第36話 彼女の部屋で、ひと時の安心。
瀬鱈奏夢
――
母親の好意に甘える形になったけど。
僕は月葉を見て微笑み、彼女もようやく笑顔を見せてくれた。
客間か居間に通されると思ったけど、部屋で構わないという母親の意見に従い、僕は月葉の部屋へと上がる事に。始めて入る月葉の部屋は、フローリングの床に白いラグマットが敷かれた温かな雰囲気のある部屋で、入って左側のアンティーク調の棚に飾られたトロフィーの数々が、彼女の実績を物語る。
机の上には小さなマスコットが飾られていて、小物の一つ一つから可愛い系で揃えている感じは、千奈と少し似ている。女の子の部屋って大体こんな感じなのかなって、僕は少しだけきょろきょろとしてしまった。
「何か珍しいものでもあった?」
「あ、いや、ごめん。あんまり見るもんじゃないよね」
「いいよ、奏夢に隠し事なんて何にもないから。それよりも、まさか自分があんなに取り乱す事になるなんて思わなかったよ。まだまだ修行が足りないのかな……でも、悔しい」
「僕も悔しい、月葉の事をしっかりと守りたかったのに」
「……私の悔しいは、多分違う悔しいだよ?」
「違う悔しい?」
月葉の手に引かれて、僕はベッドに腰掛ける。
制服姿のままの月葉が隣に座ると、ほんのりといい香りがしてきて。
握った手から彼女の体温が伝わって来て、思わず頬が熱を持つ。
「キス、されてたから」
「あれは無理やり」
「でも、されてたから」
俯きながらもこちらを見る月葉の瞳は、少しだけ意地悪そうに細くなった。
自分の顔を下げ、月葉の方に近づけると、僕は彼女にキスをした。
軽くしたキスは、千奈としたようなエロスを感じる様なキスではなく。
温かくて、優しい、だけど何回もしたくなるライトなキス。
「もっと」
せがむ月葉の事を押し倒して、けれど優しいキスは何回も続いた。
目があって、そのまま抱き締め、そしてまたキスをする。
月葉に覆いかぶさる様な体勢だったから、体重が掛からない様に四肢に力を込めたのは内緒。
「……ふへへ、ありがと」
「いいよ、こんなの」
「こんなのじゃないよ、こういうのは大事」
「……うん」
下にお母さんがいるし、あまり大きな音を立てない様に、僕達は抱き締めあった。
月葉がイジメられたのは、僕のせい。月葉がここまで我慢していたのも、僕のせい。
僕のことを愛していてくれるから、頼って欲しいと思っている月葉の願い。
僕は、それに全力で応えないといけない。
なぜなら、僕も月葉の事を愛しているから。
「きゃっ!」
突如月葉が艶めかしい声を上げた。
僅か数ミリの隙間もない僕と月葉の間で振動する物体がある。
「っと、スマホが鳴ってる、ごめん、胸ポケットに入れたままだった」
「い、いいよ、変な声出しちゃった……」
「可愛かったよ」
「い、やめてよ……もう」
本当に可愛かったのに。
電話の主は誰だ? ……隆か、いい所だったのに。
「はい、もしもし」
『あ、奏夢か……』
「うん、なんか元気ないね? どうしたの?」
『実はな、王様ゲームの事が夏恵にバレたみたいでな……』
「……え、黙ってたの?」
『言える訳ないだろ、奏夢と違って俺はキスしちまったんだし。なぁ、近くに夏恵がいないか? 全然連絡つかなくてよ、このままじゃ仲直りもできねえよ』
「いや、いま月葉の家にいるけど……何も」
と言おうとした所で、月葉のスマホの着信音が鳴り響く。
月葉が見せてくれた画面には、姫野宮夏恵と表示されていた。
「あ、いや、いま丁度月葉のスマホに夏恵ちゃんから連絡掛かってきた」
『マジか! なぁ、俺のとこに連絡するよう伝えてくれよ! もしくは会って謝罪したいって! 頼む奏夢! お前も午後から居なくなってて何か大変なんだろうけど、俺の方も一大事なんだよ! 頼む! マジで頼む!』
「わ、分かったから、月葉にお願いしてみる。一旦切るよ」
スマホの通話終了をタップすると、喚き散らしていた隆の声が聞こえなくなった。
それを見て月葉が着信をタップして、夏恵ちゃんとの会話を開始する。
しかし、王様ゲームの内容が夏恵ちゃんにバレたって、どういうことだ? もう二ヶ月以上昔の事だし、あの場での内容は何の記録も残ってないはずだけど。写真でも撮ってる奴がいたのかな……陽キャ軍団だし、それもあり得るか。
キスというと、御堂中さんだよな。
仲直りさせるには、実際に話をした方が早いと思うけど。
いや、そもそもどこから王様ゲームの情報が流れたのか、それも突き止めたい。
逡巡していると、月葉との会話内容が耳に入り、僕は驚く。
「奏夢君と別れろって、どういうこと」
なんで夏恵さんからそんな言葉が。
「……え? 登古島がそう言ってるの? ちょっと待って、夏恵、貴女どうしちゃったの? 奏夢君から聞いたでしょ? それに、その女は私の事を……うん、でも、それは出来ないよ。夏恵、一度ちゃんと話し合いしよ? あ、ちょっと待ってね、今お母さんに呼ばれてるから、一旦切るね」
