第25話 身近にいた人が、一番自分を理解していた件について
ピピピと鳴るアラーム音で目が覚めると、僕はいつもと同じルーティンの様にスマホの画面ロックを解除する。昨日の夜から僕の待ち受け画面には笑顔の月葉と、彼女の親友の夏恵さん、藤堂君と僕の四人が映った写真へと変更された。
この画面は変える事が許されない、なぜなら――
「四人ずっとこの画面ね!」
「え、私推しのままが良いんだけど」
「ダメ! この四人は離れちゃダメだから! しかも夏恵の推しってZTSのヨルシ君じゃん! 実在してるアイドルが待ち受け画面って恋人がいる身としてどうかと思う!」
「別に、良くない? ね、
隆君。藤堂君が下の名前で呼ばれるなんて、本当に珍しい。
名前を呼ばれた藤堂君は姫野宮さんと目を合わせると、ニカッて良い笑顔。
「俺は夏恵が良ければ、それで」
惚気だな、これは。
「ほら、彼氏公認だし、私はZTSのままにしま~す」
「えーダメだって! 奏夢からも何か言ってよ!」
文化祭の帰り道、電車を待つ時間がこんなに賑やかになるなんて想像もしなかった。
死んだ様に朝登校して、帰りはこんなに笑顔になっている自分がいるなんて。
「……そうだね、月葉の言う通りこういうのって大事だと思うから。今だけでもさ、変えようよ。友情の証みたいで、なんだか良いよね」
僕の言葉で、藤堂君……もとい、隆が「奏夢が言うんなら」って頷いてくれて。
それでも夏恵さんはイヤイヤって頑なに変えなかったけど。
けれど、電車に乗り込んで夏恵さんが隆と楽し気に会話をしている隙に、月葉がそっと変えてしまっていた。それを見て僕は思わず吹き出しそうになってしまって、慌てて両手で口を押さえる。
「あ、奏夢が笑った」
「……そりゃ、僕だって笑うよ」
「えへへ、だって、いっつも仏頂面してたし、カッコいいとこしか見せてくれなかったから。何だか新鮮で、てへへ、嬉しくて、ヤバイ」
「そんなに仏頂面してたかな……」
「してた」って、隆の声が。
「奏夢っちは何かにつけちゃ、僕がなんとかしなきゃ、って顔をするんだよな。別に頼んでもねぇのに手助けしてくれてさ。でも、そういうのってあまり必要ないと思うぜ? 助けが必要になったらお願いするだろうし、自分で解決する力も養わなきゃいけないと思うしな」
「……そんなの、初耳なんだけど」
「おう、言わなかったからな。悪い事では無かったし、どうにもならなくなったら俺が助けてやろうって思ってたしな」
「え~、それ私も思ってたんですけど」
隆、夏恵、月葉、僕の順で座っていたから、隆の言葉は全員に聞こえていて。
隆の気持ちなんて全然気づかなかったのに、同調した月葉はちょっと悔しそうに隆を見る。
「あ、やっぱり? さすが月葉ちゃん。奏夢って無理しがちじゃん? しかも節操無しに自分の身に会わない事でも何でも相談に乗ってさ。良い人、ってのは間違いないんだろうけど、あれじゃいつの日か自分を滅ぼすだろうなって、そう思ってたんだよ。だからじゃないけどさ、俺は奏夢に助けを求めたこと、一度も無かっただろ?」
「……うん」
「助けられてるばかりじゃ、友達って言えないしな。俺は奏夢と友達になりたかった、何だか面白いのがクラスにいるなって気付いた、入学式の日からずっとな」
嘘だろう、隆の言葉で、不覚にも泣きそうになる。
それまでの自分を全否定されているんだけど、隆の言葉が、月葉の言葉が、とても温かい。
僕のしている事は、間違ってないけど間違ってたんだって、二人に気付かされる。
自己犠牲だけじゃ上手くいかない、千奈もそれに気付いたからこそ、あの決断をしたんだ。
「私はそんな二人を慰める役なのです。ほれ、月葉」
「うにゃぁ~、夏恵の胸は柔らかいにゃぁ~……あ、そういえば隆君」
猫の様に甘えていたかと思えば、いきなり月葉は声色を下げて隆を睨みつける。
「な、なんすか」
「文化祭の買い出しの時、夏恵のおっぱい触ってたでしょ」
