第6話 砂漠のセセッション

『セセッション・アステロイド』とは惑星から都市・土地ごと分離・独立した小惑星を示す。単に『セセッション』と言った場合もこのセセッション・アステロイドのことを示す場合が多い。

 われらがスネーク号の今回の目的地である『アキハバラ・セセッション』もそのセセッション・アステロイドのひとつである。

「うわあ。なんだか寂しい感じのところだねー『第三銀河』って」

 アレックスが望遠レンズをのぞき込みながらそんなことをつぶやく。その意見は大変ごもっとも。かつて栄華を誇った第三銀河も現在ではもともと存在した惑星はすべて滅び、わずかにセセッション・アステロイドが残るのみなのだから。

「アレックスちゃんほらアレ見てみなよ」

 スタンが自分が使っていた望遠レンズを指さす。

「うわ。すごい色」

「アレがチキュウだって」

「ちょっと俺にも見せてくれ」

 望遠レンズのむこうには灰色と紫色がドリッピングしたように混じり合った色の惑星が映っている。

「千年前に核戦争とウイルスの蔓延で滅びちまったんだってな」

「われわれの愛するオタク文化を生み出した星だが、奇しくもオタク文化の廃絶が始まったころにゃあ滅びちまったってわけだ。チキュウが滅びさえしなければ今のような未来もなかったかもしれないな」

 ――少々の沈黙ののち、登録された目的地が近づいたことを通知するブザーが鳴った。

「さてもうすぐアキハバラ・セセッションにつくぜ。着陸するとき衝撃があるかもしれないから注意してくれ」

「うん。ところで――その格好はなんだい?」

 スタンが俺の全身黒づくめの服装を指さす。

 黒のバンダナに黒の格子模様のシャツ、タコ墨のような色のロングパンツ。ゴキブリのように光沢ある黒シューズもポイントである。

「これは正装だよ」

「正装?」

「ああ。かつてのチキュウのオタクたちはみな、このような黒装束に身を包んでいたらしい。それに対するリスペクトさ」

「へえ。ダサいけどそれをオシャレだと言い切っていけばいつかは認められるから頑張って」

「服装ゴミダサでも好きだよー☆」

「……遠慮なく意見を言ってくれる友達っていいなあ」


 アキハバラ・セセッションに到着した瞬間、アレックスは「わーい」などと言いながら外に駆けだしていった。

「――うえっ!」

 そしてなぜかすぐに戻ってきた。

「どうした?」

「外めっちゃくちゃ熱い! それにすっごいカラカラする!」

 俺とスタンも続いて外に出た。

「なるほど。こりゃあカラカラするね! HAHAHA!」

 そこには見渡す限り砂、砂、砂。遠方にはてっぺんが平らな巨大な岩山がそそり立ち、どっからそんな栄養を取ってるんだと言いたくなるような巨大なサボテンがあちこちに佇立していた。空を見上げれば空気がゆがむくらいギラギラ光るでっかい太陽。

「砂漠じゃん。普通セセッションっていったら高度な文明があって、スマートな街と美しい自然が両立されてるイメージだよねえ」

 スタンのこのイメージは正しい。

 俺は着陸地点の選定の時点ですでにこの惑星のほとんどが砂漠であることは知っていたが。

「まァ僕はきらいじゃないけどねこういうの。昔のチキュウのセイブゲキみたいで」

「スタンのその格好はセイブゲキの影響なんだっけか?」

「うん。西部劇は大抵パツキン爆乳のエロい女が出てくるから好きだよ」

「アレックスは嫌いー。ロボに熱は大敵―」

「あえて文明を否定しているのか、それとも退化しているのかはわからねえが。ともかく人がいるほうに行ってみよう。そう遠くないところに街があるはずだ」

 そういうと俺はスネーク号に備え付けのミニバイクを取り出した。

「スネーク号で飛んでいけばいいんじゃないのー?」

「大気圏を飛ぶにゃ向いてないんだ。それに街のあんまり近くにこんな目立つものおいとくわけにもいかないだろう」

 ここに宇宙船を置いていくことを心配する人がいるかもしれないが、自動防衛システムというものがあるので安心して欲しい。もしそれを突破できるような輩がいたとしたら逆に俺たちが見張っていたとしても無駄であろう。ただし自動防衛システムは機体を損傷、または盗難しようとした場合のみ働くので『俺様参上!』などと落書きをされることを防ぐことはできないが。

