第34話 あーしは、二人の味方だよ
姫野宮夏恵
――
場所を変える、とは言ったものの。わざわざ電車に乗ってどこか違う駅に向かうのも気が引けるし、この女と一緒に行動なんかしたくない。私は食堂の談話室が放課後は空いている事を思い出し、登古島と二人食堂へと足を運ぶ。
「なぁに? 姫っちお腹でも空いちゃったの?」
「ふざけないで。貴女、月葉に一体何をしたの」
席に着くなりふざけた彼女を、私はしたためる様に強めに言った。
「何って、別に何も? あーしがしたのは昔の恋仲だった男にすり寄っただけだよ」
「昔の男って、奏夢君のことを言っているの?」
「そう、姫っちのスマホの待ち受けに映ってるお・と・こ」
「……そんなはずがないじゃない、だって奏夢君は」
「あれれ? もう聞いてた? そ、あーしは小学生の時に奏夢を落とそうと思ってたんだけどね。失敗しちゃってさぁ、まさかあーしの追っかけが撮影してるとは思わなくってね。でもでも、姫っちなら分かるでしょ? 吊し上げとか耐えられないじゃん? だから、あーしは彼氏である奏夢に全部を身代わりして貰ったの。そのお礼をしただけだよん」
辻褄は、合う。一ヶ月前に奏夢君から聞いた内容と、いま登古島さんが語る内容は合致している。辱められるのが嫌で逃げちゃう気持ちも理解できる、自分に惚れた男の子が守ってくれるのなら、それを選択してしまう気持ちも。
「けど、それ、違うよね。貴女、別れ際に奏夢君に対してクズとか変態って言ったんでしょ?」
「そんなこと言ったか覚えてないなぁ~」
「とぼけないで、そもそもの目的は何なの? 月葉がイジメられているのを私は気付けなかった。一番身近にいたはずの私が、いつの間にか一番遠ざけられてた。これは意図的なものなんでしょ? 奏夢君と貴女に一体なんの関係があるっていうの? 貴女のしたい事が、私には何にも見えてこないんだけど!」
努めて冷静に、第三者として傍観するのが私のはずなのに。
そんなの、出来る訳ないじゃない。
親友が傷ついていた事実に気付くことができなくて、あんなに弱い子だった月葉の異変に私が気付けなくて。そんなバカな私に出来る事と言ったら、張本人である登古島を問い詰めて白状させる事ぐらいしかない。
「あーしのしたいこと? ふへへ、じゃあ姫っちがあーしの親友になってくれるんなら教えてあげてもいけど?」
「……なる訳ないでしょ」
「え~、あんなに楽しく遊んでたのに? いいの? それで」
「何が言いたいのよ」
「ん~、別に? せっかく仲良くなれるかと思ってたのになぁ。残念残念。でも、アイツの友達なんだからしょうがないのかもね。所詮は……なんていうんだっけ? 同じ穴の……たぬき?」
「同じ穴の
この女は策士だ、図書室にある本で読んだ事がある。戦争とは、戦いとは、戦う前に決着がついているものなんだって書いてあった。私はこの女の本当の過去を知っている、それは彼女にとって最大の弱点だと思っていたのに。
この女に会った時の言葉を思い出す。
話し掛けて来たのは、この女からだった。
この女は私と月葉が親友だった事を知っている。
そして、月葉が怒った事も、それを聞いて私が憤慨している事も。
それなのに私をわざわざ探して声を掛けてきたんだ。
勝算は、既にあったという事。
「これ、なーんだ」
登古島が出してきたスマートフォンに映る画面。
私はそれを、凝視する。
「知らなかったでしょ~? 知らないよねぇ~? アンタの彼氏が昔は何をしてたか何てさぁ」
どこかのカラオケの一室、そこに映る隆は、私の知らない女とキスをしていた。
薄暗い、けど、間違いない。画質の粗さからズームした画像の
「御堂中澄芽って先輩らしいよぉ? 仲良さそうだよねぇ? あはは、アンタ、浮気されてやんの。耐えられる? 今もこの女と愛する隆君はチュッチュしてるかもよ?」
「……どうせ、合成でしょ」
「合成? そんなめんどくさいの私がする訳ないっしょ。先輩からの伝手でね、ちょっと拝借しただけ。私って嘘が嫌いなの、だから……さっきの私の親友になってくれたらって言葉も、嘘じゃ無かったんだよ。姫野宮さん」
談話室から出ていく後ろ姿を、歯ぎしりをしながら睨みつける。
隆はまだ剣道部にいるはずだから、あの写真が本当かどうか聞きださないと。
月葉の事も気がかりだけど……。
剣道場へと足を運び、私は彼の部活動が終わるまで見学する。
私に気付いた隆は、ちょっとだけ手を振って喜んでたけど。
今の私は、それに笑顔で応える事が出来ないでいた。
「わざわざ待っててくれてありがとうな、どうした、何かあったのか?」
「……うん、ちょっとだけ聞きたい事があって」
部活動を終えて、他の人から羨ましがられながら歩いてくる隆君。
制汗剤の香りと、汗の匂いが混ざった独特の香りが、私は好きだった。
きっとあれは合成写真。
純情な隆くんが、他の人とキスなんて出来るはずが無い。
「聞きたい事って月葉と奏夢の事か? 結局教室に戻らなかったけど、何か分かったのか?」
「ううん……違う、ねぇ、隆、私に隠してる事とかない?」
「隠してること? 何もねぇけど……何だ? 何か言われたのか?」
「他の人と……御堂中さんとキスしたって、本当?」
なんだそれ? そんな返事を期待したのに。
私の問いかけに、隆君はバツの悪そうな顔をした。
第三者だと思ってた。
私はいつだって図書室のカウンターで静かに本を読んで、たまに来る月葉の報告に頷いているだけの、そんな役割だと思っていたのに。浮気とか、寝取られとか、悲劇とか、裏切りとか、そんなのとは無縁の生活をするとばかり思っていたのに。
悲しいのが嫌だから、辛いのが嫌だから。
極力人と関わらない生き方をしていたはずなのに。
「……気持ち悪い」
「ちょ、ちょっと待て夏恵、あれは」
「近寄らないで、もう、信じらんない」
それまで好きだった香りが、鼻につく生ゴミの臭いに感じられた。
この男は私以外の女とキスをしたんだ、それが許せるはずがない。
掴まれた手を振りほどいて、私は全速力で走った。
何もかもが嫌になった、家に帰って早く身体を洗いたい。
生ごみに触れてしまった自分を、心を許していた自分を、全部綺麗に。
「……ね? あーしの言葉は本当だったっしょ? 姫っち」
駅に駆け込んだ私を待っていたのは、笑顔の登古島さんだった。
嘘の無い彼女は、私の涙を優しく拭ってくれる。
でも、それでも……。
「姫っち、アンタの悩み、あーしが解決してあげよっか?」
「悩みを、解決?」
「そ、親友の月葉さんがイジメられてるんでしょ? あーしも今日初めて聞いたんだけどさ、それってかなりヤバいじゃん? 多分ね、全部原因は瀬鱈にあると思うんだ」
「……奏夢君に?」
「そう、あの男が青森先輩から月葉さんに乗り換えたのがイジメの原因なんしょ? だったらさ、別れちゃえばいいんだよ。そうしたらその事実を盾にあーしが全学年に言いふらしてあげっからさ……ね、協力してくれる、よね? ……大丈夫、あーしは、二人の味方だよ」
――
次話「イジメって、こんなに辛いんだね」
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