第19話 緊縛

 ――夢を見ていた。

 俺には両親がおらず婆ちゃんに育てられた。

 そのことにはなんの不満もない。彼女が大好きだったからだ。

 豪快にガハハハと笑う人で、しつけはきびしいけど俺を愛してくれた。

 彼女は自分の母親――俺のひいばあちゃんが大好きで、彼女が書いたマンガを大事にしておりしばしば俺に読ませて聞かせてくれた。

 今思えばけっこうエッチな内容でよく子供に見せたなと思う。

 俺たちは平和に暮らしていたが、ある日家に青い軍服を着た連中がやってきた。

 ヤツらは婆ちゃんに大切にしているマンガを渡すように言ってきた。

 拳銃を構えながらだ。

 婆ちゃんはそれを拒否した。

 するとそいつらは拳銃の引き金を引いた。

 俺は窓から飛び出して逃げた。

 一週間ばかり逃げ回った。運良くつかまらなかった。

 俺は危険があるとわかりつつ家に帰った。

 ひどい有様だった。家中はめちゃくちゃでマンガたちはすべてなくなっており、金目のものもすべて盗まれていた。

 だが画材は無事だった。

 やつらにはそれが画材だとはわからなかったらしい。

 俺はそれを持って宇宙船に密航しその星を去った。

 それを誰かに渡すことこそが俺が生き残った意味だと思ったからだ。

 俺の犯罪者としての生活の始まりだ。

 まだ七歳のころの話になる。

(それからゴキブリのような生命力でなんとか生き残ってきたが――いよいよダメかな?)

 などと考えたところで目が覚めた。

 重い瞼を開くと目に入ってきたのは異常なほど趣味の悪い部屋だった。

 イヤに広いわりに家具やモノはなにもない。壁や天井や床は全面青色がかかった鏡貼りで、たくさんの自分に見つめられて落ち着かないことこの上なかった。

 こんな部屋はさっさと出たいのだが両手両足が動かない。恐らく十字架のようなものに貼り付けにされているのであろう。

 さらにルームメイトもあんまり好きじゃない感じだった。目の前には薄い本にもたまに出てくる。『SM女王様』のような格好をした女が立っている。

「くくく。目が覚めたようだな」

 俺のアゴをくいっと掴みながらつぶやく。

「どうだこの部屋は気に入ったか?」

「なかなか素敵なホテルだな。ルームサービスは頼めるのかい?」

 そういうと女は持っていた――いや『右手の代わりについている』ムチで俺をシバキ回した。

「つまらねえんだよゴミ! 男とかいう下等生物の分際でナマイキにジョークなんぞホザいきやがって!」

 ムチによるダメージと同時に脳天から爪先に抜けるような電流が走る。

「ホラホラァ! なにを生意気にやせ我慢なんかしてるんだ、チンカス人間がァ! 泣け! 叫べ! 存在意義なんかないんだからせめて私を楽しませろ!」

 このような仕打ちを受けるのは長い犯罪者人生において初めてではない。

 だがこんな孤独感は初めてだった。

 だってもう俺にはなにもない。気の置けない仲間も心いやしてくれる書物も。七歳のときに戻っただけと言えばそうなのだが。

 そんなことを考えている間にもムチがバチバチと音を立てながら肉に食い込んでいく。

「ちっ! このゲロシャブが! ひとつも叫びやがらねえ! ……仕方ねえ! 痛みが増すクスリを持ってくるか」

 そういって女は入口のほうにせかせかと歩き出した。

「ふふふ。覚悟しろよ。なにせあのクスリは痛みが百倍……ぶべらああああああああ!」

「――!」

 女がドアに手をかけた瞬間。ドア――いや壁が光を伴う爆発を起こした。

 爆風に目と耳がやられる。

 ようやく視力と聴力が回復したところで、巨大な穴が空いた壁、そしてよく知っている人物の姿が目に入ってきた。

「ご主人様やっぱりまだ生きてたー☆ お葬式頼んじゃわなくてよかった」

 そして宇宙一聞き慣れた声も聞こえる。

「こんなこともあろうかとダイナマイトを少しぱくっておいたんだー☆ しかしスタンくんには参ったね。なんだかんだ好きだったのに。でもツメが甘かったね。銀河戦争時代に作られたメイドロボはコアを壊されたぐらいじゃ修復できるって。しかしもわざわざアレックスをスネーク号でこの星までつれてきちゃうんだからー」

「アレックス……おまえ」

「ん? なーに?」

「そのカラダ」

 自慢のメイド服は原型がとどまらないほどホロボロ。

 顔の半分が吹き飛んで中身が見えている。

 右腕もない。

 左足もほぼ機能停止しているらしく引きずって歩いていた。

「ああコレ? テキいっぱいいたからね」

「なぜそんなになるまで……」

「だからいつも言ってるじゃない。アレックスはめちゃくちゃ性格いいし、ご主人様のこと大好きだって」

 全身がショートを起こしてバチバチと火花が散っている。

「だって。まだ動けるのに――動きたいのに捨てられたわたしを助けてくれた。大事に大事にメンテナンスして髪の毛をとかしてくれた」

 アレックスのアイカメラから液体が流れる。アレックスには他にもばかばかしい機能が満載だがこの機能が使用されているのは初めてみた。

「なあアレックス」

「んん? なあに?」

「俺もアレックスが大好きだよ。あのな。メシなんか義手がなくても食おうと思えば食える。おまえが好きだから甘えたいだけなんだ。ガキっぽいとか言わないでくれよな。だってたった一人の家族なんだから」

「ふふふ。ごめんなさーい音声が認識できませーん」

 アレックスはカラダを引きずるようにして俺に歩みよると額にキスをした。

 それから俺の両手両足を拘束していた鉄輪を歯で噛みちぎって引き裂く。

「はい。これで動けるでしょ。それから。なんとかこの一冊だけ回収してきた。なにもないと困るでしょ?」

 そういって一冊の薄い本を俺に手渡す。

「あとはアレックスに頼らず頑張ってね。ブイちゃんはきっと生きてるから。ご主人様ならできるよ」

 俺が彼女に感謝の言葉を述べる前に、いつものニセモノではない本物のシステムメッセージが聞こえた。

「破損状況が九十パーセントを超えましたー☆ セーフモードに移行しまーす☆」

 アレックスのカラダが光と共に消え、代わりにちびキャラのフィギュアのようなものが足元に転がった。

「懐かしい。そういえば出会ったときもこの姿だったな」

 俺はそいつを胸ポケットにしまって歩き出した。

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