第32話 ざまぁ
瀬鱈奏夢
――
最近月葉の様子がおかしい。
ふとした瞬間に落ち込んでいたり、感情の色が黒く浮かんでいたり。
「一応夏恵からも聞いちゃいるが、特別何かがあったって訳じゃなさそうだぜ?」
隆を通じて聞いてみるも、月葉の変調の原因は分からず仕舞い。
当の本人も大丈夫と言っているし、僕としては様子見しかないのかなって、思っていたけど。
「おはよ、奏夢」
「うん、おはよう」
一駅先なのに、月葉は毎日の様に加茂鹿駅で僕と待ち合わせをする。たまには僕が鶴亀駅に行こうか? と伝えるも、トレーニングの一貫だからと彼女は譲らなかった。
だけど、確実に口数は減っていて、感情の色も段々と濃さを増していく。
絶対におかしいとは思うのだけど、何を訊いても平気と彼女は返した。
「……無理だけはしないでくれな」
「うん、大丈夫だよ。大丈夫、奏夢君がいれくれれば、それで大丈夫だから」
太陽の様な元気が取り柄だった月葉は、今は完全に沈みきっていて。
そして、月葉は学校に到着するなり、感情の色を真っ黒に染め上げた。
「なんで、分かっちゃうのかな」
「分かるからだよ、月葉、後で時間取れる?」
「……うん、取れるよ」
体育館裏で会う約束をした僕は、体育の授業の後に着替える事もせずに、そのままの足で約束の場所へと向かった。多分、登古島ルエムが絡んだ何かが起こっているに違いない。
でも、僕に言わない理由ってなんだ? 何でも頼れって言ったのは月葉の方なのに。
僕が頼りないからかな、もっと僕が強ければ……いや、考えるのは後だ。
今は、世界で一番大切な月葉を守らなくちゃ。
「あら、久しぶりね」
体育館裏に現れたのは、ジャージ姿の登古島ルエムだった。小学生の時みたいに、金髪を動きやすいようにアップでまとめた彼女は、何の警戒もせずに僕の方へと歩み寄る。
なんでこの女が今この場所に来るんだ。
確かに僕は教室で月葉を誘ったけど、この女の耳に聞こえる様には喋っていない。
それに、今日の今日まで僕と登古島は一切の絡みが無かった。
突然の襲来に、思わず身構える。
「そんなに怯えなくてもいいじゃない」
「怯えるさ、お前のせいで僕がどれだけ苦労したか」
「仕方ないでしょ、あの時は小学生だったんだから。まさか写真まで撮られてるとは思わなくてね。私は自己防衛をしたに過ぎないわよ? あのままじゃ、私の方が問題児になっちゃう所だったんだから。だから、感謝だけは伝えておくわね。身代わり、ありがと」
さも自分は悪くないといった喋り口調の登古島を前にして、僕の怒りが沸々と温度を上げる。
「そんな言葉だけで済むはずがないだろう。僕はあの事件のせいで未だに地元じゃバイ菌とか呼ばれてるんだぞ。精神的にも苦痛を味わって、身体にも変化が出てしまった。何があってもお前を許せるとは思えないんだよ」
「別に許せ、何て一言も言ってないし。そもそも今だって貴方と無駄話をしに来たんじゃないわよ。……奏夢君、その眼帯外して貰えないかしら? ちょっとだけ確認したい事があるの」
そう言うと、彼女は僕の眼帯を取ろうと近寄って来る。
千奈を助けたあの日以降、僕の右目はずっと物が見えていない。
灰色にくすんだ目は、今もそのままだ。
「……嫌だ、お前には見せたくない」
「なんで? 感情が色になって見えちゃうから?」
「…………さぁね」
僕の反論を聞いて、左目でも見える登古島の感情の色が黄色と黒に変化した。驚きと、悲しみ? 僕の力を何でこいつが知っているのかも気になるが、この感情の変化は一体何なんだ。
「図星かしら? じゃあその力を手に入れた君にご褒美を上げようか?」
「いらないよ、お前から貰うものなんて、全部ろくでもない物に決まってる」
「ふふ、小学生の時の続き……してあげるのに」
そう言いながら距離を縮めると、彼女は革靴のかかとで僕の足を思いっきり踏みつけて来た。
突然の激痛に思わず顔が歪み、足を護る為に手が伸びて腰が曲がる。
その瞬間に、あろうことか登古島は僕の唇を奪い、そのまま抱き締めた。
身長差を無くす強引な手法に、僕は驚きを隠せないままにいて。
にゅるりと入ってきた彼女の舌を感じ取り、慌てて登古島を突き飛ばす。
そして僕は彼女の、月葉の泣き声にも似た声を耳にしたんだ。
「やだ、やだよぉ……」
「月葉……月葉、これは、違うんだ!」
「私から全部取らないでよ……大切なもの全部、何もかも奪い取らないでよ!」
「ダメだ、月葉!」
走り込んできた月葉を押さえる事が出来なくて、陸上部の彼女は猛烈なスピードのままに登古島の頬を思いっきり叩いた。受け止めた彼女の身体はとても軽くて、その目には沢山の涙が溢れていて。気付いていたのに、助けられなかった事実を、僕はそこでようやく思い知る。
「アンタなんか、アンタなんか死んじゃえばいいんだ!」
「月葉! 止めろ!」
「止めないで! こいつ、こいつはぁ!」
過去一度も見た事の無い月葉の変貌、僕はこれ以上月葉が登古島に対して暴力を振るわない様にすることで精一杯だった。そして、僕は気付いたんだ。僕達から少し離れた場所に置かれているスマートフォン、そのレンズがこちらを向いている事実を。
「登古島、お前、これ全部撮影してたのか」
「……」
「お前、全部こうなるのが分かってて」
「きゃああああああああああああああああああああああああ!」
突然の登古島の絶叫に、思わず耳を塞ぐ。
お昼休みに体育館裏から響き渡る悲鳴を聞いて、先生達が駆けつけるのに時間は要らなかった。
僕が必死に抑えていた月葉は、先生達がどこかへと連れて行かれてしまい。
口から血を流していた登古島は瞳から大量の涙を流しながら、僕の横を通り過ぎる。
「(ざまぁ)」
僕だけに聞こえる様に一言だけ漏らした登古島の声を耳にして、僕は彼女がしたかった事を理解する。
登古島は、あの女は、僕から一番大事なものを奪い取ったんだ。
立花月葉という、世界一大事な人を。
――
次話「月葉を守るのは、私の役目だから」
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