第35話 イジメって、こんなに辛いんだね

 午後の授業を抜け出した僕は、その足で生徒指導室へと向かった。


 あの時の月葉の様子はおかしかった、僕と登古島とのキスを目撃した事もショックだったとは思うけど、多分それだけじゃない。登古島に対して「死んじゃえばいい」なんていうレベルは、僕が過去にいじめられたとか、そんなものじゃない程の憎悪だった。


 真っ黒に染まった彼女に気付いておきながら、何で僕はもっと早く動かなった。

 それともう一つ、登古島ルエム、あの女も感情の色が見えるのは間違いない。


 それはつまり、過去に何らかの傷を負ったって事だ。

 小学生の時、あの女は僕の事を見て「真っ赤に染まって」と言っていた。

 

 アイツは小学生の頃からずっと見えていたという可能性が高い。僕と登古島は小学生の時が初対面のはずだ……なのに、当時から彼女は傷ついていたという事になる。その憎悪の対象が僕である理由は一体なんだ? 過去の僕に何の落ち度があったっていうんだ。


 ……いや、登古島に関しては後だ、今は月葉を護らないと。


「失礼します」


 生徒指導室の扉を開けると、中には月葉と先生方数人がソファーに座っていて。

 彼女は僕を見るなり俯き下唇を噛み……そして、涙を流す。


「なんだ君は、まだ授業中なんじゃないのか」


「すいません、月葉は僕の彼女なんです。それに、その場にいた当事者の一人です。話をさせて下さい、二人きりとは言いません。先生方も交えてでもかまいません……どうか、彼女と話をさせて下さい! 宜しくお願いします!」


 月葉の泣き声が耳に入る、今すぐにでも抱きしめたい衝動をこらえながら頭を下げ、先生達に何度も何度もお願いをした。許しが出ないままに追い返されそうにもなったけど、それでも諦めずに、岩の様に土下座をする。


「もう授業も始まってますし、当事者と言えば当事者ですからね。良いでしょう、座りなさい」


「ありがとうございます!」


 校長先生が僕の説得に折れたのは、入室してから十分ほど経過した辺りの事だった。

 

「月葉」


「奏夢……ごめん、ごめんなさい」


「いいよ、僕の方こそごめん」


 泣きはらした月葉の事を宥めると、僕と彼女は席について先生達の質問の一つ一つに応えていく。そこで明らかになった月葉へのイジメの実態。机に掘られた『寝取り女、死ね』という文字や、割られたスマートフォンにゴミ箱に入れられていた財布。


 事実の一つ一つを月葉の口から訊く度に、僕は血管がはち切れそうな程の怒りに襲われる。

 誰よりも僕を想っていてくれた人が、イジメられ苦しんでいた。

 

 僕へのキスは、その総仕上げとでも言った所だったのだろう。

 立花月葉という人間の心をズタズタに引き裂いて、暴力という犯罪行為へと及ばせる。


 心が殺される苦しみは、何よりも辛い。

 自分の愛する人がそんな苦しみの渦中にいたのに、僕は。 


 怒り冷めやらぬ中、校長先生はこの場を閉めるべくこう言った。


「とりあえず、どちらか一方の話だけで終わらす訳にはいきません。登古島さんからも事情聴取を行い、イジメの実態や怨恨の可能性、全てを伺ってから対応策を講じます。授業を受ける精神状態ではないでしょうから、今日の所は親御さんと一緒に帰宅して、心を休めてください」


「……はい」


「瀬鱈君は」


「僕も、彼女に付き添います」


「……立花さんも、その方が嬉しい?」


 こくり頷く月葉は、僕の腕を掴んでその顔を沈める様にくっつく。


 この話し合いの場において、あのキスに関する誤解は解けたのだと信じたい。

 登古島とのキスも先生達に話をし、足の傷もこの場で全員に見せた。


 だからと言って登古島とのキスをした事実が無くなった訳ではないが、それでも月葉の心のとっかかりが少しでも無くなってくれれば、それが一番良いのだけれど。


 あのキスは、無理やりされたもの。

 本当なら、登古島なんかに近付きたくも無かった。




「すいません、同乗させて頂いて」


「いいわよ、話は聞いてるから。娘も奏夢君が一緒に居た方が落ち着くみたいだし」


 車で迎えに来た月葉のお母さんにお願いして、僕は彼女と一緒に車に乗る事に。

 教室に残してきた月葉のリュックや体操着類は先生が持ってきてくれたけど。


 中を開けるのが怖いのか、月葉はそのままジッパーを開けずにリュックを足元に置いた。

 一体どれだけの事を月葉はされてきたのだろう、何で僕はそれに気付かなかった。


 悔しくて、自分が許せなくて。

 もう二度と離したくない気持ちで、月葉の手を強く握り締める。


 すると、彼女はそれに応える様に握り返してきた。


「月葉……」


「……ごめん、もっと早く相談すれば良かった。イジメって、こんなに辛いんだね……知らなかった。奏夢は強いね、二年間もこんなのに耐えてきたんでしょ……?」


「強くなんかない、殻に閉じこもってただけだから。それよりも、本当に済まない。きっと今回の件は全部僕がいけないんだ」


「奏夢は何も悪くなんてないよ、悪いのは全部登古島でしょ。ほとんど会話もしてないし、登古島が私の噂を流したかどうかも分からないんだけど……。でも、一度だけ私に会いに陸上部まで来たんだ」


「登古島が、月葉に?」


「うん、結局私の顔を見てそのまま別れたから、何がしたかったのか分からなかったんだけどね。でも、皆が私から距離を取り始めたのは、大体そのぐらいからだから……」


 登古島は、顔を見ただけで月葉の自分に対する感情を知ったのだろう。

 初対面で黒く濁った感情を見せてきた場合、それだけで敵意って分かる。


「なんだか話が長くなりそうね。お家到着するから、奏夢君もあがっていきなさいな」


「え、いいんですか。ありがとうございます」


「いいわよ、瀬鱈君、悪い子には見えないし……娘を宜しくお願いね」


――

次話「彼女の部屋で、ひと時の安心」

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