あ、そういえばそんな時もあったかも。今もなお夏恵さんのおっぱいに顔を埋めている月葉は、このおっぱいは私のなんだからね! って目で隆を威嚇する。顔を埋めて、両手でもにゅもにゅ揉みながら。く、女の子同士ってこんなのアリなのかよ。っていうか、結構大きい……。
「あれは事故でしょ、そんなこと言ったら月葉と奏夢君なんかもっと凄かったじゃない」
もっと凄かった。……キス、したんだっけ、僕達。思えばあの時辺りからアプローチはあったって事か。でも、僕はかなりひどい対応をしてたと思う。千奈の事で頭がいっぱいだった気がするし。……あれ? あの時って、何で悩んでたんだっけ。
一つ一つがしっかりとした思い出だったはずなのに、ゆっくりと記憶が消されていく。
時薬……かな、心が癒されて、絆されていくんだ。
賑やかな車内だったけど、加茂鹿駅に到着すると、僕は月葉と二人で電車を降りる。
車内に残る二人は幸せそうに手を振ってくれて。そして、僕は隣にいる月葉を見る。
明るい健康的な笑顔を見せる月葉は、僕の視線に気づくと、その身を寄せた。
「同じ駅だったんだね……ごめん、気付かなかった」
「ううん? 違うよ? 私はもう一個先の鶴亀駅」
「え、そうなの? じゃあなんで」
なんで、なんて不要だと、月葉の表情を見て思い知る。
彼女は僕の事が好き、どうしうようもなく好き。だから惚れろ、私に惚れろ。
そう、言ってたじゃないか。
きっとこれから毎日月葉は、僕に精一杯のアプローチをしてくるに違いない。
時薬が僕の心を癒す日よりも、月葉に癒される日の方が早く来る。
「どうせ一駅だから、走るのに丁度良いんだ」
「さすが陸上部、だね」
「……なんて、口実だよ。一緒に居たかったからに決まってるじゃん」
甘く幸せな一日は、なかなか終わる事がなくて。
そんな昨日を思い出しながら、僕は一人ベッドで思いふけ、そしてにやける。
スマホの画面は未来永劫変わる事はないだろう。
僕は毎朝月葉に癒される、月葉だけじゃない、親友と、その彼女に。
「さてと、そろそろ雲間駅に行こうかな」
精一杯のおしゃれをしてから行こう、月葉がガッカリしないように、隆に飽きられない様に。
スーツとかの方がいいのかな、革靴に、髪の毛も整髪料でがっちり固めて――
「その考え方が間違ってるんだよな」
「あはははは! 奏夢、ヤバイよその服装! 今日行くの遊園地だよ⁉ どこの雑誌のモデルさんかと思ったよ! ジェットコースターとか乗れるのそれ!?」
「えぇ、遊園地なんて聞いてないんだけど……」
隆はラフなTシャツにカーゴパンツだし、夏恵さんも袖だけフリルのついたトップスに短パン。そこから伸びる真っ白な足は、太陽の光を受けて眩しいくらいに光沢があって艶々してる。
爆笑してる月葉は肩出し細めの二ットにダメージジーンズと言った装いだ。
僕だけスーツに革靴。これで遊園地を歩くのか。キツイ。
「だから言っただろ、気にする必要なんかないんだって。自然体でいりゃいいんだよ。俺達に気を使う必要なんか一切ない。ねー、月葉ちゃん」
「そうそう、奏夢はそういう所から直さないとだね」
僕に直さないといけないところがあったなんて……そんなこと考えた事なかった。
でも、そうなんだろうな。今も見えている皆の感情は、それを肯定している。
――ふっと、月葉が突然僕の目を隠した。
「今の奏夢の目、前と同じ目をしてる」
「……そう、なんだ」
「うん、ずっと見てたから分かるよ。奏夢にはそんなの必要ない、奏夢は自分の為に生きればそれでいいんだよ。そこにちょっとだけ私を混ぜてくれれば、それでいい」
気づかされることが多い。知らなかった事が多い。
月葉と一緒にいると、新しい発見で自分が染まっていく。
「はいはい、そろそろ時間ですよ」
「あ、いくいく、待ってぇ~」
ともあれ、今日は楽しもう。
月葉と沢山の思い出を作りに、人生初の遊園地に。
――
次話「26.5話 楽しいひと時」
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