第7話 タバコの紙

 街はそう遠くないところにあった。

 オアシスの回りにポツンポツンと平屋の建物が建てられて、小さいながら商業施設などもあるようで一応街の体を成している。ずいぶんと牧歌的なものだが、いまだにこういう暮らしをしている人は第五銀河にもいないことはない。逆にちょっと憧れるようなものだ。

「さてどうやって情報収集したものか」

「情報収集といえば酒場じゃないのー? アレックスお酒飲みたいし」

「いやそれはそうなんだがどう聞きだしたものかと思ってさ」

「僕に任せろ!」

 スタンは両手の親指で己を指さした。

「このセイブゲキ世界観にはセイブゲキのセオリーで行くぞ」

「とは?」

「酒場に入ってみんなでミルクを頼むんだ」

「えー? アレックス、ミルク飲むとお腹くだすんだけどー」

「別に飲む必要はないよ」

 くだすわけねーだろ! という俺のツッコミよりもスタンのセリフのほうが早かった。

「いい? 酒場に入ってミルクを頼むと『だっさミルクなんて頼みやがって』『家でママのおっぱいでも飲んでな』って絡んでくるヤツが必ずいるから――」

「必ずねえ……」

「そうなったらとりあえず乱闘して、なんだかんだ仲良くなって情報を聞き出すんだ。完璧でしょ?」

「底に穴が二十個あいているバケツを『完璧』と呼ぶのならばそうだな」

「なんかわかんないけどスタンくんにまかせまーす」


 街の北のはずれのほうに『HOTEL&BAR』という意味の看板を掲げた建物を発見した。

「いい? 無駄に肩をイカらせてオラつきながら入店して、バーボンなんか頼みそうな雰囲気を出しつつミルクを頼むんだぞ」

「おっけー☆」

「もうスタンのやりたいようにやってくれー」

 根が陰キャラの俺は酒場というだけでちょっといやなのに無理にイキり立ちながら入店する。ヨソモノであるがゆえ当然のごとく好奇と警戒の視線が集中する。俺たちはまっすぐカウンター席に座った。

「店主。ミルクを頼むよ」

 そしてスタンが口火を切る。

「お、俺もミルク」

「アレックスもー☆」

 しばしの沈黙。そして。

「おい聞いたか!?」

「ミルクだってよ!」

「いい大人が三人そろって!」

「家に帰ってママのおっぱいでも吸ってな」

 オイオイ……どうしてこうなる?

 とりあえず予定通りの展開ということにはなった。

 ――だが。スタンがニヤつきながら後ろを振り返った瞬間。

「ミルクをバカにすんな!」

 酒場の隅っこの方に座っていた恰幅のよい男が立ち上がった。

「おいしいミルクを作るためにオラたち牛飼いがどれだけ苦労してると思ってるだ!」

 すると他の客たちも次々と立ち上がる。

「うるせえよ! おまえのところの牛乳なんか臭せえんだよ!」

「てめえの牛乳飲んで腹こわしたぞタコ!」

「なんだとー! オラとやるってのかこの野郎! 表に出やがれ!」

「表に出るまでもねえ! ここでやってやらあ!」

 そうしてケンカがおっぱじまってしまった。

 ひっくり返るテーブル。割れるグラスやボトル、床に転がるおっさん、バキュンバキュンという銃声。明らかにさっきの言い争いとは無関係なところでもおっぱじまっている。

「おいどうするんだよスタン」

「とりあえず僕たちも参加しよう」

「アレックスも暴れていーい?」

「やれ!」

 スタンがラフター・ブルロープを抜く。俺も半ばヤケクソでハッピートリガーを抜いた。


「資産家の男が三人の女性に同時に求婚されました。彼は三人を試すため、一万ドルを渡しそれをどう使うかを見て見ることにしました。

 一人目の女性はその一万ドルで自分を精一杯着飾って見せました。

 二人目の女性はその一万ドルで男のために見事なスーツをしたてて見せました。

 三人目の女性はその一万ドルを株式投資などを駆使して二倍に増やして見せました。

『……よし決めた!』

 男は結局三人の女性の内、おっぱいが一番大きい女性と結婚しましたとさ!

