第26話 千奈と奏夢のトラウマの存在

青森千奈

――


 文化祭二日目……サボっちゃったなぁ。

 渚砂からは「ま、今日は休め」って連絡あったけど……。


 私の頭の中には、当たり前の様に奏夢君が存在する。最後に見た彼の表情は、今にも泣きそうな顔をしていて。やっぱり、私の決断が間違ってるんじゃないのかなって、今も思ってしまう。


 助けてくれて、ずっと側にいるって言ってくれたのに。

 私は彼に何も恩返しが出来ていない。酷いことばかりだ。


 布団の中にくるまって、一日中奏夢君の事を思う。

 自分で終わらせたのに。月葉さんに奏夢君を譲ったのに。


「あああぁん! ダメだぁ! こんな考えのままじゃ鬱になっちゃうよ!」


 くるまっていた掛け布団を蹴飛ばして、ぼんやりと真っ白な天井を見る。

 何してるんだろう、私、意味分からないじゃん。


 成長したいって偉そうに言ったくせに、成長のせの字も見えてこない。

 ……このままじゃダメだ、奏夢君に笑われちゃう。


 考えてもみれば、かれこれ四年間は彼氏がいた状態だったんだから、久しぶりの独り身。

 何をしようか考えるも、これと言った妙案は浮かばない。


 賢介君もいなくなったし、奏夢君もいなくなった。

 

「……誰もいないなぁ」


 ぽつり呟く言葉が、部屋の中に響く。

 ちょっと前にこの部屋で奏夢君とキスしたのに。

 

 最初こそ賢介君を想いながらのキスだったけど、最近は奏夢君しか意識してなかった。

 私が彼の全部を受け入れてあげて、秘密を共有しながらこれからを見ていたはずなのに。


「って、また繰り返してるよ! ダメじゃん!」


「お姉うるさい! さっきから何一人で叫んでるの!」


 部屋の扉を勢いよく開いて、妹の月奈が部屋に入り込んできた。チロと遊んでたのか、チロも一緒だ。大きくて真っ白なチロがベッドにいる私に飛び込んできて、そのままペロペロされる。


「お姉さぁ、この前の彼氏さんと別れたんでしょ?」


「……誰から聞いたの」


「誰にも聞かなくても分かるよ、せっかく私のお兄ちゃんになるかと思ってたのに。でも、前々から悩んでたもんね。リビングでボヤいてたじゃん、彼氏が良い人すぎるってさ。てっきり単なる惚気かと思って流してたけど、本気で悩んでたんだね」


 チロって月奈が呼ぶと、従順なチロは妹の方へと駆け寄る。

 本気で悩んでた、でも、それって普通に付き合ってたら出て来る悩みじゃないと思う。


 私に原因があるのであって、奏夢君は何も悪くないって……そう、ちゃんと言えたのかな。

 でも、もう取り返しがつかない。自分で決めた事なんだから、しっかりしないと。


 次、何かあったら、私が奏夢君を助けなきゃいけないんだ。

 ううん、絶対に助けてみせる。そんな時が来るのか分からないけど。

 そもそも、私の助けなんかいらないのかもしれないけど……。


「また暗くなって、お姉が暗いと家中が暗くなっちゃうんだけど? とりま、お昼ご飯くらいは食べときなね。じゃないとチロが全部食べちゃうよ?」


「……塩分過多になっちゃうから、ダメよ。分かった、今から着替えるから……扉閉めて」


「はいはい、じゃ、チロ、行くよ」


 

 

 妹にまでバレちゃう様じゃ、ダメね。顔に思いっきり出てるって事だ。


 それじゃ色の見える奏夢君に一発でバレちゃう。

 きっと彼の事だから、別れた付き合った関係無しに助けに来ちゃうだろうから。


 ……あんな酷い事した私でも、助けてくれるのかな。


「ほれ、千奈、直ぐに暗くならないの」


「渚沙……ごめん」


「ったく、あのまま惚気てりゃ良かったのに。後輩なんかに譲る必要なかったんじゃねえの?」


 BGMを切り、暗くしたカラオケルームで渚砂と二人でポテトを摘まむ。

 一人でお出かけとかしたら、知らない人にナンパとかされちゃいそうだし。

 渚砂はいつでも私の側に来てくれるから、本当に助かる。

 今は、一人になりたくなかったから。


「そう、かもしれないけど。ううん、絶対にそれはない。月葉ちゃんの方が奏夢君をもっと良くしてくれる子だって、そう感じたから」


「千奈でもそれは出来ただろうに。って、今更だよな。アタシは人の恋路にああだこうだ言う様な人間じゃないけどさ、奏夢に関しちゃ時期尚早だったんじゃねぇのって思うよ? アイツは千奈を助ける為に全力を出せる男だったからな……って、おい、千奈、泣くなよ」


「だって……だってぇ……」


「当分、男は要らないって感じだな」


「……うん、いらない。私、もっと強くならないと」


 そうだなって言いながら、渚砂は私の頭をちょっと乱暴に撫でてくれた。

 後で悔やむって書いて、まさに後悔なんだ。でも、それじゃ奏夢君に申し訳が立たない。


 今こうして渚砂に頼ってる時点で、何も成長してないとも言えるけど。

  

「そういやなんだけどさ」


「……うん」


「アタシの知り合いの後輩の一人が、晴島高校ウチに転校してくるらしいんだよな。昔は加茂鹿駅周辺に住んでた子らしいんだけどよ。今度紹介するから、予定開けといてくれな」


 予定なんてずっと空いてるよって、皮肉めいた事を言ったけど。

 後輩か、部活の子ぐらいしか知り合いいなかったけど、その後輩ってどんな子なんだろう。


 良い子だといいな。

 今は、奏夢君の寂しさを紛らわせてくれる人がいれば、本当に助かるから。




 その子は、独特の雰囲気を持つ子だった。

 綺麗な金髪は母親が外国人だから、学校でも特別に許される本当の金髪。

 青い瞳を少しだけ細めながら私を見て、差し出す手はまるでお人形みたいに白い。

 

「初めまして、青森先輩。登古島とこしまルエムって言います。仲良くして下さいね」


 なんて可愛い子なんだろう、こんな子がクラスに来たら、間違いなくアイドルだ。


「ルエムちゃん……ううん、こちらこそ宜しくね」


「ありがとう。なんかルエム分かっちゃうんだ、青森先輩、いま失恋とかしちゃってるでしょ?」


「……え?」


「黒い何かが顔に渦巻いてますよ? そういうのは早く無くさないと、どんどん黒に塗り潰されちゃいますから。今日は出会った記念にパーッと遊んじゃいましょうか!」


 その言葉は、奏夢君と同じ能力を持っているってこと? 

 色が見えるのは、彼だけじゃなかったって事なのかな。


「先輩、ほら、早くこっちに来てくださいよ」


「あ、うん、分かった……ありがとう」


 ルエムちゃんは雲間駅の繁華街へと足を運ぶと、懐かしいなぁって言いながら街を歩く。


 何も考えずに、ただ可愛い子だと思っていたけど……この時の私は知らなかったんだ。

 この女の子が、奏夢君の目に力を宿らせた張本人だったなんて。


――

次話「過去:奏夢 小学五年生①」

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