月葉はスマホを握り締めたまま僕を見る。
その表情は言わずもがな、困った様な、どうしていいか分からないと言った感じだ。
色は驚きの黄色と黒、奇しくもそれは、登古島が見せた色と同じ色。
「……何を、言われたの」
「登古島がね、私と奏夢君が別れたら、イジメを全力で止めてあげるって」
「だから、僕と別れろって?」
「うん、絶対に別れないけどね。それにしても何なのあの女。イジメを全力で止める? アイツが引き金なんじゃないの、本当、ふざけてる。ああもう、イライラするなぁ!」
ぼふって枕を壁に投げて、足をジタバタさせて月葉は怒りを露わにした。
かと思ったら、ひょこっと起き上がり疑問を口にする。
「そういえば、隆君はなんだったの?」
「……夏恵ちゃんに隠してた事がバレて、別れるってなってるみたい」
「え、隠し事?」
「うん、王様ゲームでキスしたのがバレたんだって」
「……王様ゲーム? なにそれ」
え、知らないの? って思ったけど、そんなにメジャーなゲームでもないか。実際してるのを見たのはあのカラオケの場だけだし、それ以外では漫画とかでしか聞いたことがない。
知らないと話が進まないので、月葉に王様ゲームについて説明をすることに。
「うえ、何それ、その命令って絶対にきかないといけないの? 拒否は?」
「普通は出来ると思うけど……あの場での拒否は出来なかったかな。隆、剣道部でしょ? その部の先輩だった冨樫って奴が仕切ってたから、逆らう事が出来なかったんだよ」
「それって、いつのこと?」
「文化祭の買い出しの時かな。あ、ほら、僕が千奈と帰ってきた時があったでしょ? あの日がその時なんだけど」
何気ない一言だったはずなのに。
なぜか月葉の表情が真っ黒に沈んだ。
「……どうしたの? 僕、何か変なこと言った?」
「……なんか、ごめん、あまりこういうの良くないと思うけど、結構嫉妬しちゃうみたいだからハッキリ言うね。青森先輩の事は、青森先輩って言って欲しい。下の名前で呼んでるのは、なんか、ちょっと、嫌、かな」
「――、ごめん、気付かなかった。気を付ける」
「うん、わがままな女でごめんね」
「いやいいよ、言ってくれた方が助かる。知らない間にヘイト溜まって、打ち明けたら終わりって言うのが一番きついから」
そっか、無意識で千奈って言葉にしてたや……危ないな、気を付けよう。
月葉にこれ以上負担はかけさせたくないし、青森先輩って意識しないとな。
「それで、その王様ゲームっていうのが結構ハードな場でさ。隆もキスしろって命令が出てて、さっきも言った通り断れる状況じゃなかったんだよね」
「……奏夢は?」
「僕? 僕は……あ、そうだ、耳にカプって甘噛みされた」
「何それ、耳を噛むの?」
「うん、同じ御堂中って女の人に噛まれた」
「……それで、どうだったの」
「どうだったって、何もないけど……月葉?」
側にいた月葉は僕に少し近づいて、そのまま耳をカプって。
そのままハミハミしてきて、柔らかい唇が耳を噛むたびに彼女の吐息が耳に掛かる。
「あははは! やめ、やめて月葉!」
「反対の耳は」
「いや! 片方だけ! それっきりだから!」
「……嘘じゃないよね」
「本当本当! 僕は指示される事ほとんどなかったんだって!」
ハミハミしてた口を離すと、月葉はむっすりと眉根を下げ頬を膨らます。
両手をベッドについて、女の子座りで怒る月葉。かわいい。
「今度、二人でしようね」
「……え、何を?」
「王様ゲーム」
「え? 二人で? ずっと命令じゃん」
「いいでしょ、他の人なんか混ぜたくないし」
それは、ゲームなのだろうか。ただの強制いちゃいちゃな気が。
別に、いいか、それでも。月葉といちゃつけるなら、それで。
「って、話の本筋からズレすぎだから。というかアレだね、一度顔を合わせて話し合いの場を設けた方が良さそうだ。登古島が僕をターゲットにしているのは間違いない、多分、僕の交友関係の全てを壊そうとしてるんだ」
「……そっか、それで私の事も」
「うん。でも、彼女の目的が何なのかは見当もつかないけど。とにかく、一度全員集合させよう。月葉、夏恵さんには今度の日曜に公民館に来るように伝えておいて。会議室を借りて、そこで登古島に関する誤解の解消や今後について話し合いをするって言えば、多分来ると思うから」
分かったというと、月葉はさっそく夏恵さんに連絡を入れる。
僕も隆へと連絡を入れ、日曜日に公民館に来るようお願いした。
さて、役者はまだまだ必要だ。
全員来てくれるとありがたいんだけど。
――
次話「アイツに相応しい女なんていませんよ」
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