第33話 月葉を守るのは、私の役目だから

姫野宮夏恵

――


 奏夢君から登古島さんに関する話を聞いていたにも関わらず、私は好きなアーティストが同じという繋がりだけで完全に気を許してしまっていた。一緒にカラオケに行ったり、約束通りライブのチケットの予約もしてもらえたり。


 思えば、完全に舞い上がっていたのかもしれない。

 だからだろう、隆君が心配してこんな事を聞いてきたのは。


「夏恵、最近月葉との距離遠くないか?」


 学校帰り、部活の終わった隆君と二人でちょっと寄り道をした時の事だ。

 登古島ルエムが転校してきて一ヶ月が経とうとしていた昨今。

 ファミレスに二人で入り、ドリンクバーとポテトを注文すると、隆がこう聞いてきた。


「別に、遠いとは思ってないけど。元々向こうから私の方に来ることが多かったし、私から月葉の方に行く事って少なかったよ? それに、奏夢君から登古島さんの事も聞いてるし、私が間に居た方が何かと都合がいいと思うんだけど」


「そう言われればそうかもしれないけどさ。それで? どんな感じなのよ」


「別に、何も変化ないよ。奏夢君の悪口言ってる様な事も聞いた事ないし。それよりも、登古島さんから今度隆も一緒に遊ぼうって誘われてるの。一緒に遊ばない? 多分ラウワンとかになると思うけど」


「あー……俺は、遠慮しとく。夏恵もほどほどにしておけよな」


「別に、私が奏夢君に遠慮なんかする必要ないと思うけど」


「夏恵、お前なぁ……あれか、ZTS関係か」


「うん。付き合う時に約束したでしょ、私はZTSのファンは絶対にやめないって」


「それはそうだけど」


「大丈夫だよ、私が隆を嫌いになる事はないから」


 そう、大丈夫だと思っていた。奏夢君と登古島さんの問題は彼らの問題であって、私達はどこか一つ違う場所から眺めている傍観者だと思っていたのに。傍観者じゃないって気付いたのは、月葉が登古島さんを叩いた後のことだった。


 お昼休憩の終わり間際、チャイムが鳴るタイミングで奏夢君は一人で教室に戻る。

 戻ってきた奏夢君に、私はこう聞いたんだ。


「あれ? 月葉は?」


「月葉は……多分、戻らない」


「え? 奏夢君に呼び出されて体育館裏に行ったんじゃなかったの?」


「……どうして、それを」


「どうしてって、月葉から聞いたし」


 何気ない会話、私はごくごく普通の会話をしたつもりだったけど。

 奏夢君は目の色を変えて、私の両腕を掴み質問する。 


「夏恵さん、まさか、その内容を誰かに喋ったりした?」


「え? ……いや、誰にも喋ってないけど。でも、普通にここで会話してた内容だから、聞かれてる可能性は否定できない」


「登古島は」


 「登古島さんも多分聞こえてたと思うよ、アタシ達も聞こえたもん」と、私の後ろの席に座っていた女子が代わりに説明してくれた。


 項垂れた奏夢君は私の両腕から手を離すと、そのままの姿勢で机へと向かい荷物をまとめてどこかへ行こうとする。


「おい、奏夢」


「隆、悪い、僕今日早退するから」


「早退? 何だよ、俺にもちゃんと説明しろよ。おい、奏夢!」


 日本史の先生と入れ替わるようにして、奏夢君は教室から飛び出すと、そのままどこかへと消えてしまった。隆君が追いかけようとしたけど、私を見て、その足を止める。


 戻らない月葉と登古島、いなくなってしまった奏夢君。

 SNSを月葉に送るも、返信どころか既読にすらならない。


 事態を把握したのは、その日の放課後の事。

 

「あの、先生」


「なんですか?」


「どうして、その……月葉の荷物を持っていくんですか?」


「……姫野宮さんは立花さんと仲が良かったんでしたっけ」


「はい、友達……いいえ、親友だと思っています」


「親友……そうですか。だとしたら貴女にだけはお知らせしておきます。くれぐれも内密にして下さいね。そして、立花さんの助けになってあげて下さい」


 図書委員の仕事をする直前の時間。

 人っ気の少なくなった廊下で担任の先生から聞かされた内容に、私は驚愕する。


 月葉が登古島を叩いた。

 暴力事件を起こした月葉がどうなるのか、今は分からない。


 叩いた理由を聞くと、奏夢君と登古島が仲良くしている所を目撃した月葉は、それに我慢出来なくて思いっきり登古島を叩いたらしい。そして取り押さえらた月葉は、自分の身に降りかかっていたイジメについて赤裸々に語ったのだとか。


 自分が、青森先輩から奏夢君を寝取った、寝取り女としてイジメられていると。


 全然、気付かなかった。

 私の周囲にいる人達から何一つ聞かされていなかった。

 月葉も私に一言も相談してくれなかった。


 確認の為に月葉の机を見ると、乱暴に掘られた文字がまだ残っていて。

 それはイジメの証拠として、月葉を苦しめた証として刻まれていた。


 きっと月葉の事だ、奏夢君を思って、自分がイジメられる分には別に構わないとか、そんなのを考えたに違いない。


 あんなに弱い子なのに。

 私の所に何度も逃げて来て、何度も泣いちゃう弱い子なのに。

 

「……月葉のバカ」


 気づくと、自分の親指の爪が嚙み過ぎて歪んでしまっていた。

 こんなのじゃ綺麗に出来ない、もう、噛み千切っちゃえ。


 ……奏夢君が教室を飛び出したのは、きっと月葉を迎えに行ったから。

 私にできる事は何? 隆の忠告もきかないで、一人馬鹿を演じていた私に出来る事は。


「先生、今日、図書委員のお仕事お休みさせて下さい」


 返事は待たない、だって、いま月葉の事を助けないと親友なんて言えないから。

 ううん、もう言えないかもしれない。

 一番辛い時に側に居なかった私は、きっと最低だ。


「ねぇ、姫っち」


 昇降口で呼び止められたその声に、私はそれまでみたいに笑顔になる事は出来なかった。

 頬にガーゼを付けたその子は、私を見る目を三日月の様に歪ませる。


「アンタにも、ちょっち用事があるんだけど」


「……そう、ちょうど良かった。私も訊きたい事があるの」


「うふふ、気が合うねぇ。どうする? ここで話し合いする?」


「いいえ、場所を変えましょ。あまり聞かれたくないでしょうから」


 登古島ルエム、私の親友をハメた女に、私ははらわたが煮えくり返る思いがした。

 それと同じく、月葉の変化に気付けなかった自分の事が許せない。


 何があったのか、目的が何なのか。

 全部きっちり吐かせてやる。


 月葉を守るのは、私の役目だから。


――

次話「あーしは、二人の味方だよ」

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