第29話 再会

 ……なんで、小学生の頃の夢なんか見たのかな。無駄にリアリティのある夢を見て、気分は最悪だ。当時の連中とは全員縁を切ったけど、それでも偶にすれ違うと奴等は感情を真っ黒にして僕を見る。


 もう五年も前の事なのに、今でも僕のあだ名はバイ菌なのだろうな。

 誰も僕の言う事を信じてくれなかった、クラスメイトが、人が、先生全部が憎かったあの時。


 でも、そんな僕が人生を諦めないで生きて来れたのは、この力があったからだ。

 誰にも見えない感情の色、それに注意して生きれば、僕は人から嫌われる事は決してない。


 スマホのロック画面を見て、僕は心を落ち着かせる。

 この前の遊園地の時に撮影した月葉とのツーショット写真は、今の僕の宝物だ。

 

 二人でペアルックをして笑ったあの日、大切な月葉と過ごした楽しい休日。

 僕の心は、順調に回復している。それに今は一人じゃない。

 

 月葉、隆、夏恵……渚砂さん、澄芽さん……それに、千奈も。

 信じられる友達が、彼女がいる今を、失いたくない。一人は、嫌なんだ。




「おはろ~! 我が最愛の彼ピッピよ!」


「朝からテンション高いね……おはよう、月葉」


 相変わらずの寂れた雰囲気を醸しだしている加茂鹿駅の入り口脇で、月葉が太陽よりも眩しい笑顔で僕を迎えてくれた。来ている制服は冬服へと衣替えをし、月葉も少し青めの厚めのブレザーに紺をベースにしたチェックのスカートだ。


 胸元の青いリボンが大きい晴島高校の制服は、雑誌にも特集が組まれるくらい可愛らしくて。夏制服よりも冬制服に人気が高まるのは、このデザイン性もさることながら、着こなす女子生徒がそれらを意識しているからこそなのだと、僕は思う。


 要は、可愛いって事だ。


「冬制服、似合ってるね」


「そういう奏夢こそ、ブレザー似合ってるよ……って、うきゃ」


 今朝の夢を思い出してしまったからか、焦燥感に囚われた僕は思わず月葉を抱き締める。

 こんなに細くて小さいのに、彼女から貰える勇気はどれだけ大きいのか。


 無言のまま抱き締めていると、月葉も僕の背に手を回す。


「どうしたのさ、急に」


「……ちょっと、怖い夢を見たんだ。それで……」


「夢……? そっか、怖かったね。よしよし」


 まるで子供みたいな言い訳をした僕の事を、月葉は優しく慰めてくれる。

 僕の弱い所の全てを、彼女なら受け入れてくれるかもしれない。


 僕の最悪の過去でさえも、彼女なら。





「おい、聞いたか奏夢っち。今日転校生来るんだってよ」


 一年三組の教室に入るなり、隆が僕達の所に来てこう言った。 


「転校生? そうなんだ、珍しいね」


「なんでも女の子らしいぜ? 偵察に行った奴等が言ってたから、間違いない。しかも金髪碧眼の外人さんなんだってよ! どうするよ奏夢っち!」


「どうするって、別に、どうもしないだろうに」


 リュックをロッカーに仕舞い、僕は今日の分の教科書類を手にして机へと戻る。

 月葉もロッカーに荷物を仕舞い込むと、そのままの足で夏恵の手を取り、僕達の所へ。


「隆君、朝からずっとこれなの。奏夢君からも言ってやってよ」


「うん、ちょうど今言ったところ」


「なになに? どうしたの?」


 月葉にも転校生の話をすると、彼女は「へぇ、外人さんなんだ!」ってちょっと大きな声で。


「えー楽しみだねぇ! その子と会話してればさ、英会話とか出来る様になるのかな!?」


「現地に住むと喋れるようになるってよく聞くもんな! どうする月葉ちゃん! 俺達toeic上位目指せちゃうかもよ!」


 きゃっきゃと喜んでいる月葉と隆を、冷めた目で見る夏恵さんが釘を刺す様にこう言った。


「そう思って渡米した人の半数以上が、コミュニケーションが出来なくて引き籠って帰国するってデータを、この前どこかで見たけどね。……それに、私がいるのにそんなので喜ぶなんて、減点です。減点20点です」


「え、ご、ごめん夏恵」


「ダメですー、罰として今日のお弁当は奏夢君と月葉にあげちゃいます」


 減点方式のお付き合いなのかって苦笑するも、その内容にちょっと驚く。


「お弁当? 夏恵さん手作りなの?」


「あ、うん、ウチ共働きだから。弟の面倒は私が見ないといけないくてさ、たまに料理するんだ。動画とかにも投稿してたりするんだよ? 女子高生の料理……見たことある?」


「……ごめん、見た事ない。でも凄いな、ねぇ月葉――」


「聞かないで! 私に家事を求めないで!」


 頭を抱え込んで蹲る月葉を見て、僕達は笑う。


「あはは、大丈夫だよ。ウチも片親だし、チャーハンとか野菜炒めとかなら作れるから」


「そんなこと言って月葉を甘やかしちゃダメよ? 昔からの付き合いだから分かるけど、月葉の料理は本当に危険致死レベルだから、練習しないと。ね、月葉」


「うぅぅ……食べるのは得意なんだけどなぁ」


「そんなの誰でも出来るでしょ」


「違いねぇ」


 先生が来たぞー! って誰かの声で、笑い合っていた僕達も解散する事に。

 隆はすぐ後ろに行くだけだけど、月葉と夏恵はちょっと離れた席だ。


 文化祭の片付けも完了した静謐な教室に、先生と一緒に一人の女子生徒が入室する。

 扉が開け放たれた瞬間、皆が口々にその人物に向けた感想を言葉にした。

 

『外人が来たぞ!』

『めっちゃ可愛い!』

『うわー綺麗ー!』

『目! 目が青いよ!』


 頭の中で今朝見た夢が、実際に起きた現実が混ざりながらリフレインする。


 軽やかに真っ白な足で歩く彼女は、青い瞳を細めてクラスを見渡す彼女は、染色ではない、本物の金髪をその身に宿した彼女は……今も変わらない、妖艶さと耽美な笑みを浮かべる彼女は。


 記憶の中、人生最悪の時間を僕に降した女。

 

「登古島ルエムと申します、先日まで父の仕事の都合で海外へと出ておりました。日本に戻って来たのは二年ぶりの事になります。皆様、宜しくお願いいたします」


 静まり返った教室内で、僕は彼女の視線から逃げる様に俯く。

 間違いない、彼女が戻ってきたんだ。

 僕の人生に於いて最も憎むべき相手。


 登古島ルエム、僕にこの目の力を宿らせた、張本人が。


――

次話「今は、違うから」

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