第11話 酋長
俺たちは原住民の三人に自分たちは彼らと敵対している『移民』ではなく異星から来た冒険者であり、彼らの領地に入ったのは侵略などが目あててではなく『学術的な』興味からであるというような説明をした。
するとブイはいぶかし気な表情をしながらも『とりあえずついてこい』と言いながら馬に飛び乗ってすたすたと歩き始めた。俺たちもそれを追いかける。
「わーい☆ ブイちゃんと一緒にお散歩」
「……元気だなキミは」
彼らに連れられて三十分ほども歩くと岩山にぽっかりと開いたトンネルに到達した。
「HAHAHA! こいつは大した砦だ」
「RPGの魔王の城みたいな立地条件だな」
「……なんだそれは」
「俺もよくは知らないのだが」
トンネルを抜けるとそこには不思議な光景が広がっていた。
「キレイだよねーここ」
「そうか? 俺は不気味に感じちまうんだが」
「HAHAHA! なんとも言えないけど落ち着かないのは確かだね」
大地には黄土色の背の低い草がまばらに生え、そこに銀色のドーム状の住居が点在している。
いつのまにか太陽は傾いて夕日がそれらをオレンジ色に照らしていた。
うまく言えないが文明と非文明がいびつに混じりあったような違和感がある。
「もー! 二人とも人の住んでるところを悪く言ったらダメでしょー? ごめんねーブイちゃん。アレックスは好きだからねー☆」
「別にどちらでもいいけどな」
ブイたちが案内してくれたのはその銀色のドームの中でもひときわ大きい建物だった。
「われわれのリーダー『酋長』がいる。失礼のないように」
扉の中には円形の広々とした空間が広がっていた。
外壁のメタリックさに反して中身は実に素朴で、床にはむき出しの地面の上に藁が敷いてあるだけ。家具は最低限、背の低いテーブルや棚があるのみ。ただし不気味な民芸品のようなものがやたらとたくさん飾られていた。
部屋の奥には間違いなくこの人は酋長であろうと思われるオーラをもった人物が胡坐をかいて鎮座していた。顔はヴェールで隠してしるが体型から女性であることはすぐにわかった。例によって全身真っ白な服を着ている。両サイドには同じく白い服を着たお付きの男たちが立っている。
ブイは酋長に一礼すると俺たちに彼女の正面に座るように促す。
非常に落ち着かないが藁の床に腰を下ろした。
なにをしゃべってよいかわからずに黙っていると向こうも口を開かない。
あんまりきまずいので「今日はいい天気ですね」などと当たり障りのないことをいうと酋長がクスっと笑ったのちヴェールを脱いだ。
――そしてその瞬間である。
「HYUUUUUUUUUUU! いろっぺえ! 熟成した赤ワインのような老練たる色気があるぜ! 一発お願いしてえええええ!」
スタンが立ち上がってそのようにおホザきになられた。さきほどの『失礼のないように』というブイのセリフをフリにしたボケだとしたら最高の出来栄えである。
確かに抜群にスタイルがよく、ぞくっとするような色気のある老女ではあったのだが。
「スタンくん熟成した赤ワインなんて飲んだことあるのー?」
さらにアレックスがボケをかぶせる。
「いや飲んだことないけど、爆乳のババアって全部の人間の種類の中で一番好きなんだよ」
「貴様ァ!」
ブイがスタンに掴みかかる。
もはや人生なんてどうでもいいからどっかに飛んでいってしまいたい、と頭を抱えていたらフォフォフォなどという笑い声が聞こえてきた。
「まあ落ち着けブイよ。ふふふ。嬉しいな。そんなにストレートに言うヤツは初めてじゃよ。でも我が部族では未亡人と姦淫する者は火のついたダイナマイトと同衾の刑じゃからな。それでも良ければお相手しよう」
「それでもいいよ!」
俺はスタンの首根っこを掴み額を床に押しつけながら『こいつは俺が責任をもって殺害しますのでお許しください』などと平謝りをした。
ブイの凄まじく巨大な溜息が聞こえる。
酋長はまたフォフォフォと笑った。
「いやいや。いいんじゃよ知らない仲でもないし」
「へっ?」
「アレックスちゃんとはこの間会った。二人の話も聞いておったよ。サルペンくんにスタンくんじゃろう? 会えてうれしい」
酋長とアレックスは目を合わせて微笑みあっている。ロボながら素晴らしいコミュニケーション能力だ。マンガに描かれている古語でいう『陰キャラ』に該当する俺も見習わなくてはならない。
