第25.5話 楽しいひと時。
小説家になろうがメンテナンス中の様なので。閑話を投稿します。
――
家族連れの微笑ましい姿や、動きやすい恰好をしたカップル、友達同士の集団や、学校のイベントで来場している制服姿の学生達。雲間駅からターミナル駅を経て到着した動物公園併設の遊園地『トーヴ動物公園』は、振替休日の月曜日であるにも関わらず、沢山の人で賑わいを見せていた。
そんな中、異彩を放つのがスーツ姿に革靴の僕だ。
場違いすぎるその雰囲気に月葉達はいざ知らず、その他の方々は「え?」みたいな表情と共に白や黄色の感情の色を見せて来る。面白い、おかしいといった感情だ。
ラブコメ映画に一人ドスを構えた任侠がいる様な、そんな感じ。
もう好きにしてくれって歩き続けたけど、僕は月葉に連れられて園内の売店へと足を運ぶ。
「昨晩あんなにお話したのに、目的地言わなかったとか……ごめんね」
「いいよ、お互いなんだか緊張してたし」
「あ、わかる? わかっちゃうかぁ~。なんかね、普通に会話してる今だって、実は少し緊張してたりしてるんだよね。なんか今までがずっと遠かったから、私と一緒とか、違和感しかないっていうか……てへ、なんか慣れない」
少しづつ好きになろう。この言葉は、過去に千奈が言っていた言葉だ。
でも月葉は違う。既に大好きの状態で、いきなり距離が縮まった事実に戸惑いを覚えている。
千奈の時は僕が先に惚れていた。
当初、千奈は僕に冨樫の面影を映していたに過ぎなかったのに。
今は、僕が月葉に千奈の面影を追い求めているのかな。
……未練タラタラじゃないか、こんなの、月葉に失礼だ。
「あ、これ何か可愛くない? 遊園地のロゴ入りTシャツだけど」
「……かわいい、のかな?」
遊園地のアトラクションを背景に、動物たちが扇状にポーズをとっているそれを、果たして可愛いといえるのか。女の子の感性ってたまに理解できないことあるし、月葉もそうなのかも?
「とにかく、今の恰好じゃ遊ぶにも遊べないでしょ? ズボンもあるし、スニーカーもあるじゃん。これ一式購入すれば一日楽しく過ごせるって! ……全部遊園地のロゴが入ってるけど」
「遊園地がスポンサーみたいだね」
「広告料が貰えたり?」
「園内じゃダメかな、外もこれで歩かないと」
「あはは、いいよ、ペアルックで着てあげる」
冗談だと思っていたのだけど、恐ろしいことに月葉はサイズ違いを二着購入した。
お小遣いと夏休みのバイト代があったからって彼女は言うけど、結構な金額のはずだ。
というか、え、ペアルック? 遊園地のロゴ入りの服を、ぺアで⁉
「はい買っちゃいました~! 着替えるとこ無いみたいだから、トイレで着替えよっか」
「え、いや、お金出すし……というか、月葉はこういうの大丈夫なの? 恥ずかしくない?」
「なんで? 誰に遠慮するのさ」
「……その、知らない人とか」
「そんなの気にならない、私の目には奏夢君しか映らないから」
うぐ、めっちゃピュアな言葉が胸に突き刺さる。
彼女が着替えるんだ、彼氏である僕が着替えない訳にもいかない。
トイレの個室でスーツから購入した服に着替え、僕は鏡の前で自分の姿を見る。
デフォルメされた動物達に、背景のジェットコースター。
デカデカと書かれた『トーヴ動物公園!』の文字は、否が応でも目に入る。
誰がどう見てもダサい。けど、思った以上に動きやすい。
こういう売店のお土産って、質を求めてないのが多いと思ってたけど。予想外にも動きやすく、涼しい。スーツの数十倍は着心地もいいし、ズボンも伸縮性の高い良い一品だ。
なんだ、褒めるところしかないぞ? けど、百点満点でダサい。
「あ、出てき……ぶ、あひゃひゃひゃひゃ!」
「ダメだよ笑っちゃ、でも、……ぅぐ、ごめん、ちょっと、いひひ、ごめん」
トイレから出てきた僕を見て、隆と夏恵の二人が笑う。
別に好きに笑ってくれて構わない、ダサいのは百も承知だ。
けれど、悔しいかな動きやすさは半端じゃない。流石は地産地消アイテム。
「お待たせ~! やだ! あははは! 奏夢君ダッサ!」
「いやいや、同じの着てるんですが」
「そうだけど! なんか奏夢君芋っぽくって良い!」
うん、同じ洋服を着ているんだけどね。何故だか月葉のは可愛く見える。キャンペンガールって言われたら、あ、そうなんだって思えるぐらいに可愛い。線が細いからかな、細身の彼女は何を着ても似合いそうだ。
しかし、芋っぽくて良いっていうのは誉め言葉なのだろうか?
