第23話 文化祭一日目、図書室:立花月葉視点

立花月葉

――


「あのね、立花さん」


「……はい」


「貴女、奏夢君のこと……好き?」


 図星の質問がいきなり来たよ、やっぱり近寄るなって事かな。

 うぅ……恋愛で人と揉めるなんて初体験で、どうしていいか分からない。


 沈黙してるけど、それって暗に肯定してるって事になっちゃうよね。

 だって好きだもん、惚れちゃったんだもん。


「……そっか、そうなんだ。ねぇ、奏夢君のどういった所が好きなの?」


 恐々こわごわと薄目を開けて青森先輩を見ると、彼女は腕組みして指をほっぺに当てていた。

 何か難しい事でも考えてる様な、そんな感じ。


「……? どういった所って……強いていうなら、全部ですけど」


「それ、答えになってない。気持ちは伝わるけど」


「あうぅ……その、夏休みの時に、彼に助けて貰ったんです。私陸上部なんですけど、長距離を毎日走ってるんですね。いって十五キロとか、その程度ですけど」


「十五キロでも十分凄いと思う」


「ありがとうございます。で、その日はとても暑かったんですけど……その、ちょっと無茶しちゃったんですよね。注意報も出てたのに、いつもの装備で出ちゃいまして……」


「それで、倒れた所を奏夢君に助けてもらったと」


「……はい。それまで、奏夢君の事は特別なんとも思っていませんでした。けど、その一件があって以降、変に意識しちゃって……。それで、段々と気持ちが、こう、昂るっていうか、止まらなくなってきちゃったっていうか」


 何で青森先輩にこんな事を喋ってるんだろう。

 多分今の私の顔は真っ赤に染まってる、だって熱いもん。


 うぅ、夏恵も何気ない顔しながら聞き耳立ててるし。

 あ、そっぽ向いたフリして耳だけこっち向けてる。

 わざとらしく髪をどけて耳を出してるし……くっそう、安全圏から傍聴するなよなぁ。


「それで」


「あ、はい」


「今はどうなの?」


「今はって……でも、青森先輩と付き合ってるんですよね?」


「……」


 沈黙。青森先輩が何を考えてるか検討もつかないよ。怒ってる感じじゃないし、何かを確かめながら模索してる様な、そんな感じ。もしかして、奏夢君の事を好きじゃないとか? もしくは、友人として好きとか。好きにも色々あるもんね、一概には言えないかも。


「付き合ってる、のかな。でも、私は奏夢君の事が好き。多分、彼も私の事を好きだと思う」


 淡い期待は泡になって消えましたとさ。何それ、惚気じゃん。

 めちゃ悔しいんだけど、何が言いたいの? 先輩だからって何でも言って良い訳じゃないし。


「……それを付き合ってるって言うんじゃないんですか」


 憎悪と共に喉仏の更に奥、喉地獄から声を出して青森先輩を睨む。


「でもね、私の好きって、本当に愛情って呼べるものなのかなって、ちょっと悩んでるの。バカみたいに人を好きになれればそれで良いのかもしれないけれど、それで一回失敗してるし」


「失敗……ですか」


「うん、この前救急車で搬送もされちゃったしね」


 眉をハの字にしながら、ちょっと困りながらも微笑む青森先輩は、やっぱり可愛い。


 あれって痴情のもつれって奴だったのかな、そういうのはご遠慮願いたいなぁ……って、もう遅いか。今まさに痴情のもつれって奴じゃん。


 でも、当事者になって分かった。これ、絶対に譲れない戦いなんだ。

 私も奏夢君の事が好き、青森先輩も奏夢君の事が好き。

 そして、奏夢君は青森先輩の事が好き。敗戦濃厚じゃん。ちくせう。


「先輩は、奏夢君のどんな所が好きなんですか」


「……全部」


「それ」


「あはは、冗談。やっぱり頼りになる所かな。一緒にいて安心するし、四六時中私のこと考えてるって言わなくても伝わるし……。でもね、漠然とした不安に襲われるの。奏夢君がいなくなったらどうなるのかなって。もし彼がいなかったら、私はきっと今ここにいないと思うから」


