第27話 過去:奏夢、小学五年生①
瀬鱈奏夢
――
その子は、五年生の春に転校してきた。可愛らしい金髪をした、物静かな感じの女の子。
女子が転校して来るってだけで、クラスメイトははしゃいでたのに。
その子が教室に入ると、その騒ぎはより一層ひどくなった。
「外人が来たぞ!」
「めっちゃ可愛い!」
「うわー綺麗ー!」
「目! 目が青いよ!」
収まりを知らないクラスメイトを見て、パンパンと先生が手を叩く。
「はいはい! 静かにしなさい! 今日から皆のお友達になる登古島ルエムさんです!」
黒板にチョークで書かれたカタカナと漢字が混ざった苗字は、それだけで彼女のレア度を高める。先生に自己紹介を促された登古島さんは、壇上一歩前に出ると、深々と頭を下げた。
「登古島ルエムです。私の親はお仕事で住む家を転々としていて、私の転校はこれで五回目になります」
可愛らしい、小鳥のさえずりの様な声。
五回目という言葉を聞いて、皆が「おぉ~」と感嘆の声を漏らす。
「この学校にもいつまで居れるか分かりませんが、仲良くしてくれると嬉しいと思います」
そしてもう一度頭を下げた彼女は、皆の拍手に包まれて少しだけ笑う。
照れ笑いなのか、その表情には少しだけ赤みがかっていて。
真っ白な肌に浮かぶ赤が、とても印象深かった。
「じゃあ、瀬鱈君の隣の席が空いてるから、そこに座って下さい。瀬鱈君、彼女を宜しくね」
朝から新しい机が用意されていたから、そんな気はしてた。
僕の隣に歩いてきた登古島さんは、席に着くなり微笑んで「宜しくね」と僕の手を握る。
それまで女の子と手を繋いだ事の無かった僕は、それだけで緊張してしまって。
海外の女の人って大胆なんだなって、度肝を抜いた。
休憩時間に入るなり、彼女の席の周辺には沢山の人だかりが出来て、僕の存在なんか一瞬でかすれてしまう事に。女子の相手は女子の方がいい、それは分かっているのだけど。隣に座るのは僕なんだし、先生にお願いされたのも僕だ。
けれど、そんな事を小心者の僕が言えるでもなく。
休憩時間の度に無言で女の子達に席を譲る。
二時間目と三時間目の間のちょっと長い休憩時間に、それは起こった。
どうせ僕の席に誰かが座るんだろうなと、一人席を立つと。
「あ、瀬鱈君」
突如呼び止められたその声に、胸弾ませながら振り返る。
「先生にお願いされてた学校案内……今からお願いできる?」
さも面倒臭そうに「分かった」と言うも、心の中はハピネス極まりない。
女の子と二人で廊下を歩くなんて、これは最早デートじゃないか。
小学五年生でデートをした人がいるだろうか? 僕の知る限り一人もいない。
つまり、僕はもう大人の階段を一歩上った様なものなんだ。
「……なんか、瀬鱈君って面白いね」
図書室や音楽室、理科室へと回った所で、登古島さんは僕を見てこんな事を言った。
僕が面白い? ただ学校を案内してるだけなのに、なんでそんな事を言うのかな。
「私を見て、直ぐに真っ赤になっちゃって。そんなに惚れちゃったの?」
真っ赤に? 僕の顔が真っ赤に染まっているって言うの? 窓ガラスに映る僕の顔は……別に、赤くはない。でも、初デート気分で舞い上がっていたのは確かだから、そう言われると否定はできない。
「ねぇ、いけない事しちゃおっか?」
「いけないこと?」
「うん、パンツ……見る?」
予想外の言葉に、僕の心臓が滅茶苦茶に高鳴った。
転校初日にパ、パパ、パンツ見せてくれる女子って、一体どういうこと? 僕に惚れちゃったとか? いやいや、流石にそれは……あるのか? あるのかな。
チラリ視線を登古島さんへと向ける。
上目遣いで僕を見るその表情は、頬を紅潮させ、吐息も荒い。
フリルのついたワンピースを着た彼女は、自分の両手でスカート部分の裾をゆっくりと持ち上げる。一秒に一ミリ程度、ゆっくりとゆっくりと持ち上げる彼女の仕草に、僕の目は釘付けになった。
理科室の白骨標本の前で、スカートを捲る彼女。
日常の中の非日常に、僕の頭はどうにかなりそうになるぐらい興奮する。
登古島さんのパンツがもうちょっとで見えるって時に、鳴り響く予鈴。
あまりの爆音に、思わず全身が身震いした。
「……残念、続きはまた今度にしましょ」
続き、続きって、なんだ。その日の僕は、スカートの中に興味が完全にいってしまっていた事と、彼女の意味深な一言で、授業のノートすらまともに取る事ができなかった。
しかし彼女は人気者、僕と二人きりになれる時間はほとんど無い。
続きを気にしていた僕だったけど、結局その日からしばらくは何事も無い日が続く。
そして、その続きはある日突然やってきた。
春に転校してきた登古島さんも一ヶ月が経過し、クラスメイトとも馴染んできた五月。
