第16話 パーティーナイト
「それでは! 不肖スタンめが乾杯の音頭を取らせていただきます! まずは場を和ませるジョークをひとつ。
ある金持ちの男が自慢のベンツから降りようとドアを開けた所に、後方から別の車に衝突されドアがちぎれてしまいました。
『おお! なんてことだ! 俺のベンツが!』
彼は地団駄を踏みました。
すると。助手席に乗っていた奥さんが溜息交じりに言います。
『ねえ。あなたって人はちょっとモノに執着しすぎなんじゃないの?』
『どういう意味だ?』
『だって。ベンツのドアだけじゃなくて、あなたの左手もちぎれてるわよ』
『――!? OHMYGOD! HOLLYSHIT! なんたることだ!』
男は右手で頭を抱えて叫びました。
『俺のロレックスがあああああ!』
なんてな! HAHAHA!」
「なごまねえよ!」
「ではサルペンくんの快気とブイちゃんの新たなる門出を祝って! 乾杯!」
カンダリバーでの闘いに勝利したあと、酋長さんのところに報告に行った。
彼女は欲しいものをなんでもひとつくれると言った。
酋長さんのカラダ! と叫ぶスタンの目に水平チョップを喰らわせて、俺は『ブイさんを俺に下さい』と伝えた。
結婚のお願いだと思われ一時集落全体がパニックに陥ったがそうではない。
彼女はマンガを描いているが、彼女の身を守りかつ彼女の創作活動を支援するために彼女を連れて行くことを許して欲しいという意味だ。
酋長にマンガを描いていたという事実を告白するにあたり、ブイは非常に後ろめたそうであったが、酋長は彼女の作品を見ると大変感心してくれて「是非彼女の才能を伸ばしてやって欲しい」と逆にお願いされてしまった。
そんな経緯があり――サルペン、スタン、アレックス、ブイの四人はスネーク号に乗ってアキハバラ・セセッションを後にした。
そして現在、艦内の台所にてブイの歓迎会兼俺の快気祝いということでちょっとしたパーティーを開催している。
「まァ快気って感じじゃないけどな」
俺の全身にはまだ包帯がぐるぐる巻きになっていた。
「HAHAHA! なかなか似合うじゃねえか。そういう薄い本たまに見るよ」
「うむ。どうやらかの日のロボットアニメでそういうシーンがあったらしいな。どっちにしろ別にもうそんなに痛くないし一週間もすりゃあ治るよ」
「よかったねー☆ でもびっくりしたよー。ブイちゃんが抱きついてるのを見たときは。いつのまにかアレでソレであおかんをする関係になっちゃったのかと思ったー」
「HAHAHA! アレックスちゃんアレでソレでとかボカしたあとで具体的な言葉をいうのは方法論としておかしいぜ?」
「よく考えたらアレはやってもらうべきじゃなかったな。大事なカラダだから」
ブイのほうをチラっと見ると一瞬だけ目が合った。彼女はいつものようにクールな表情でグラスを傾けている。服装は例の白装束。しばらくスタンに借りたウエスタン姿であったがやはりこちらのほうがしっくりくる。
「なんかえっちー。でもあのときブイちゃんすっごくいい子だなってアレックス感動しちゃったの。一緒にいられて嬉しいな。これからよろしくねー。はいあーん」
そういってブイの口に料理を次々と投入し始める。
かわいそうなのでアレックスの腕をつかんで制止した。
「いいか。アレックス。人間は基本的に飯を自分で食える。義手がないときの俺以外はな」
「そっか。うーんでもブイちゃん。いまいち浮かない顔だねえ」
ブイは「そうかな?」と首をひねる。
「HAHAHA! そりゃあそうだろ。故郷を離れてこんなわけのわからん宇宙船に乗ってわけのわからん連中と一緒にいるんだから」
