第22話 後夜祭で、僕の隣にいる人は

 どんなに悲しくても、どんなに嗚咽と共に涙を流しても、朝は来る。


 太陽の光がとても眩しく差し込む僕の部屋は、目覚まし時計をセットしなくても自然と覚醒してしまうもので。けれど、目覚めたくない気持ちでいっぱいだった。


 無造作にシーツを泳ぐ手が掴んだのは、昨晩泣きながら握り締めたスマートフォン。そこに映る千奈とのトーク画面には、前日までの愛に溢れた言葉で満ち満ちているのに。しかし相手である千奈のマークは、真っ黒に塗りつぶされた『相手がいません』の文字。


 突然の出会いは、突然に終わりを告げる。

 こんなに苦しい思いをしなくてはいけないのなら、僕はもう恋愛なんかしたくない。


 誰も助けたくない、誰とも関りたくない。

 全部過去の僕の過ちが原因なのだから、このまま眠るようにして終わりを迎えたい。


 けれど、僕は学生だ。しかも学校は文化祭二日目、最終日。

 行かないとクラスメイトから恨まれるという情けない動機を胸に、僕は歩く。


「おっす! 奏夢っち! おは……よ、お? なんだよ、死んだ顔してるじゃねぇの」


「死んだんだよ、もう、僕は死んだんだ」


 泣きたい。学校なんか行きたくない。


 もし千奈の顔を見てしまったら、僕は一体どうすればいいんだ。

 昨日の朝に時間を戻して欲しい、心変わりした何かを僕は知りたい。


 僕が間違っているのなら直したい、その間違いに気付かせて欲しい。

 求めれば求めるほど遠ざかるなんて、残酷すぎる。


「おま、まさか……」


「……」


「そっか、何もいうな友よ。女なんざ星の数ほどいるさ」


「……その返しを知ってるかい」


「いいや?」


「どうあがいても、星には手が届かないって続くんだよ」


 届いたと思っていた。千奈は僕だけに微笑んでいてくれたのに。


 ぐじゃぐじゃになった心と目がリンクして、何だか右目がうずいてしょうがない。

 右目で少しほっとしている。左目まで物が見えなくなってしまったら、流石にキツイ。


 でも、キツイのは僕の心だ。

 千奈を失った悲しみで、力が入らない。


 なんど連絡しようと思ったことか。なんどドッキリを期待したことか。

 しかし連絡は来ない。待てど暮らせどスマホが鳴動することは無い。


 俯きふらつきながら歩く僕は、何かに頭をぶつける。

 柔らかくて、温かい何か。


「お、おい、奏夢っち!」


「……?」


 見上げると、そこには派手目なヘアスタイルを学校用に少しだけ落ち着かせた女性……瀬々木渚砂さんの姿が。腕を組んで僕を見る彼女の目に、僕はなんだか優しさを覚える。


 藤堂君とは別れ、僕と渚砂さんは通学路から少し外れた場所へと移動する。

 秋の紅葉が始まってきていて、街路樹も染まり始めているというのに。

 僕の心は、きっと真っ黒だ。


「まぁ、なんだ。アタシはアンタのこと気に入ってるからさ」


「……どうも」


「実際男らしいし、メンタリストだしな。頼りになるとも思っちゃいるが……まぁ、なんだ、その、なんだ……(ち、こういうの苦手なんだよな)……あれだ! 元気だせよ! な!」


「心の声が漏れてますよ。苦手なのにすいません」


「おう、まぁ、いいだろ」


 豪快な人だ。そして面倒見の良い人。

 親友である千奈と別れたばかりの僕を気遣って、わざわざ来てくれたのだから。


「昨日な、千奈の奴も大泣きしててな」


「……そう、ですか」


「でも、このまま一緒にいたら自分がダメになるって言っててな。成長したいって言ってたんだよ。千奈も千奈なりに悩みぬいて出した答えみたいだから……その、なんだ。すまん、許してやって欲しい」


 たどたどしくも語る渚砂さんの言葉に、ぶつける場所がなかった感情が沸き上がる。

 当たった所で何もならない、どうにもならない、けど、叫ばずにはいられない。


「許すって、なんですか。僕と千奈が惚れ合うのに、許しが必要だったって事ですか。僕は全部捨てても良いと思ってた、千奈の為なら死ねるって思ってたんだ。なのに、いきなり目の前から消えて、しかもそれを許せって……許せる訳ないですよ! 何をどうしたら許すって言葉が出てくるんですか!」


