第5話 メンテナンス
毎週日曜日の夜にアレックスのメンテナンスを行っていた。普通はこの手のロボットのメンテナンスの頻度は一か月に一度程度だが、なにせ年代ものだ。長く使っていくにはそれくらい手入れが必要であると俺は考えている。
「こうして黙っていればかわいいのにな」
この日もメンテナンスを完了し電源を再起動する。アレックスはゆっくりと目を開き、上体を起こした。そして俺の顔を見て少し唇を尖らせる。
「最後の聞こえてたよー? しつれいな」
「ウソぉー。電源入っていなかったのにか?」
服を着せてやる。いつものメイド服だ。別にパジャマでもなんでもいいのだが、この拾ったときに着ていた服以外は着たがらない。
「ほら。じゃあ仕上げに髪の毛をとかしてやるよ」
そう言って右手にクシの柄の部分をくくりつけた。
「別に絡んでないけどねー。やりたいならやらせてあげる」
「そいつはありがてえや。じゃあそこの椅子に座って下さいお姫様」
「はーい。ご機嫌よさそうだね。なにかいいことでもあった?」
アレックスはメンテナンス台から椅子に座り直すと、そちらこそ大変ご機嫌がよさそうな笑顔で俺のほうを振り返った。
「そりゃあラスト・カミエシとやら会うのが楽しみだからさ」
「ふーん。でもさーそんなに珍しいの?」
「ん? そりゃ珍しいさ」
彼女のふわふわした髪の毛にクシを通し始める。たしかに別にブラッシングなど不要かもしれないがやらないとなんとなく落ち着かないのだ。
「でもご主人様が集めてる『マンガ』っていうエッチな本っていっぱいあるじゃん。描ける人いっぱいいるんじゃないの?」
「おまえはホントになんにもわからずに俺といっしょにいるんだな」
「だってー。お留守番ばっかりであんまりお仕事に連れてってくれないじゃん」
「まあ今回はお前の助けも必要になりそうだから説明してやるか。何回か説明したような気がするけどな」
「わすれちゃったからもう一回―」
「いいか? いまからちょうど千年ほど前、新暦三七二年にな――」
「あっ手ェ止めないでよ。髪やりながらしゃべってー」
「わりいわりい。えーと、千年前に全銀河的に性的描写のあるマンガが禁止されたのは知っているだろう?」
「エッチなマンガがダメってなったってことだよね」
「ああ。エッチなマンガのことを『有害汚物書物』なんて呼んでな。で、それを推進していやがったのが今日酒場で話していたダイヤモンド・カイだ。ほとんどが女性の政治団体だな。現在の党首はライトネス・ダイヤモンドとかいうイケメンの男だが」
「おおーなるほどー。わかってきたぞー」
などとパチンと手を叩く。あまりの子供っぽさについ口元が緩んでしまう。
「そんでその性描写ってのがどんどん拡大解釈されてしまうんだ。例えばキスシーンもダメ、手え繋いで歩くのもダメ、ちょっとでもエッチな格好をしていたらダメといった具合に」
「アレックスのこの格好もダメ?」
「スカートが短いからアウトだろうな」
「えー? この丈めっちゃおしゃれかわいいのに」
そういってスカートを不満そうにパタパタさせる。確かにこのメイド服の可愛らしさ、アレックスへの似合いっぷりについては俺も製作者を高く評価している。
「挙句の果てにゃ女の子が半袖のTシャツを着ていてもダメ、厚着しててもちょっとでも体のラインが出てきたらダメ。男の場合も同じような有様なんで百年も経ったころには事実上すべてのマンガが違法になっちまった」
「あらまあ」
「その後も『闇マンガ家』つって違法だろうが関係ねえっつって描き続けた人たちもいたが、それも百年も前にはすっかりいなくなっちまった。『ライオネックエレン』ってゆうのが俺の知る限りは最後のマンガ家だ」
「なるほどー。じゃあもしそのラスト・カミエシって人が本当にいたとしたらその人が現代では唯一のマンガ家になるってこと?」
「ああ」
「ふーん。でもさあ」
アレックスは小首をかしげながらちょっと真面目な顔を作った。こういうときのアレックスはけっこう鋭いことを言う場合が多い。
「お主人様とかスタンくんとか今でもマンガ好きな人ってけっこういるじゃん。そういう人たちの中から出てこないものなの? 描ける人」
やはり今回もなかなか鋭い質問であった。
「けっこういるっていっても大した人数じゃない。金を稼ぐためじゃなくて本当に好きなのってせいぜい数十人じゃないかな?」
「あーそうかもね」
「で。マンガを描けるヤツってのはな、せいぜい千人にひとりぐらいだと言われているんだ。うまい下手は別にしてとりあえず描きあげられるヤツがだぜ? だから俺たちの中から描けるやつなんてまず生まれてこないのさ。実際、俺もスタンもからっきしだしな」
「ああー。二人の絵はヒドイもんだよねー」
ムカついたのでアレックスの頭を軽く小突いた。
「だからもしラスト・カミエシが実在するとしたら何十年、何百年に一人の逸材になるだろう。もし一応書き上げられるだけでなく一流の才能を持つとすれば、もしかしたらそんなヤツは二度と産まれてこないかもしれない。まさにラスト・カミエシだ」
「そっかーじゃあ守ってあげないとねー。そのダイナマイト・カイってゆう人に捕まっちゃう前に」
「ダイヤモンドな」
「いい人だといいなー」
「えっ?」
「だって長い付き合いになりそうじゃない。そのカミエシさんとは」
「のんきなこといってらあ」
だがそんなのんきなアレックスを頼もしくも感じていた。ダイヤモンド・カイとの闘いは生死をかけたものになると予感していたからだ。
「ほら。髪の毛とかし終わったぜ。どうだ?」
「うん。別に変ってないけどまあいいや。楽しかった?」
「まあな」
「じゃあまたやらせてあげるね☆」
「そりゃありがてえ。今日はもう寝ようぜ」
「はーい」
「まァ、おまえは別に寝る必要なんてないはずなんだけどな」
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