体育の授業を終えた僕は先生にお願いされ、二人でバスケットボールが入った大きな籠を体育館倉庫へと運んでいた。本来僕の役目では無かったのだけど、その時の体育係と仲が良かった僕は、お喋りをしながら籠を押す。
「あ、ゴール下に一個だけボールがある」
「マジか、悪い奏夢、俺ちょっとトイレ我慢出来ない」
「いいよ、しまっとく」
その子と別れた僕は一人ボールを手にし、誰もいない体育館で響く音を楽しみながらバスケットボールをドリブルし、体育館倉庫へと駆ける。
「3Pシュート!」
結構遠目の場所から放ったシュートは、奇跡的に倉庫の中に運んだ籠の中に入り、僕は一人でガッツポーズを決めた。誰もいないから、何でもできる。後で友達に自慢しようかと思っていた、その時、突如パチパチパチと拍手が鳴り響いた。
拍手の主は、金髪をアップにまとめた登古島さん。
「え、登古島さん……見てたの?」
「うん、ナイスシュート」
「……ありがと」
見られてるとは思ってなくて、途端に恥ずかしさで頬が染まる。
登古島さんはそんな僕を見て、結わえてあった綺麗な金髪をほどく。
無作為に広がる長い髪に見惚れていると、彼女は僕の手を取り倉庫の中へと誘った。
「……この前の続き、してあげよっか?」
誰もいない倉庫の中で、彼女は自分のスカートをたくし上げる。
それは、この前みたいなゆっくりとしたペースではなく、勢いよく。
その時の僕はそっち系の知識にとぼしくて、捲られたスカートの後に何をするのか見当もつかなくて。ただただ登古島さんの仕草に興奮し、しまいには彼女の白いパンツを見て鼻血を出す始末。
「あはは、そんなに興奮しちゃったの?」
「……う、うん」
「へぇ、ねぇ、パンツも脱いであげよっか?」
「……え?」
断言する、僕はそれにうんともすんとも言っていない。
なのに彼女は自らパンツを脱ぎ、僕へと手渡す。
「……なんで」
「うふふ、なんででしょうね」
「……わからない」
「スカートの中、見たくないの?」
見たくないと言えば嘘になる。けれど、見た所でどうにかなるとは思えない。
エッチな事は、基本的に悪い事ってイメージがある僕には、そこから先は簡単には進めない。
けれど、そんな僕にお構いなしに、登古島さんは身体を僕に近付けて、くっついてくる。
「……私ね、早く大人になりたいの」
「そ、そうなんだ」
「だから、奏夢君、私を大人にしてくれる?」
「……え、えっと?」
何をどうしていいの分からないままに、登古島さんは積み重ねられたマットの上に横になる。
僕もマットに乗り、言われるがままに僕は彼女の上に跨って、四つん這いになった。
「え、えっと、これで、どうすれば」
扇状に広がった金の髪、その中心には蕩ける様な笑みを浮かべる登古島さんがいる。なんだか幻想的な彼女を見て、次なんて想像する事も出来ない僕は、ただただ美しい彼女の事をしっかと見つめる。
「……いいよ?」
何がいいんだろう。でも、流石の僕でもキスは分かる。
僕と登古島さんのピンク色の、少しぷっくりした唇を重ねるんだ。
きっとそれが彼女の言う、大人になるって事だと思うから。
心臓がばくばく言ってる、緊張で何だか汗が出てきちゃう。
ゆっくりと肘を曲げて、横たわる彼女へと顔を近づける――が、ここでも予鈴が鳴り響く。
「……しまった、まだ僕、体操着のままだ」
次の授業に間に合わなくなる。
僕は飛び上がる様にして立ち上がり、登古島さんの手を取って教室へと走った。
多分、この時点で僕は彼女に完全に惚れていたのだと思う。
惚れていたら、告白するしかない。
突飛な考えを持ったバカの思考回路な僕は、そうとしか考えられなかった。
僕のことをあそこまで誘っていた登古島さんなら、きっと僕の事が好きに違いない。
疑う余地のない彼女の行動に、僕は完全に舞い上がり、無謀にも告白を決意する。
次の日の放課後、僕は教室に誰も居なくなるのを待ってから、彼女の机へとラブレターを忍ばせた。隣の席なんだから、直接言うなりすれば良かったのかもしれないけど、彼女の周囲には常に誰かがいる。流石に人前で告白は出来ない。
彼女の引き出しの一番上にラブレターを置くと、僕は逃げる様にして教室から飛び出した。
明日にはきっと登古島さんと僕は付き合う事になるに違いない。
明るい未来しか想像できなかった僕は、一人浮足立ちながら家路についた。
それは翌日、登校した僕を待っていたもの。
黒板に張り出されたラブレターと、盗撮された僕と登古島さんの倉庫での出来事だった。
――
次話「過去……奏夢、小学五年生②」
後書き
本日ワクチン接種を打ちに行きます。
近況報告にもある通り、一日一話になる事をお許し下さい。
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