 HAHAHA!」


「これは実在の人物を題材に下した薄い本、いわゆる『ナマモノ』と言われるものだな。おお。またこのオダノブナガという女の子のものか。これまでに五十回以上は見たことがあるぞ。よほど魅力的な女性だったのだろうな」


「マスターさん、この机投げていい? あっホントに? じゃあ投げまーす。えいやあ☆」


 ――乱闘は終わった。

 奇跡的に死人は出ずにみんな血を流しながらも楽しくお酒を飲んでいる。

「いやあ助かったよー」

 俺たちもカウンターの真ん中でグラスを傾けていた。

「キミたちが止めてくれなかったら、店がさらに風通しがよくなるところだった」

 人の好さそうなぽっちゃり系のマスターが俺たちにぐいぐい酒を注いでくれる。

「そうよ。あなたたちステキだったわよ」

 俺の隣にはこれでもかというぐらいに扇情的な赤いドレスを着た女が座って、さっきから俺たちを褒め称えてくれている。

 スタンは『どうだうまくいっただろう』とでも言いたげにこちらに目配せをしてくるが、やはり偶然うまくいっただけという感は否めない。

「で、キミたちはなにしにこの星に?」

「……そうだ本題を忘れるところだった。ちょっと探し物があってな」

「こんななんにもないところにかい?」

「ああ。この星にマンガ――あんまり言いたくないが有害汚物書物ともいうものを描くヤツがいるって聞いたんだが知らねえか?」

 マスターは腕を組み首を傾げる。隣にすわるエロい女も知らないようだ。

 回りの客たちも話を聞いていたようだがみな首を横に振る。

「そっか。じゃあ他を当たって――」

「ん? あっ! もしかしてこれのことじゃないかい?」

 男が一枚の紙片を俺に手渡す。

「――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!」

 俺は驚愕に口をカバのようにおっぴろげてそのまま固まった。

「おお。これはペラ紙一枚だけど確かにマンガだね」

 スタンが俺の代わりに答えた。

「ステキな絵~。色がすごくキレイ」

「おじさんこれをどこで?」

「なんかよお。最近、どっからくるのか知らんが街ン中にこれが大量に飛んでるんだよ。ゴミになって迷惑ったらないぜ」

「なんでそれを今持ってるの?」

「タバコ屋のけちんぼうオヤジが拾い集めて手巻きタバコの紙にしてるんだよ」

「あーなるほど。頭いいね」

「いちいちタバコサイズに切らないといけないから面倒くさいったらないぜ」

 そういって男が紙をちぎろうとした瞬間。

「な、なんてことしやがるんだあああ!」

 その男の顔面を覆い切り殴りつけるものがあった。

 なにを隠そう俺だ。

「おまえにはこの素晴らしさがわからんのかッッ!」

 机を左手の拳で思い切りぶっ叩き、さらにマッドドリルを起動して穴を開けてやった。

「珍しい~ご主人様がキレてる~面白い~」

 そして男が持っていた紙を奪い取り叫んだ。

「この絵がどんな絵か客観的に説明しろと言われれば、女の子ふたりが並んで海岸線を歩いている。ただそれだけだ。だが! 絵の構図、背景、二人の表情、なんともいえない距離間からは無限のストーリーを思い描くことができるッ! こっちの娘はなにを考えながらこの道を歩いているのか! こっちの娘はもう一人の娘の背中を見つめているようだが、一体どんな感情が胸に去来しているのか! 二人の過去にはどんなことがあったのか! さらに二人はこれからどんな関係を築いていくのか! そんな想像が洪水のように溢れて止まらなくなる! 多少つたない点もなるかもしれないがそんなことは問題にならない! これは真に才能がある人間にしか書くことのできない絵だ!」