「なんでみんなこんなにアレックスが好きなんです? なんか神とさえあがめられていたが」
「われわれが高度な機械文明があったチキュウから独立したのは知っているかな?」
「ああ」
「今ではすっかり風化してしまった――いやあえて機械文明を拒絶した部分もあるが――とにかく見ての通りの暮らしをしているが今でも機械信仰みたいなものは残っているんじゃ」
「なるほど。この家とかズィルウェポンを使うのもその名残ってわけかい?」
「その通り。ちなみにズィルウェポンをもともと開発したのもわしらの先祖じゃよ」
「へー!」
「他にもわれわれの先祖が開発して今でも残っている技術はいろいろあるぞ。――例えば」
たくみな話術と人を安心させる雰囲気。酋長のおかげでわれわれはいつのまにかすっかりリラックスして雑談をしていた。
三十分ばかり会話をしたのち――
「それで? ご用はなんだ?」
酋長がそんな風に切り出してきた。
「すまない、すっかり本題を忘れていた。とりあえず今どういう状況になっているのかが気になってな」
「状況とは?」
「移民たちとドンパチしていると聞いた。戦況はどうなってるんだ?」
酋長は小さくため息をつくとポリポリと頭を掻いた。若々しい仕草である。
「川が干上がっているのは見たかい?」
「ああもちろん」
「アレは奴らの差し金じゃ」
「やっぱりそうか」
「恐らく上流にダムでも建造したんじゃろ。ご苦労なことだ」
「コストパフォーマンスがいいとは思えない作戦だが結構まずい状態なんじゃないのか?」
移民たちの作戦は改めて説明するまでもないかもしれないが「逆水攻め」かつ「兵糧攻め」とも言うべきもので、生命の源となる水を絶つということを画策しているものであろう。
「ちょうど貯水が切れかけているところを狙われてな。飲み水だけじゃなくて農作物にも水をやらなければならない。このままでは一週間ももたない」
「雨は?」
「今はちょうど乾期のど真ん中! もっとも雨期にも大した期待はできないがな」
「なるほどつまり――」
黙って聞いていたスタンが口を挟む。
「もし水攻めに耐えかねて一気に出てきたらダムをブチ壊して水を流してしまおうというわけだ。どんなに馬を急がせても三十分はかかるからそうなったら全員オダブツ。それを恐れてちょっとづつ出てきたら各個撃破。もちろん出てこなければ乾き死にっていう寸法だね」
さっき世界一のバカのような発言をしていたと思ったら、このような分析が一瞬でできるところがスタンの底知れない部分である。
「向こうからしたら完全に干上がるのを待つ必要はない。弱ったところを叩くつもりだ」
とブイがつぶやく。
「そうなるな。ズィルウェポンは精神の力だから。追い詰められた状態では本領を発揮できない」
ブイの方を振り返ってそういったが、無言で目を逸らされてしまう。
「おそらくそれが本線じゃろう。頻繁にこちらの様子を見に来ているようじゃし」
酋長は目頭を押さえて首を振ったのち――
「なあ旅の方たちよ。手助けしてもらうわけにはいかないか?」
と俺の目を見た。
「いいよー☆」
そしてそれにアレックスが即答する。
「おまえが答えるな」
「えー?」
「HAHAHA! まあ当初の作戦とは真逆になっちゃうよね。だって移民側につくつもりでいたんだから」
「ス、スタン!」
「フォフォフォ。そんなことをあけっぴろげにいうでない」
「でもー。例の作戦はもう通用しないよー。だってこの状況じゃアレックスたちが協力しないかぎり移民側の圧勝で、ヨソモノが志願兵として参加して大活躍なんてありえないでしょ。酋長さんたちに協力してレイキャビク? って人を捕まえたほうがよくない?」
「……おまえも意外と冷静に戦局をみてるんだな」
そんなことをしゃべりつつ、もう俺の腹は決まっていた。
「わかった。協力するよ」
「――おお! ありがたい」
酋長は満面の笑顔で身を乗り出してくる。不覚にもかわいいと思ってしまった。
「ただし条件がひとつ」
「なんじゃ? なんでも言ってくれ」
「聞きたいことがある。この星でマンガを描くヤツがいると聞いた。知っていることがあったら教えてくれ」
ホラこれだ――と酒場の連中から押収した紙をホルスターから取り出した。
酋長はキョトンとした顔でブイや他の兵隊たちを見た。みな「さあ?」という表情。
ブイも無表情のまま首を横に振った。