でも、月葉が笑顔なら、それでいいか。
『奏夢君、無理しなくていいからね? 月葉は空いてるとジェットコースターに何度も乗る子だから、同じペースでアトラクション回ると途中で倒れるかもしれないよ?』
スマホに書かれた文章を読んで、僕はちょっとだけ後悔する。
夏恵さん、それ、もっと早く言って欲しかったです。
月葉に連れられてジェットコースターに乗ること十回目。
待ち時間ゼロで乗れるもんだから、月葉は大喜びで乗り続けて。
二回目で夏恵さんは「私はここで見てるから」と言い。
三回目で隆が「夏恵を一人にはさせられないから」と言って居なくなった。
「二人っきりだね」
隣でそう呟く月葉が可愛くて。
彼氏なら頑張らなくちゃって付き合った結果。
「もう無理……」
「あはは……ごめん、飲み物いる?」
僕はベンチで項垂れる事に。プリントされたロゴマークの動物達も何だか萎れて見える。
目がグルグル回るし、微妙に吐き気も。ジェットコースターなめてたわ……。
「私ね、遊園地に来ると子供の頃からこうだったんだ。アトラクションに何回も乗って、途中からお母さんやお父さんも乗らないのに一人で何回も。速いのが好きなんだろうね、だから走るのも好きなのかも」
冷たい飲み物を僕に手渡しながら、彼女は隣で微笑む。
「でも、今日は奏夢君が一緒で嬉しかった。無理させちゃってごめんね」
手にした飲み物をそのままベンチに置いて気付かれないよう、少しだけのため息をついた。
諦めとか、嫌悪のため息じゃない、優しさに感謝のため息。
「……生まれて初めてだったんだ」
「生まれて初めて?」
「うん、遊園地来るの。両親離婚しててさ、こういうとこに来る余裕なかったから。だから、とっても楽しかったよ。ジェットコースターに乗るのも、空中ブランコに乗るのも、全部」
でも、次はゆっくりした乗り物にしようねって言うと、月葉は静かに頷いた。
「初めてだったんだね……」
「……うん、今まで一回も無い」
「そっか……なんか、嬉しい」
こんなので喜ぶのかなって思ったけど、きっと初めては特別な何かを与えてくれる大事なものなんだ。そう思うと、何だか心の奥がむず痒くなって、意味も無く口元が緩む。
「あ、お母さん見て見て! あの二人同じ服着てるよ!」
前を歩く子供が無邪気な笑顔と共に僕達を指さしして、何で何でって質問する。
仲良しさんだからね、ってお母さんは説明してたけど。
そう言えば僕達はペアルックだったっけ。これだって初めてだ、誰ともした事がない。
「仲良しさんだって。僕達そう見えるかな?」
「……見えるに決まってるじゃん。だって、付き合ってるんだし」
全部私に頼れ、全部受け入れてあげるから。
月葉は強い子なんだな、僕とはまるで違う。
嫌なこと全てから逃げてしまった僕とは、全然違うんだ。
「……よし、そろそろ動こうかな」
「大丈夫? 無理しなくていいからね?」
「大丈夫、僕、お化け屋敷も行った事が無くてさ、リニューアルオープンしたみたいだから、行ってみよっか」
僕の初めては全部月葉にあげよう、きっとその方が彼女も喜ぶ。
と、思っていたのだけど。
「お化け屋敷は……ちょっと」
「え? でも僕行った事ないし」
「そ、そうなんだ……でも、ううん」
「初めてだし」
「初めて……だけど…………うぅ、分かった、行く」
リニューアルされたお化け屋敷は、真っ暗の中をただ歩くだけのもので。
途中ガタガタと壁が震えたり、変装した従業員が襲って来る事はあったけど。
別に、そんなに怖いとか、驚きとかは無かった気がする。
ただし、それは僕目線の話だ。
――一瞬だけ月葉――
行きたくない行きたくない行きたくない行きたくない行きたくない行きたくない! お化け屋敷の初めてなんていらない! でも欲しい! 超怖いよ何で奏夢君普通に歩けるの!? めっちゃ怖い、やだやだやだ! 前が見えないよ! あ、きっとこれ奏夢君に目を瞑ってくっつけばそれで行けるんじゃない!? 腕にしがみ付いて、目をつむって――
『ガタガタガtガタガタガアtガt』
「きゃあああぁ!」
「ちょ、ちょっと月葉!?」
「無理無理! きゃああやああああぁ!」
うえええぇん! 何で奏夢君逃げないの! 私無意識で回れ右して逃げようと思ったのに! なんで繋いだ手が動かないのか分からないんですがぎゃああああああああああ! 何か襲ってくる! 何か迫って来てるよやああああああだああああ!
――
次話「千奈と奏夢のトラウマの存在」
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