 俺は一度も息継ぎをせず言い切った。素晴らしい作品について語るときオタクは一切呼吸をする必要はなくなる。

「オラ! てめえら持ってるタバコ紙を全部出しやがれ! 隠すヤツは脳みそブチまけるぞ!」

 皆あわてて持っていたタバコ紙を俺に献上する。

「おおおお……! これはどれもこれも素晴らしい……! うおおおおおおおおおおおお!」

 アレックスとスタンは笑っていた。他の客たちはみんな引いていた。

「とにかく! おいオヤジ! これを書いたヤツを教えやがれ! ケツの穴をエレファントサイズにされたくなけりゃあな!」

 最初にマンガを取り出したおっさんのケツの穴にマッドドリルを突きつけた。

「し、知らねえよ書いたヤツなんか! 言っただろう! どこから来るのかは知らねえって」

「……ああそっか」

「ねえ親父さん」スタンが口を挟んでくる。「書いたやつはなんでも恐ろしい爪で切りかかってくるヤツだって聞いてるんだけど知らない?」

 親父は首を傾げる。だが。

「――レイキャビク! それはレイキャビク様よ!」

 隣に座っていた女が乳をぷるんと揺らしながら立ち上がった。

「誰だいそいつは?」

「レイキャビク様を知らないの!? 我らが王立騎兵隊の隊長で最強戦士! しかも超絶的美形顔面の持ち主なのよ! キャアアアアアア! 抱いてええええ!」

 さっきまでの落ち着いた妖艶な様子とはうってかわってこのありさまである。

「今度はこの人―? 順ぐりに誰かしら興奮するのやめてよねー」

「ます落ち着いてくれよ。なんでそいつがコレを書いたってことになるんだ?」

「だって爪で襲い掛かるっていったらレイキャビク様じゃないの! 彼の恐ろしい爪攻撃の前には誰も凍り付くしかないということから『氷の皇帝』と呼ばれているのよ!」

「は、はあ……」

「うん。俺もその可能性はあると思うな」

 などとマスターも口を挟む。

「彼は芸術方面でもすごい才能があるなんて噂を聞いたことがあるし、この絵に使われてる絵具みたいな贅沢品を買えるのはこの星にゃああんまりいないぜ。ここじゃ作っちゃいないから手に入るとすれば『輸入』になるし」

「なるほどねェ」なととスタンが俺の肩に手を乗せた。「サルペン兄貴はどう思う?」

「とりあえずそいつに会いに行ってみるか。どこで会えるんだ?」

「なに言ってるの!」

 女が机を思い切り叩く。

「王立騎兵隊の隊長っていったら王族の次くらいに地位が高いのよ! そう簡単に会えるわけないじゃない!」

「そうなのか?」

「もしそんな簡単に会えたら私だって……OHYEAH! 抱いて! お願い! 私のレイキャビク様ァ!」

「HAHAHA! 発情してやんのー! どうだい? そんな高嶺の花よりもここに簡単やれるヤリチンショタ男がいるよ!」

「ヤリチンショタ男くん、キミは男に対しても受け入れ態勢があるのかね?」

「ぐううう。はー。お酒飲んだからアレックス眠くなってきちゃったー」

「へええ。ロボットって聞いたけど最近のロボットって酒に酔うのかあ」

「天使みてえな寝顔だ! ウチの娘も生きていれば今頃このくらいの……」

「ってゆうかおまえのところの牛乳はやっぱりまじいよ!」

「なああにいい!?」

 場は急激に渾沌の様相を呈して本筋を見失った。

 なんだか長旅の疲れがどっとカラダにくる。

「もー今日は寝ようかな。マスター部屋空いてる?」

 俺は『タバコの紙』を手に持って立ち上がった。

 改めてそこに描かれた絵に目を落とす。

(なんだかあの人を思い出す絵だ。やはり必ず見つけ出さなくてはならない)

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