「そうかわかったぞ。キミたちはダイヤモンド・カイの党員じゃな? ここにはマンガの取り締まりに来た。で、テキの大将のレイキャビクがその容疑者なんじゃな?」
「ええと。そんなようなもんだ」
まァそう思ってもらうのがよかろう。わざわざ自分たちが『犯罪者』であることを宣伝して不信感を与える必要もない。
「だがすまん。まったくわからんのじゃ」
「あーいいよいいよ。なにかわかったら教えてくれ」
「すまんなあ。他になにか欲しいものはないか?」
「酋長さんのカラダ!」
スタンの目に水平チョップを食らわせた。
「特にありません!」
「フォフォフォ。まあ考えといてくれ。とりあえず握手しよう」
俺は酋長と握手を交わした。少しすじばっているが暖かくて柔らかい手だった。
「で、どうするサルペンくん。とりあえずダムをぶっ壊すか? 志願兵としてもぐりこめばそう難しいことではないよね」
目を両手で抑えながらも冷静な意見を述べるスタンに送りたい言葉は「タフガイ」だ。
「それもいいけど、もっといい考えがある」
まさかここにテキはいないとは思うが俺は声を落として作戦を話した。
「なるほどなそれはよい手かもしれんな――」
「そんなにうまくいくかなー☆」
「でもやってみる価値はあるだろう?」
「僕は賛成だぜ。おもしろいからなHAHAHA!」
戦士たちも賛成の様子。ブイはなにも言わないし表情からも読み取ることはできない。
「とりあえず水はスネーク号――宇宙船にストックがあるからそれを渡そう。そんなに大量にはないがな」
「重ね重ねありがとう……!」
「いいよ。いいか外を歩くときはなるべく弱ってるフリをしてくれよ偵察をだますために」
「わかった」
「よし。そうと決まったら。さっそく明日、三人で志願兵に出願して潜り込もう」
俺がそういうと酋長はアゴを押さえて少し考えたのち立ち上がった。
「なあブイ」
と彼女の肩を叩く。
「彼らといっしょに行って協力してやってくれ」
「えっ!?」
俺たち三人だけでなくブイも顔に驚きを浮かべていた。
「彼女ならテキに顔も割れていないし、こう見えて優秀な戦士じゃ。役立ててやってくれ」
「い、いいのか?」
ブイは困惑――というよりはっきりとイヤそうな顔をしていた。
「頼むよブイ。われわれの運命を彼らだけに託すわけにはいかないだろう」
「ですが……」
「それにこの人たちとの縁を結んでくれたのはおまえだろう? おまえが行くのが一番いいんだよ」
ブイは仏頂面のままではあったがゆっくりと首を縦に振った。
酋長はその肩をポンポンと叩く。
「じゃあご三方。今夜はとりあえずここに泊まっていけ。開いている家があるから遠慮する必要はない。それで明日になったらブイといっしょにここを出るが良い。ブイもそれでいいな」
「……わかりました。私はこれで」
そういうとブイは踵を返して出口のほうに走っていってしまった。
「あっ! ちょっと待ってブイちゃん!」
その背中にアレックスが必死な声で話しかける。
ブイは驚きの浮かんだ顔で振り返った。
アレックスはなにを言うのかと思ったら――
「ねえ。あとでネイル直して欲しいなー。ホラみてちょっと欠けちゃったの」
このときのブイの目を真ん丸にした顔は今でも忘れられない。
「……夜、道具持ってあなたのところにいくよ」
ブイは扉を乱暴に開けて出て行ってしまった。
わーいなどと喜ぶアレックス。酋長も苦笑していた。
「あの娘は死んだ父親が移民でなあ。さんざん苦労かけられたから、ヨソモノに対する感情が微妙なんだよな。でもいい子じゃよ。面倒みてやってくれ」
どう答えていいかわからずに沈黙しているとスタンが代わりに答えてくれた。
「大丈夫。サルペンくんは童貞のわりに女の子の扱いはうまいんだ。特にああいう面倒くさい感じの女の子が大得意」
「それってどういう意味―?」
「くくく。そうかそうかじゃあ頼んだぞサルペンくん」
「ああ。なんとかするよ。でも保障はできねえからな」
「ちなみに僕は巨乳で包容力がある大人の女性が大得意」
「ふふふ。わるいがキミはタイプじゃないんだ。だってキミ女性経験は多いかもしれないがアレが大きくないだろう。私ぐらいになると服の上からでもわかる」
「ギャフン!」
「酋長さん面白いー☆ 好きー☆」
「……緊張感がねえなあしかし」
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