「バイク二台しかないからアレックスは俺の後ろに」

「はーい。むぎゅっと」

「おーおーそんなにくっついちゃって。見せつけてくれるぜ! HAHAHA!」

 ハンドルを握りエンジンをかけた――が。

「うわっ――!」

 砂にタイヤを取られて一メートルも進まないウチに転倒してしまった。

「ぺっぺっ! あー髪が砂だらけー」

「こりゃダメだな。仕方がない歩いていこう」

「えームリムリー。おんぶしてー」

「バカこくな。おまえ体重一〇〇キロ以上あるんだぞ」

「見た目は華奢だもんー」

「僕は体重四九キロしかないからおんぶするなら僕だろう」

「えー! スタンくんそれしか体重ないの!? 羨ましい! どんなダイエットしてるの? 参考にしたいなー」

「暑いからいちいちツッこむのがめんどくせえ……」


「おかしいな。この辺りに街があるはずなんだが」

 三〇分ばかり歩いてようやく目的地に到着したのだがそこに街はなかった。

「宇宙航空写真が古かったんじゃないの?」

「そうかもしれん」

 散々歩いたせいでもう足がガクガクだ。

「えー? アレックスお腹空いたーシャワー浴びたいー」

 背中にクソ重いのを背負っているから余計に。

「もしかしてこの星自体にもう人いないんじゃないの?」

「それも否定はできん。とりあえずちょっと休もう。足が限界だ」

「お疲れー☆ 足もんであげよっか?」

「アレックスは優しいなあ。憎たらしいくらいに」

 水を飲んでしばらく休憩していると、太陽が出ている方角からうっすらと足音のようなものが聞こえてきた。

「アレックス。見える?」

「お馬さんに乗ったおじさんが三人~」

「よかった。人はいたんだ」

「でもヤバそうな方々だよー。モヒカンヘアーだし」

 ほどなくして彼らはそのお姿をあらわにした。

「きやいいいいやああああああ! なんだ貴様ら! 見えねえ顔だな!? ヨソモノか!?」

「ヨソモノは殺せええええええええええええ!」

「女は犯せえええええええええええ!」

 とても敵意とテンションが高い。

「なんか疲れたな。スタン、この三人は任せてもいいか?」

「HAHAHA! 了解だよ!」

「あ、やったースタンくんの闘いが久々にみられるー☆」

 スタンは左手に着けた黒い手袋を取り外す。そこには『手』はなかった。あったのはグルグルと巻かれた荒縄。言うまでもないと思われるがこれは彼のズィルウエポンだ。ズィルウエポンとは『感情』によってコントロールするものであるが、彼が使用する『感情』は――


「ジョージは医大時代の友人のマイクと久しぶりに会いました。

 彼はひどく落ち込んだ様子です。

『HEY! どうしたんだいマイク? キミらしくもない』

『ジョージ。実は先日、自分の患者と関係を持ってしまったんだ』

 ジョージはそれを笑い飛ばします。

『HAHAHA! マイク! そんなことよくあることさ! むしろ羨ましいくらいだよ!』

 するとマイクは言いました。

『ジョージ。忘れたのかい? 僕は獣医だよ』

 なんてな! HAHAHA!」


 彼が使用する感情は『笑い』。ズィルウエポンの名前は『ラフター・ブルロープ』。俺が薄いを本を読んでテンションを上げて弾丸を放つように、彼はその少々毒のあるジョークによってテンションを上げてブルロープを操る。

「――なんだこりゃ!」

「ヘビさん!? ヘビさんなの!?

「ヘビさんこわい!」

 ブルロープは意志を持つ大蛇のごとく渦を巻いて三人に迫り、一瞬にして三人の体を拘束した。

「お見事」

「かっこいいー」

 ちなみにマックスの射程距離は十キロを超えるらしいから、この程度は朝飯前といったところであろう。

「きいいいいやあああああああああ! ヘビさんに巻かれちゃったああああ!」

「怖いよおおおおおおおお!」

 なんとやかましい方々であろうか。このクソ熱い星でなくどこか寒い星に移住して欲しい。

「なあお三方。ヘビの拘束を解いてやってもいい」

 俺がそういうと神さまでも見るようなキラキラした目をむけてくる。

「そのかわりこの辺りの、町があるところを教えて欲しい」

 そういうと三人は指で方角を示してくれた。

「ありがとう。ヘビは一定以上距離が開けば勝手にとけるから安心してくれよ」

「じゃあ行こうか」

「あっそうだ」アレックスがポンと手を打つ。「このお馬さんたち借りて行こうよー。砂の上もちゃんと走れるみたいだしー」

「アレックスちゃんそりゃ名案だ」

「でしょー☆ 名前はなんにしようかなー。ゲスボルトにメガデスそれにバンバンビガロなんてどうかな?」

「独特のセンス!」

 すると拘束していた男の一人が叫んだ。

「おいふざけるなよ!」

 ものすごい形相でこちらをにらみつける。

 俺は右手の銃を抜く準備をした。――が。

「勝手に名前変えるな! そっちの黒毛がラビィ、茶色いのがミミファー、白いのがチロルだ!」

「大変カワイイ名前だな」

「そっか。アレックスはチロルにしよーっと」

「僕はミミファーだ」

 俺もチロルが良かったのだが大人気ないと思ったので言わなかった。

 仕方がないのでラビィに乗り込んで再び目的地を目指す。

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