第15話 カンダリバー攻防戦
――わずかに時を前後して。
俺とスタン、ブイは川下に向かって馬を全速力で駆っていた。
「ブイ! おまえはやっぱり詰所に戻ってろ!」
「そんなわけにはいかない!」
「ちっ!」
目的地としているのは敵軍が突入を行っていると思われる、川幅が比較的狭くなっているポイントのやや川下――という位置だ。
「サルペンくん。そろそろいいんじゃね?」
「――よしこのあたりにしよう!」
およそ十分後、目的のポイントに到着。
「さて。アレックスはちゃんと動いてくれるかな」
「HAHAHA! ばっちりやってくれるに決まってるって!」
――数分後。
アレックスが作戦の遂行に成功した証に、ダイナマイトが遠くで爆発する音が聞こえた。
わずかに水が流れる音も聞こえてくる。
「HAHAHA! これで川に突入したマヌケどもがここに流れてくるってわけだ!」
「おう。それじゃあ頼むぜスタンの旦那」
「おいきた」
「腕の見せ所だよ。狙った獲物だけをつりあげてくれよ」
スタンは懐から例の酒場の娼婦に描いてもらったレイキャビクの似顔絵を取り出した。
「まあなんとかなると思うよ。でも大丈夫なの?」
「なにが?」
「ヤツを釣り上げたとして、そいつが『ラスト・カミエシ』かどうか確かめる方法はあるのか?」
「ああ。そこは俺に任せて集中してくれ」
「はいよ」
スタンは両目を閉じて全神経を己のズィルウェポンに集中し始める。
――ほどなくして川上のほうから、凄まじい水流の音、そして男たちの野太い悲鳴が聞こえてきた。
「来たぞ!」
「おうよ! ええと――
資産家の老人ブラウン氏が、若く美しい女性と結婚することになりました。
ブラウン氏の友人が彼に疑問を呈します。
『いくら金持ちとはいえ、よく七十歳のキミが二十代の娘と結婚なんかできたな』
『ふふふ。年齢を偽ったのさ。二十歳もね』
『ええ? 五十歳だって言ったのかい?』
ブラウン氏はニヤリと笑いつつこう言いました。
『いいや。九十歳だって言ってやったのさ』
意味がわかるかな? HAHAHA!」
スタンのラフターブルロープは大蛇の如く身をうねらせながら空を駆け、激流のカンダリバーにダイブ! そして獲物を捕らえた!
「ヨーソロー! こりゃオオモノだ!」
男は激流から引き上げられ仰向けで岸辺に叩きつけられた。
口から水を噴いてかろうじて呼吸を取り戻す。
彼が顔を上げるとそこに一人のオタクがいた。
「よお水もしたたるいい男。あんたレイキャビクっていうんだろ? 金持ちなだけでご婦人方がキャーキャーいってると思いきやちゃんと顔立ちもハンサムだな」
さすが隊長と呼ばれる男。ひどい目に合わせられながらも辛うじて立ち上がった。
「だが中身はどうかな? 顔だけの男じゃないか確かめてやるよ」
「な、なんだ貴様……!」
「抜きな。エッチな意味じゃないぜ。おまえの武器をだ」
「……くそっ!」
レイキャビクが右手の手袋を外すと銀色に輝く金属の爪が現れた。
「なるほど。それが噂の鉄のツメか。やはりズィルウェポン使いだったか」
さて。ここからが重要だ。
こいつの正体を確かめる必要がある。
俺は『ウスイ・ホルスター』からいつもの薄い本ではなく一枚の絵を取り出した。
あのとき酒場でもらった女の子二人が海岸線を歩いている絵だ。
改めて見ても素晴らしい。
俺はそいつをレイキャビクに見えるように両手でかざした。
そしてヤツの反応を確認する。
(――ほとんど反応なし! やはりこいつはラスト・カミエシではない!)
俺は絵を即座にホルスターにしまい、反撃――するはずだった。
(ぐおっ! 間に合わねえ!)
だがレイキャビクの攻撃が想定以上に速い!
絵をホルスターにしまう時間がない!
俺はヤツに背を向けて辛うじて絵だけはヤツのツメから守った。
「グッ――――!」
その結果、肩から背中にかけてヤツのツメに切り裂かれてしまった。
「いってえええええええ!」
テキに強烈なダメージを与えたレイキャビクであったが、喜んだり勝ち誇ったりするよりも困惑を表情に浮かべていた。
「どういうつもりだ貴様……」
「ははは。その疑問はごもっともだ。しかしもう確認しなければならないことは確認できた。ここからは全力で闘わせてもらう」
俺がそういうとレイキャビクはいやらしく口角を上げた。
「ふん。おまえはもう闘うことなどできん」
俺はなにをいってるんだ? と発音すべく口を開く。
だが。口を『な』の口から閉じることができない。
「私の『グレイシャ―・クロー』は斬った相手を凍り付かせる」
(『相手を凍り付かせる』というのはそのままのイミだったのか……! 誤算だった……! こいつを甘く見すぎていた……!)
一瞬だけカラダが冷たいと感じたがすでに感覚がない。
「ちっ――!」
スタンがラフター・ブルロープを起動しようとする。だが。
「う、動くな!」
騒ぎを聞きつけたと思われる警備兵がライフルをスタンに突きつけた。
その人数四人。
レイキャビクは腰に手を当てて高笑いをする。
「ハハハハハ! 勝負はあったな。おまえらが一体なにものなのか。そいつはゆっくり拷問部屋ででも聞かせてもらおうか」
レイキャビクはゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。狂気に満ちた表情だった。
(もう俺にできることはこいつを道連れにすることだけか――いいぜ喰らわせてやるよ。俺の最後の切り札を)
だがその刹那。
「グッ――!」
小さなうめき声と共にレイキャビクは膝をついてうつぶせに倒れた。
倒れ伏すレイキャビクのむこう側には――
「だらしのない」
(――ブイ!)
