第8話 朝のネイルサロン
――翌朝。
カーテンの隙間から差し込んでくる強烈な光で目を覚ました。
天気がいいのはけっこうだが、昨日の深酒のせいかアタマが痛く起き上がるのが億劫だ。
しばらく固いベッドの上でウトウトしていると元気な声が聞こえてくる。
「おっはよー☆」
声の主は元気に朝のあいさつをしながら俺を隣のベッドにフン投げた。
柔らかい感触と共に「ぎゃん!」という叫び声が聞こえる。
「あれ? スタンか?」
「ててて……」
「ここに泊まってたんだ。てっきりあの女とどっか行ったのかと思ってた」
さすがの彼も寝起きのボディプレスには目を白黒させていたが、すぐに冷静さを取り戻したようだ。
「あの女なら今からレイキャビク様に抱かれに行くー! つって夢遊病みたいに外に出ていっちゃったよ。いまごろ道ばたでカラスにつつかれてなきゃいいけど」
……朝からなんだかかったるい話を聞かされてしまった。
「とりあえず朝飯でも買いに行くか。どっかに雑貨屋ぐらいあるだろう」
「あっじゃあアレックスが行ってこようか?」
「えっ? なんだよ。珍しいじゃん」
「うんたまにはね。ちょっとこのあたり散歩してみたいしー」
「そっか。二日酔いだからありがてえや」
そういって財布を投げ渡すと、アレックスは鼻歌まじりに部屋を出て行く。
俺も自分のベッドに戻り大きくノビをした。
「さーてもうひと寝入りするかなー」
「いっしょのベッドで寝る? ほら可愛がってあげるよ」
などとシャツのボタンを外して両手を広げた。妙に色気があるのがなんか腹立つ。
「HAHAHA! ジョークだよ! モーニングジョーク。ま、ベッドに連れ込んだ女がオカマで後に引けずにやっちまったことはあるけどね」
……これからはこいつと同じ部屋に泊まるのはよそう。
しばらくまどろみに身をゆだね再び目が覚めた。
時計の短針は十の数字を指し示していた。
「ん……アレックスは?」
「さあ」
スタンは隣のベッドで拳銃の手入れをしている。
「しょうがねえやつだなあ」
俺も薄い本を取り出して読み始めた。
「HAHAHA! 朝から薄い本とはご盛んだね」
「バカ野郎。純粋な気持ちで読んでるんだよ」
――一時間以上待ってようやくアレックス様がお戻りになられた。
「たっだいまー☆」
そういいながら財布を投げつけてくる。またエラくご機嫌であった。
「もう昼だぞ。どこで油売ってたんだ?」
「ごめーん、いろいろ歩きまわちゃった。楽しかったんだー☆」
「あのなー」
「HAHAHA! そいつは大変けっこうだ。なにが楽しかったんだいアレックスちゃん」
「ホラ見てよコレ。じゃじゃーん」
そう言って手の甲を俺とスタンのほうに向けた。
「ネイル?」
「そーそー!」
アレックスの両手の指はキラキラ輝くラメのようなものでカラフルに装飾されていた。
「へー! こんなところにもそんなのがあるんだー」
「うん。ちょっと遠いところだったけどね」
「アレックスちゃんはさすがおしゃれだねー」
「えへへー」
「ロボットにそんなものが必要がどうかはわからんがまァいいや。それで朝飯は?」
アレックスはなぜだか晴天の霹靂のようなお顔をなさっている。
「あさめしがどうかしたの?」
「いやどうかしたのじゃなくて。買ってきたのかって聞いてるんだ」
するとアレックスはほっぺたをぷくっと膨らませてそれを両側からひとさし指で押すという、最大限のブリっ子顔を作ってみせた。
「ごめーん☆ 忘れちゃったー☆」
これがギャグマンガであれば『ズコー!』『すぺぺぺぺ!』などと効果音を発しながら天井までぶっとんでいたであろう。
「……そんで朝飯買ってないわりにずいぶん金減ってるじゃねえか」
「ネイルが気に入ったのでたくさんチップはずんじゃったからね!」
「これからの飯代をどうするつもりなんだ?」
「ごめんなさーい音声が認識できませーん☆」
「…………おいおまえ」
俺はアレックスの左腕を乱暴に掴んで、グイっと引き寄せた。
「え――」
「HAHA……おいおい落ち着けよサルペンくん、アレックスちゃんは――」
引き寄せた左手を自分の顔に近づけてこう言ってやった。
「このネイルよく見たらクオリティ高いな! すごくかわいいよ」
「あ、わかるー?」
「髪色とも服の雰囲気ともマッチしているし、なによりもおまえのキャラに合ってる。やったヤツセンスあるな!」
「だよねー☆」
スタンはそれを聞いて大口を開けて笑った。
「HAHAHA! サルペンくんはアレックスちゃんに甘めえなあ! ウチのお祖母ちゃんが作るカップケーキよりも甘めえや!」
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