 絞りだす様な僕の叫びに、渚砂さんは抱擁で応える。


「……そういう所だよ。お前と千奈は平等じゃないんだ」


 平等じゃない、男女関係が常に平等じゃなきゃいけない法律なんかあるはず無いのに。そんなの、僕のどうでもいい煽りにしか過ぎないって分かってる。千奈が決めたんだから、きっともうそれは変わらない。僕とは一緒にいられないって、千奈が決めたのだから。




 文化祭の二日目、僕のクラスは昨日に引き続き大盛況のままに終わりを迎えようとしている。


 僕は買い出し以外手伝ってなかったけど、藤堂君と姫野宮さんが考案したオリジナルメニューが思いのほか大好評だったらしく。昨日からのリピーターも生まれる程だった。


 そして、僕はなんとなく二人の距離が近くなっている事に気付く。

 告白はしていないらしいが、何となく甘さを感じる。

 距離感が、壁が無くなったって感じかな。


「カルピスに牛乳を混ぜただけなんだけどな」


「子供の頃飲んだよ、甘ったるい感じだったけど」


「そこに姫野宮さんがレモン汁を混ぜたんだよ。ラッシーに早変わりって奴だ」


「へぇ……千奈が知ったら喜びそうだ」


 言葉にして、項垂れる。

 無意識だった、無意識で出て来てしまった。

 

 僕を心配して渚砂さんも元気づけてくれたと言うのに……つまりそれは、千奈と僕の別れが確定したって事なのに。諦めきれるはずがない、だって昨日まで僕は千奈との未来しか考えてなかったんだ。なのに、どうして。


「……ま、いくら考えてもしょうがねえべ。外でキャンプファイヤーやるってよ。多分ウチのクラスが売上ナンバーワンだろうから。その、なんだ、上手くいえねえけど、元気だせよ、な」


 無理って一言を残し、僕は重い腰を上げた。




 二日間の文化祭は後夜祭を持って幕を閉める。文化祭運営委員会の音頭で櫓に火が灯されると、そこら中から歓声が上がり、赤々と燃え上がる炎を囲み、それぞれ談笑に花を咲かす。


 僕はその炎を少し離れた丸太の上に一人座り、顎に手をついて眺める。

 千奈と見たかった。僕の横には千奈が絶対に座ると思っていたのに。

 見れば、藤堂君は少し離れた暗がりで姫野宮さんと二人で、仲睦まじそうに座っている。


 千奈の姿はどこにも無くて、多分、学校を休んだんだろうなって、勝手に妄想した。

 大好きだった、心の底から。誰に何を言われても変わるつもりは無かったのに。


「……ねぇ、隣、空いてるの?」


 声を掛けられ勢いよく振り返ると、そこにいるのは千奈じゃなくって……立花さんだった。


「そんな、あからさまに落胆しなくても」


「……すまない」


「いいよ、気にしてないから」


 お邪魔しますって言うと、立花さんは僕の横に座る。綺麗な炎だねって語る彼女の横顔を見る事ができなくて、僕は空返事を返しつつも、視線は地面。楽し気に文化祭を語る立花さんの言葉は耳に入らない、けど、ここの部分だけは、僕が知りたかった部分だけは強烈に鼓膜に響く。


「あのね、昨日の事なんだけどさ」


「……うん」


「私、青森先輩とお話ししたんだ」


「……千奈と? 一体何の」


「私が、奏夢君の事を好きなんじゃないのかって」


 わっと歓声が上がる。どうやら売上一位の発表で、僕達のクラスが選出されたらしい。

 僕は茫然としてたけど、立花さんは軽く拍手を送って、そして言葉を紡ぐ。


「立花さんが、僕を?」


「私さ、卑怯な事はしたくないんだ。だから、素直に言うね。その上で判断して欲しいと思ってる」


 無言のまま炎に照らされる立花さんを見て、僕は小さく頷く。


「私は、奏夢君の事が好き。奏夢君が覚えているかどうか分からないけど、君は夏休みに私を助けてくれたんだ。それで、もう一目惚れだった」


「……覚えてる、けど、あれは」


「うん、分かるよ。いつもの事なんでしょ? でもね、普通は出来ないんだよ。手を差し出す事も、誰かを助ける事も。そして奏夢君は青森先輩の事も助けた。どんな事があったのか分からないけど、青森先輩はとっても嬉しかったんだって……そう言ってた。それでね――」


 立花さんから語られる言葉は、昨日僕が彼女を見失ってからの出来事で。

 それを聞いて、僕は千奈の本当の選択を知る事となる。


――

次話「文化祭一日目 立花月葉視点」

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