもなんども聞いたことがあるような論調だなあ。それは本当に自分で考えた意見なのかい? 脳みそを機械にしちゃったキミよ」

「なにぃ?」

「それに。あんたのいうような都合のいい女も好きだけど、現実の女にもそうであって欲しいなんて思ってねえぜ。現実の女ってのは理想とはほど遠いかもしれないけど、それはそれでかわいいもんさ。ウチのアレックスなんてひどいもんだぜ? それでもかわいい」

 よく考えたらアレックスは『女』ではないかもしれないがまァいいだろう。

「それに。マンガの影響で罪を犯すヤツがまったくいないとは言わない。でも少しでも犯罪を誘発したり人を傷つける原因になるようなもんがダメなんだった『車』や『ナイフ』あとは『酒』なんかもすべて禁止してくれんかね? それが平等ってヤツだ」

 ライトネスはそれを聞いて鼻で笑った。

「なにを言っている。『車』や『ナイフ』『酒』と有害汚物書物を同列に扱うだと? それらは人類の生活に不可欠なものだ。それに対して有害汚物書物は人類にまったく必要がない。くだらない欲求とペニスを慰める以外にはな」

「その理屈も何度も聞いたことがある。たしかにもしかするとまともな人間には必要ないのかもしれないな。でもな。ちょっと例えが悪くてすまんが足が悪い人間に松葉杖が必要なように、マンガが人生にどうしても必要な人間だっているんだぜ? 俺もそうだしおまえたちの中にも本当は必要としている人間がいるかもしれない」

 聴衆たちがザワつき始める。

「あとさ。ちんちんを慰めるってのもそれはそれで立派な役割だと思わねえか?」

「も、もういい! 完全に開き直りおって! やはり貴様には更生の余地など一切ない! 処刑を開始する!」

「なるほど。議論がめんどくさくなったら力か。いいさそれは当然のことだ。こちらも覚悟はできている」

 ライトネスはまたしても自分の頭をひっぺがし機械の頭脳を露にした。

「なにか言い残すことはあるか?」

「ああ。今後の参考にあんたにダメだしをさせてくれ」

 ライトネスは腰に手を当てて高笑いをした。聴衆たちも笑っている。

「あんたはそのブレイン・ブリッツを気軽に使いすぎだ。切り札はいざというときまでとっておく。これは闘いの基本中の基本じゃあねえかな?」

「なるほど。一理あるな! ハハハハハ!」

「それから。あんたはペニスペニスっていうけど、そんなものがなくてもあんたのいう有害汚物書物が好きなヤツもいるんだぜ? となりにいるブイもそうだし、男でもそういうヤツがいる。いや薄い本のためならそれすら失ってもいいって感じかな」

 いいながら俺は足でズボンのすそを踏みつけてズボンを下ろした。

 かわいらしいクマさん柄のパンツが露になる。聴衆からの黄色い悲鳴。

「まァそれって俺のことなんだけどな」

「なっ――!?」

 俺の股間が突如、爆裂的に膨らみパンツをぶち破った。

 その中からなにかによく似た禍禍しい黒光りした物体がぐんぐんと伸びてくる。

 物体はガラスの筒を突き破り、ライトネスのほっぺたにつつんと当たった。

「『キャノンリビドー』。力のもとはもちろん名前通りだ。十年以上もタメ続けたものが火を噴くぜ」

「ぐ……あ……うおおおおおおおおお………………!」

 直径一メートルはある真っ赤に燃え盛る弾丸がライトネスを直撃し炎の柱が立ち上がった!

 弾丸はさらに客席をも襲う! モーゼが海を割るが如く聴衆たちの真ん中を突っ切ると、そのまま真っ直ぐに進みダイヤモンドキャッスルの中央辺りを貫通しそのまま空に消えた!

 一瞬にしてこの小さな星全体が火の海と化す。

「犠牲の大きさが強さだといったな? まさにその通りだろう」

 ブイが入れられていた『筒』を頭突きで破壊しながら、墨人形と化したライトネスに語りかける。

「バカな……なんでそこまで……!」

「決まってる。あんな皮をかぶったしょうもないものは初めっからいらなかったからさ」

 キャノンリビドーはボロっと取れてステージに転がった。

 やはりあまりにエネルギーが強すぎてオーバーヒートを起こしたらしい。

「それに。あんなものなくても女を愛することぐらいできるぜ。いまのところ童貞だけどな」

 俺はブイを抱えるとダイヤモンドキャッスルへと向かった。

「おっと。こいつらだけは持っていかないとな」

 拾い上げたのは俺のひいばあちゃんが書いたマンガ。そしてブイが書いた絵だ。

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