ブイがいつものクールな表情で立っていた。
いつもと違うのは彼女の七色に装飾された爪が蜘蛛の手足のごとくまがまがしく伸びていることだ。いや伸びているだけではない。オタク御用達であったという『サイリウム』のごとくギラギラと輝いていた。
(ズィルウェポン――!)
そしてその爪で攻撃をされたと思われるレイキャビクの背中。
軍服の背中は切り裂かれ素肌が露になっている。
そこには入れ墨の要領で一幅の絵が描かれていた。
俺の目はその絵に惹きつけられざるを得ない。
(この絵は……このタッチは……)
それは二人の少女の肖像だった。
二人は身を絡ませるようにして不思議な空間に浮いている。
恐るべき書き込まれ方。そして色彩の豊かさ。
到底一瞬にして書かれたとは思えない完成度だった。
――なんと美しい。
一枚の絵から無限のストーリーを感じとることができる。
そう。俺がさきほど身を挺して守った絵と同じように。
ブイはさらに恐るべきスピードでステップを踏み、ライフルを構えた男たちの背中や腹にも華を咲かせた。
そのひとつひとつに目を奪われる。ずっと見ていたいと思った。
だが。
「こ、この女!」
援軍はまだいた。そいつは木陰に隠れてブイを背後から狙っていた。
(クソ――動け――!)
俺は銃声が聞こえると同時に辛うじて足を動かすと、発射されたライフルをマッドドリルで弾きブイを守った。
ブイは声にならない叫び声を上げた。
「――ぬおおおお!」
俺は倒れこみながらもハッピートリガーの銃口をその男に向ける。
「な――! しまった!」
弾丸が男の顔面を正確に捕らえた。
「ははは。こんな体の割にはすげえ威力の弾丸が出やがった。死んでなきゃいいけど」
俺は仰向けに倒れ伏した。
ブイが慌ててこちらに駆け寄ってくる。
「やれやれ。レイキャビクが倒れて冷凍自体は解けたけど、体温まで戻ってくれるわけじゃないようだな」
ブイはしゃがみこんで俺の額に触った。燃えるように熱い手に感じられた。
「キミだったんだな。この星でマンガを描いていたのは。勝手にラスト・カミエシなんて呼んでいたよ」
彼女は小さく首を縦に振った。
「なんていうんだいキミのズィルウェポンは」
「……ラグジャリー・デストラクション」
「なるほど。いい名前だ。キミがなにか――例えば人間の体――に美しいものを描けばそれが破壊されるというわけだな?」
ブイは質問には答えずに逆にこんなことを俺に問うた。
「ねえ。あなたは私を逮捕しにきたの?」
「ああそうだよ。マンガはサイテーだからな」
「だったらなんで『私の絵』をあんな風に守ったの?」
「それは。命を懸ける価値があるからだ」
ブイの手がさらに熱くなったように感じられた。
「キミのマンガは素晴らしい。紙に書いたものも奴らのカラダに描いたものもだ。キミは単品の一枚絵だけじゃなくてストーリーマンガも描くべきだ。その才能が間違いなくある」
俺は最後の力を振り絞って言葉をつむぐ。
「もっとキミの作品を読みたかったのに。こんなところで死ぬなんて……な」
すると。ブイは俺を睨みつけて腹の上に乱暴にのしかかった。
「な、なんだよ」
「そんな簡単に死ぬなんていうな」
彼女は着ていたウエスタンシャツのボタンを外すと、俺にのしかかり抱きついた。
暖かい。じんわりとだが確かに体温が上昇していく。
心臓の音が聞える。心地よかった。
「スタンさん」
彼女の息遣いが耳元で聞こえた。
「マキとマッチを探してきてください」
スタンはのんきな声で「おっけー」などとつぶやくと馬を駆って走り去っていった。
ブイは俺の耳元でひとこと「ありがとう」とつぶやいた。
「なにがありがとうなんだ?」
「わたしの絵を守ってくれたから」
「ははは。もっとスマートにやる予定だったんだけどな」
「でも。嬉しかった。ねえホントに私の絵をいいと思ってくれてるの?」
「もちろんさ。ウソなんかつかない」
「そっか」
ブイはそういうと俺を抱える両腕にさらに力をこめた。
――そんな彼女に問う。
「なあ。キミはこれからどうする。キミがマンガを描いていることは少しづつ噂になっている。キミを狙っているヤツらがいる。マンガを描くのを辞めることもできる」
ブイはしばらくの沈黙の後、声を震わせてこういった。
「私は……書きたい……読んでもらいたい」
「……そうだよな」
なにせ彼女は読んでもらいたい一心でわざわざ移民の街にまで来て自分の作品をバラまいていたのだ。それはもしかして描くものにとって最大の渇望なのかもしれない。
「よくぞいってくれた。それならば俺はキミを守ろう。キミが誰にも邪魔されることなく素晴らしい作品が描けるように命をかけよう」
さらに腕に力がこもった。ちょっとだけ痛い。
「まァこの状態で言っても説得力がないけどな」
「そうだね」
彼女は少しだけ肩を震わせて笑った。初めて俺の前で笑ってくれた。
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