「それは心苦しいが仕方がないことだからなあ。あそこにいてはダイヤモンド・カイに見つかるのも時間の問題だ。俺にすら情報が来てたぐらいだからヤツらがいつ情報を掴んでも不思議じゃない。むしろいままで捕まらなかったのが奇跡みたいなもんさ」
「いわれてみればそうだねー。ラッキーラッキー。ご主人様には感謝したほうがいいよー」
アレックスがそんな厚かましいことを言うとブイは小さく「ありがとう」と言ってくれた。
「それで私たちはいまからどこに向かうの?」
「ああ。そういえば言ってなかったな。俺が小さな家を持っている第五銀河の辺境の惑星さ。そこで好きなだけマンガを描いてくれ。画材なんかもあるからさ」
「なんで画材なんて持ってるのー?」
「……ちょっと知り合いからな」
「知り合い~?」
「画材かあ。どんなのだろう」
ブイはすこしだけ目を輝かせた。
「アレックスがお世話してあげるからねー。だってメス型メイドロボだもん」
「おまえ今はどっちかというとお世話されてるからな?」
「ごめんなさーい音声が認識できませーん☆」
「HAHAHA! でも今回の作戦ではなかなかの活躍だったぜ。ダムぶっ壊してくれたし」
「まあ確かにな。あとこいつがブイたちと仲良くなってくれたおかげで助かった。アレがなければ原住民のみんなと闘わなくてはいけなかったかもしれない」
「でしょー☆ アレックスは使えるなあ」
「僕がいちばんなんにもしてねえや! HAHAHA!」
「レイキャビクを釣ってくれたじゃん」
「じゃあこれからはフィッシャーマンとして生計を立てるかー! ヨーソローなんつってカジキツナでも釣ってさ!」
スタンの自虐ネタは内心自分で自分を虐待などしていないことはわかっているので安心して笑うことができるからよい。
「しかし。サルペンくんとの付き合いも長いよなあ。十年ぐらい前か?」
などと珍しくスタンが少しだけしんみりとしたトーンでつぶやく。
「いや。もうアレックスはいたから八年前ってところじゃないか? あの衝撃の出会いは忘れられねえ」
「どんな感じだっけ?」
「覚えてないのかよ。おまえが酒場で女はべらせてギター弾きながら薄い本を朗読してたんだよ『口ではそんなこといっていても~体は正直だぜベイベー』とか言って」
「HAHAHA! 思い出した! あの星ではアレがモテたんだよ!」
「俺は関わり合いになりたくなかったんだけどアレックスがガンガンに話しかけるもんだからさあ。そのときの言いぐさ今でも覚えてるぜ」
「なんて?」
「『キモイ男の人だー。ウチのご主人様といっしょだねー』って。人生で一番きまずかったよあの瞬間」
「あははー。でも結果的に友達になったんだからいいじゃーん」
スタンはいつもチャラチャラしてテンションは高いが、本質的にはかなりクールなやつで一般的に友達とするようなことはした記憶がない。たとえば悩みや恋の相談をしたり用もないのに飲み明かしたり。だから友達と言われてもあまりピンとこない。ピンと来るのは『仲間』とか『相棒』といった言葉だろうか。
「うむ。サルペンくんとは数知れぬ夜をともにしたな」
「おい……誤解を招くようなことを言うなよ」
「えっそうだったんだー。そういうの嫌いじゃないよー」
「まあはっきりはいわないが、ひとつ言えるのはサルペンくんのケツの穴が普通の人より少しだけスッカスカだとしたらそれは僕のおかげだ」
「キッツキツだわ! パスタも入らねえほどに!」
するとブイの顔が少しゆるんだ。意外に下ネタが好きなのだろうか……?
