第28話 過去:奏夢 小学五年生②
一日一話にしますと言っておきながら、ちょっと重苦しい展開なので一日二話投稿します。
胸糞展開は早目に切り上げたいのが本音ですので……。
――
くすくすと笑い声が響き渡る。
汚物を見る様な目で皆が僕を見る。
「うわぁ、奏夢菌が来たぞ!」
「アイツに触るとH星人になっちゃうらしいぞ!」
「女子は皆逃げろ! 犯されるぞ!」
男子達が予め決めていたと思われるセリフを言い放つと、それに過敏に反応した女子が叫ぶ。悲鳴や野次、罵倒が教室を包み込む中、僕は黒板に張り出されたラブレターと写真を無理やり剥がし、くしゃくしゃにして破り引き裂いた。
「だ、誰だ! 誰がこんな事をしたんだ!」
誰も僕の言う事を聞いてはくれない。新しい玩具を与えられたみたいに男子達は僕を揶揄い、女子は口々に僕の陰口を囁き合う。混沌とした教室だったけど……けど、幸いまだ登古島さんは登校してきていない、今なら彼女にだけは知られないままで済む。
か細い期待を胸に潜ませながら、小突かれながらも僕は一人自分の席へと向かった。
一体誰がこんな酷い事をしたんだ、僕はともかく、登古島さんが可哀想だ。
僕はこの時まで彼女を守るつもりだった、きっと嘲笑に晒されて苦しいのは彼女だと。だから、彼氏になるであろう僕が彼女を守るんだ。そうだ、登古島さんさえ来てくれれば、彼女が僕を好きだと言ってくれれば。そうすれば、万事解決だ。
男子達の嘲笑は羨望に変わり、女子達の奇異の視線は好意へと早変わりする。
それだけの期待値が、登古島さんにはある。彼女なら、彼女さえ来てくれれば。
ガラリと教室の扉を開け、そこに立っていた女子へとクラス中の視線が集中する。
登古島ルエム、金髪を今日はおさげにした彼女が、そこにいた。
皆が一斉に質問攻めにするかと思っていたのだけど、その背後にいた人物に、皆の口が閉じられる。担任の先生と、教頭先生、学年主任の三人が、そこにいた。
静まり返る教室の中で、登古島さんは僕の横の席には来ずに、そのまま壇上に上がる。
どこか涙目になっている彼女は、無言のまま僕を睨む。
「え~、先生達はまだ見ていないのですが、今朝黒板に張り出されていた写真を知っている子はいますか」
一斉に皆が叫び始める。
僕がゴミ箱へと破り裂いて捨てたと。他にも手紙があるとか、僕が叫んでいたとか、全部。
「はい静かに! 瀬鱈君、ちょっとだけお話があります。職員室まで来てくれますか」
「……なんでですか」
「いいから、来なさい」
「先生~瀬鱈君に近寄るとバイ菌が感染りますよ~」
クラスメイトの男子の
誘われるままに従っただけで、僕から何一つ強要はしてないのだから。
ふん、と息巻いて先生と共に職員室へと向かうと、通されたのは職員室ではなく、生徒指導室だった。狭い部屋に、担任の先生と教頭先生、学年主任の先生に、僕一人。
登古島さんも来るかと思っていたけど、彼女は教室に残らされたみたいだ。
きっと、今頃みんなの質問攻めにあっているに違いない。僕が守らないといけないのに。
「まず、この写真についてですが」
「それは、登古島さんから誘われて、その恰好になりました」
嘘じゃない、それ以外の理由なんて何もないのだから。
「……本当は?」
「本当も何も、昨日僕は体育館に残り、体育係とバスケットボールをしまうお仕事を手伝っていました。けど、体育係の子がトイレ行きたいからって、それで」
「それで、誰もいなくなった体育館倉庫に登古島さんを連れこんで、襲ったってこと?」
「ち、違います! 何でそんな事を言うんですか! 僕じゃない! 登古島さんが誘ってきたんです! それに、きっと彼女は僕の事が好きなんです! だから僕はラブレターを書いて、今それで……」
思わずラブレターの事まで口走ってしまって、黙る。