 ここにいない。その言葉の意味は、何となく理解できる。

 そしてそれを奏夢君は救ったんだ。


 ……一緒じゃん。私と同じなんじゃん。

 いつだって奏夢君は人を助ける、相手が誰だって関係ないんだ。


「……でも、私は」


 相手が誰だって関係ないからこそ、見えてくる弱さがある。


「私は、奏夢君の事を助けてあげたいと思っています」


 図書室の静けさは、今はない。直ぐ側を子供が駆けずり回り、学生時代を懐かしむ夫婦がほっこりとした空気を醸し出しているこの図書室で、私は彼を想う。


「奏夢君、きっと無理してるんです。私を助けた時も自分を鑑みないで、全力で助けてくれました。後で知った事ですが、私だけじゃないんですよね。クラスメイト全員が何かしらで奏夢君から助けて貰ってるんです。でもそれって、生半可なことじゃないと思いませんか?」


 真剣なまなざしで、青森先輩は小さくうなずく。


「彼がどうして人助けをするのかは分かりません。ですが、私はそんな彼の助けになれればなって、そう思います。……私、何か悩みごとがあると、いつもこの図書室に来るんですよね。ここって普段は静かで、空気が他と違うって言うか……安心するんです。奏夢君にとって、私がそういう存在になれたらいいなって、そう思います」


 助けられる関係じゃない、助け合う関係。

 それこそが、私が奏夢君と築き上げたい関係なんだ。


 誰にも、親友の夏恵にも言ったことのない想いを、私は青森先輩に言葉として伝える。

 自分の奥底に隠してた本当を曝け出したみたいで、とっても恥ずかしいけど。


 でも、これが私だから。


「(……それは、勝てないな)」


 ぼそっと何かを呟いた青森先輩の言葉を、賑やかな家族連れがかき消す。俯き落ちて来た前髪が青森先輩の表情を私から見えなくさせ、それから数分、言葉を交わす事はなくて。


 しばらくして顔を上げた青森先輩は、眉を下げながらも温かな笑顔を私に見せる。


「ありがとう、貴女に会えて良かった」


「……立花月葉です」


「うん、月葉ちゃん。これからも奏夢君を宜しくね」


 え? って言葉を言おうとした瞬間、青森先輩は立ち上がり伸びをする。

 これからも奏夢君を宜しくね? それって、どういう……。




「……やるじゃん」


「何もやってないよ……」


 青森先輩がいなくなった図書室のカウンターに、夏恵と二人で座る。

 ここから見える長机に、ついさっきまで私も座ってたんだけど。なんか、実感が湧かない。


「これでどうなるのか、見ものだね」


「だから、良く分からないって言ってるの」


 本で口元を隠しながら、目だけで笑う夏恵は何だか嬉しそうだ。

 今の会話で何があったのかなって、私には良く分からないけど。


「……あ、いけない! 私まだ仕事の時間だったのに!」


「あらそうなの。だから可愛いメイド服だったんだね」


「うきゃ、そういえば……! どうしよう、私この恰好で学校中歩いちゃったよ!」


 可愛いと言えば可愛い。フリルブラウスにペチコート付きの大きめのドレススカート。

 でもでも、私絶対にこんなの似合う女の子じゃないって!

 やっちまったぁ……あ、だから図書室なのに人が増えてるのか!


「くふふ、月葉のクラスの良い広告塔になったんじゃないの? ほらほら行った行った。看板娘がこんなとこでくすぶってたら、皆からどやされるよ?」


「……もう、一日目終了だよぉ……」


「あらら、そんな時間? じゃあ閉館の作業しないと。メイド服着てるんだから、手伝ってくれたりするの?」


「……する」


 私が邪魔しちゃったから、返却BOXも本で沢山だし。家族連れのお子様たちがとっ散らかした本があちこちに散乱してるし。これで手伝わないで帰ったら、後で夏恵に怒られちゃうよ。


――

次話「……浮気相手になってくれますか?」

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