「そういえばスタンくんってなにが好きなのー?」
「ん? なにが好きって?」
「マンガのジャンル? とかそういうので言えば」
「そりゃあおまえパツキンの脳みそ一ミリグラム女の爆乳よ」
「うわーバカっぽーい品性知性ともに欠如しているー」
「……それは言い過ぎだと思うけどな」
たとえどんなに自分が嫌いなジャンルであっても作者や愛好家にはリスペクトを忘れない。それこそがオタク道だと俺は思う。
「ちなみにご主人様はー?」
「ん? まあいろいろあるけど最近俺の中でアツいのはスプリットタンだな」
「なにそれー?」
「よし教えてやろう。スプリットタンというのはだな舌がヘビみたいにふたつに分かれている女のことだ。舌ピアスっていうのがあるだろう。アレの延長線上で舌を切開してふたつに分けるというのがオシャレとして流行したことがあったらしい」
「なるほど! その舌を使ってそれはもういろいろなことをするというわけだね! そいつはご機嫌だ」
「さすがご主人様! スタンくんよりもすっごいキモいねー☆ ブイちゃんはー?」
ブイは突然の質問に腕を組んでうーんと考えこむ。
「女の子同士が仲良いやつ……とかかなあ。描きたくなる」
「へー。ブイちゃんってそのけがあるの?」
「別にそういうわけじゃないけど」
「ああでも俺も好きだぜ。かつてのチキュウでは『百合』と言われていたらしいな。俺の一番好きなマンガ家もよく描いていた」
「へえ。そうなんだ。読んでみたいな」
「ええと。でももう俺の手元にはないんだよな……」
「それは残念」
ブイはそういってグラスをカラカラと鳴らした。
「わたしもかわいい女の子は好きー☆ べつにエッチしたいとかは思わないけど」
「……いいかおまえにそんな機能はない」
「えっないのか? そのためにサルペンくんがこの世に生み出したんじゃなかったっけ?」
「あのなあスタンよ」
するとブイが真顔でこんなことをつぶやく。
「そ、そうだったんだ……二人は恋人? 私ジャマじゃないのかな?」
「おい信じるな! アレックス見せてやれおまえのツルツルしたアノ部分を!」
「えー恥ずかしいけどブイちゃんにならいいかー」
アレックスはそう言ってテーブルに乗りメイド服のスカートをたくしあげようとする。
「ちょっとやめて冗談だってば。見ればわかるよ。二人はどう見ても親子みたいな関係にしか見えない」
「……ふだん冗談言わないひとが真顔で冗談言ってもマジにしか聞こえないんだが」
「HAHAHA! いいね。ブイちゃんもちょっとテンション上がってきたね」
「そうかな?」
「もっと盛り上がっていこう! よっしゃ! じゃあこないだマンガで読んだちょっとエッチなゲームでもやろう! 王様ゲームだ!」
「そりゃどんなゲームだ?」
「まずはみんなの中から王様を決めるんだ。で王様以外のやつは王様のいうことはなんでもきかなきゃならない。ちょっとエッチなことでもね」
「王様はどうやって決めるんだ?」
「えっ? それは……殴り合いかな?」
「おまえさてはよくわかってないな?」
「それだったらアレックスが考えた、カニ・イブリガ二・遺伝子バンバンゲームでもやろうよ」
「なんですかそれは……?」
「いい? まず両手でカニの形をつくって――」
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「どう? やってみて?」
「い、意外とおもしろい」
「ハラハラドキドキするようなスリル感と戦略性を兼ね備えているし、なによりうまくハマって勝利できたときのカタルシスが抜群だ……」
「でしょー☆ まあアレックスはお留守番で宇宙船にひとりのとき、いつもこんなゲームを考えてひとりで遊んでるからね☆」
「それはすまんなあ……」
わりと本気で罪悪感にさいなまれていると、ブイがアレックスの頭を優しく撫でる。
「大丈夫だよアレックス。これからは私が一緒にいるから」
微笑みながらそんなことを言ってくれる。
俺にはちょっと直視できないくらい眩しくみえた。
「ブイちゃん好きーーー! ねえチューしていい!?」
「ちょ、ちょっと!」
「HAHAHA! そのけがあったのはアレックスちゃんのほうだったか!」
「こいつ酔ってるんだよ! 機能ないのに!」
――そんな感じでパーティーはそこそこの盛り上りを見せた。
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