「あのね、瀬鱈君。登古島さんは君に襲われたって言ってるの」
「……え」
「ラブレターを張り出したのは誰だか分からないけど、教室に入った途端に登古島さんは泣いて女子トイレに駆け込んじゃったんだからね? ああいう繊細な子だと、いきなりの手紙とかは気持ち悪いって思っちゃうものなのよ」
「そ、そんな、だって、登古島さんは」
「瀬鱈の妄想なんじゃないのか? そして、我慢出来なくて襲ってしまった」
学年主任のお爺ちゃん先生の言葉に、僕は怒鳴りつける。
「違う! そんな事を僕はしない!」
「とにかく、今回の事は奏夢君のお母さんにも報告させて頂きますから。お母さんが来るまで、このままこの部屋に教頭先生といなさい」
「違う、全部違うって言ってるじゃないですか! なんで信じてくれないんですか!」
立ち上がって担任に殴り掛かった僕を、他の先生が抑え込む。
「ほら見ろ! 警察も呼んでおけ!」
「ちくしょう! 離せ! 離せよ!」
どんなに暴れても、どんなに叫んでも、事態が好転する事は無かった。仕事だったお母さんが僕を迎えに来ると、先の三人に加えて校長先生を交えて話し合いの場を設ける事になり――
「今回の事は教育委員会へも連絡してあります。そこでお母さんにお願いなのですが、通級へと奏夢君を通わせる様に宜しくお願いします。精神や情操教育をきちんと学ばないと、彼の将来が危うい。同じクラスの子たちが奏夢君と一緒にいるのを怖いといっておりましてね――」
誰も僕の言う事を信じてくれないままに、僕は違う学校の通級と、今の小学校の二か所を通う事となった。五年生から六年生はクラス替えも行われない。僕は丸々二年間、周囲からバイ菌やゴミ扱いされながら小学校生活を送る。
「先生、奏夢君がこっちを見て気持ち悪いです」
「先生、奏夢君が臭いです」
「先生、――」
何も悪くない、僕は何もしていないのに。当の張本人である登古島ルエムは、皆から守られる様になり、常に僕から距離を取るようになった。
僕はクラスの席の列から外れ、一番後ろの孤島みたいな場所で授業を受ける。
体育の授業でも一人、給食をよそう事もしてくれない。
悔しくて、悲しくて、毎日泣いてた。
そして、小学校五年生の冬――。
「私、転校する事になったから」
放課後、昇降口で上履きに入れられてる画鋲を外していると、登古島が僕を見て言った。
珍しく一人の彼女を見て、僕はそれまでイジメられていた感情が爆発する。
「お前の、お前のせいで僕は!」
「……何よ、アンタがいけないんでしょ」
「なんで庇ってくれないんだよ!」
「庇う訳ないじゃない、クズ」
「クズって、なんだよ。お前が全部誘ったんじゃないか!」
「……何言ってるの? 変態」
「うああぁ……うあああああああああああぁッ!」
完全にキレた。裏切られた気持ちと、それまでの精神的苦痛が全身を支配して、目の前の女を殺したいと全力で願い行動する。――けど。
「やめなさい!」
ランドセルを放り投げて登古島へと殴り掛かろうとする僕を、どこかで見ていたのか、先生が抑え込む。大人の力に子供が叶うはずもなく、僕は泣きながら登古島の名を叫んだ。
「助けて先生! 瀬鱈君が急に襲ってきたんです!」
なのに、ここでも僕は悪者だった。何もしてないのに、僕は何も悪くないのに。
登古島のパンツが見たいなんて思った自分を恨む。
目なんか見えなくなっちゃえばいいのに。
愚かな僕の目なんか。
「――――痛い! 痛い痛い!」
その時だ、僕の目が疼き始めたのは。
先生に取り押さえられた衝撃か、僕の両目は痛み始め、血を流す。
真っ赤に染まった世界で激痛に耐えながらも、僕は登古島を見る。
醜く歪んだ笑顔を見せる、登古島ルエムの顔を。
――
次話「再会」
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