第12話 荒野の夜
軽く夕食を取ってから、今日宿泊する『ホテル』に案内された。
少し小さめだが作りとしては酋長の家とほぼ同じである。
健康優良児であるスタンとアレックスは藁のベッドに寝そべるや否や、すぴぃと寝息をたて始めてしまった。
オタクらしく夜型でしかも不眠症気味の俺は一人部屋で佇む。ちょっと寂しいのでお気に入りのマンガを読んで時を過ごそう。こんなときに心を安定させてくれて寂しさを紛らわせてくれる存在をありがたく思う。あらゆる娯楽が規制されているこの時代、真面目に法律を守っているみんなはどのように一人の時間を過ごしているのだろうか。
パラパラとページをめくっているとドアをノックする音が聞こえてきた。本をホルスターにしまってドアを開ける。
そこに立っていたのは美しい少女だった。全身真っ白なシルエットが夜の闇に映えて、もうひとつ月があるようだと思った。アクセントとなっている七色の髪の束も美しい。柄にもなく心臓が高鳴ってしまう。
「アレックスは――」
ブイは右手に麻袋を持っていた。おそらくネイルの道具が入っているのであろう。
「ええと……すまんな。見ての通り寝ている」
内心の動揺を隠しながらそんな風に答えた。
それを聞いて彼女は首を傾げる。それはそうだ普通のロボットは寝ない。
「ネイルは明日の朝でいいんじゃないか?」
「そうだな」
ブイは踵を返す。白い髪の毛がサラっと揺れた。
「あ、待ってくれよ」
俺が呼び止めるとこちらに首だけで振り返った。
正直言ってこのときなにかプランがあったわけではない。ただ気づいたら呼び止めていた。呼び止めたいなと思ってしまっただけ。脳が勝手に呼び止めた理由を後付けで設定する。
「もう夜だ。送っていくよ。テキの偵察がいるかもしれないし」
とっさにしてはスジの通ったことを言えたと思う。
だが彼女は「いらない」と冷たい声でいい放つと黙って歩き出してしまった。
「あっ待てよ!」
追いすがる俺を彼女は石像のような目で睨みつけた。
「いらないと言ったが」
「たまたま同じ方向に用があるだけさ」
俺もけっこう意地になるタイプだ。それに先程とっさに言ったとおりテキに襲われる可能性も実際にあるし、そうなると一人で行かせるのは気が咎める。
「……ふん」
ブイは不愉快そうな顔はしたが無理に走って置いていくようなことはなかった。
二人並んで夜道を歩く。なんだか不自然な距離感で二人の影が地面に映えた短い草に落ちる。
空を見上げれば満月。昼間の太陽ほどではないがかなり強い光だ。白い髪が黄金に輝いて美しい。
――長い沈黙が続いたが、意外にも先に口を開いてたのはブイのほうだった。
「そうだ。これ返すよ」
などと俺にふところから取り出した紙幣を握らせてくる。はたからみたらなんとも怪しい光景であろう。
「な、なんだよこの金」
銀河間共通通貨で五ルード。三人でしこたま飲んでお釣りがくるくらいの結構な金額である。
「アレックスがネイル代と言って渡してきた金だ」
「あっそういうことか。でもなんで返す?」
「けっこうな大金だろうこれは。こんなもの受け取れない。それにこの星じゃ銀河間共通通貨なんて使えないから私が持っていても意味がない」
そういえば酒場では酒代もホテル代もマスターに奢ってもらってしまったから知らなかった。あやうく食い逃げになってしまうところであった。
「じゃあ返してもらっておくよ。ありがとな。アレックスのやつ喜んでたよ、ツメきれいにしてもらって」
「ロボットがネイルをされて喜ぶものなのか……? あの子は変わっている」
「ああ。変わってるんだホントに。なんにせよ仲良くしてくれてありがとうな。いつも宇宙船に乗せてばっかりだから、なかなか友達なんかできなくて不憫でな」
ブイは驚いた様子でこちらを見る。
「変なの」
そしてそんな妙に子供っぽい言葉を俺に投げかけた。
「なにが?」
「いや……なんでもない」
――また沈黙がおとずれてしまった。
今度は俺から話題を振ってみる。
「ネイルの技術はどこで?」
「我流だよ。移民の街に住んでた頃に見よう見まねで」
かつては父親について移民の街に住んでいたのだろうか? 母親はどうしているのか――など含めて気になったが尋ねることはできなかった。
「でもけっこうな腕前なんだろう? 男の俺から見てもすごくキレイだものな。アレックスにしてくれたヤツもあんたがしてるやつも」
ブイは驚きと困惑を顔に浮かべた。思ったよりも感情が顔に出やすいタイプなのかもしれない。
「し、知らないよそんなこと。比較対象もいないし大会や資格試験があるわけでもあるまい」
「そりゃそうだけど」
「趣味で村の女の子たちにやってあげたり、自分のをやっているだけだよ。アレックスはネイルサロンかなにかと勘違いしたようだがな」
「ネイルサロンをやっているわけではないのか?」
「ちがう。外でやってあげてたら見たことない女の子が「アレックスにもやってー」などと言ってくるには驚いたよ。聞けばロボットだというし」
「このご時世にこんなところに侵入して、よくしばき上がられなかったもんだ」
「まあ悪いヤツ――というかなにかを企んでいるような者には到底見えなかったからな」
ブイの表情が少し緩んだような気がした。
だから俺は彼女と一緒に闘うことになったときから聞かなければならないと思っていたことを訪ねてみた。
「なああんたのズィルウェポンはどんなものなんだ?」
「――!」
すると彼女は明らかな動揺を表情に浮かべた。目を丸くして頬から汗をかき、しきりに髪をいじり始める。
「な、なんでおまえにそんなことを教えなくてはならない!」
「そりゃあ一緒に闘うんだから知っておかないと作戦に支障があるだろう」
「……今度の闘いでは使わない。だから教える必要もない」
「そういうわけにもいかないだろう」
「私の勝手だ!」
「だが――」
「うるさい! もうついて来るな!」
ブイは俺を置いて駆けだしてしまった。
「…………あーらら。女の子って難しいなあ」
見知らぬ地のだだっぴろい荒野を一人で歩くのはひどく孤独なものであった。
それに昼間からは想像もできないくらいに寒い。
部屋に戻るころにはすっかり体が冷え切っていた。
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