第21話 千奈の告白
瀬鱈奏夢
――
文化祭初日は数多のお客さんを捌くのに精一杯で、午前午後、共に大忙しだった。こんな片田舎の高校の文化祭に、なんでこんなにお客さんが来るの? って疑問が湧くほどに。他校の見学者や、父兄の方々がほとんどなのだけど、中には取材の人とかもいたらしく。
「俺、インタビューされちった!」と、藤堂君が笑顔で報告してくれた。
僕としては、本当なら午後から千奈と二人で回りたかったのに。
途中で居なくなってしまった立花さんの穴埋めで、僕は一切動くことができず。
SNSで千奈に連絡を入れるも、既読が付いたのは文化祭の終わり間近の午後三時。きっと向こうも忙しかったんだろうなと思いながらも、それなら一緒に店番とかして楽しみたかったと思い、少しだけ立花さんを恨む。
これなら学年売上トップも狙えるかもしれないってクラスメイトが躍起になっている中、僕は一人そそくさと退場して二年三組へと足を運んだ。
冨樫の一件があったから、僕から千奈のクラスへ足を運んだ事はない。けど、もう僕達が付き合っているとバレても問題ないだろうし、同じクラスに渚砂さんもいる。何かあっても問題ない、意気揚々と大股で彼女のクラスへ向かうも……千奈の姿は無かった。
「千奈の奴、店番の時間になっても戻らなかったんだよね。アタシはてっきりお前さんと二人でしっぽりしてんのかと思ってたけどさ。見つけたらお説教するつもりだったんだけど……どうやら、違うみたいだね」
「そう、ですか。ありがとうございます」
ぺこりお辞儀をして二年生のフロアを去る。来た時の様な大股ではなく、とぼとぼと小股で。
用事ってなんだったのかな、冨樫はもういないし、千奈の周りに変な男はいないと思うけど。
その後も旧校舎周りや、体育館裏等々、何か事件がありそうな場所を見て回るも、平和そのもので。生徒のほとんどが帰宅してしまった校舎に延々と残る訳にもいかず、僕は重い足取りのまま、昇降口まで戻る。
ふと気になって、千奈の下駄箱をぱかりと開けた。
「……あれ、千奈の上履きがある」
つまり、千奈は既に下校していたということだ。一番最初に見れば良かった、そうしたらいつまでも学校なんかに残らなかったのに。スマホを見るも、相も変わらず着信も通知も無し。役に立たないなって心の中で思いながらも、僕はリュックを背負い校門へと向かう。
また何か問題事に巻き込まれてるのかな。一緒に文化祭回りたかったな。
ぐるぐるとめぐる思考はバターになってしまう程。
はぁと大げさにため息を吐き、朝は千奈と二人で見た綺麗なアーチを抜ける。
「ため息は幸せを逃すよ?」
ふいに声を掛けられて、僕は視線を校門裏に隠れていた人物へと向ける。
僕よりも背の小さい、けれど大人びた彼女は、夕陽に照らされて赤に染まる。
「……誰のせいでため息を吐いたと思ってるんですか」
「さぁ? 誰でしょうね」
普段とはちょっと違う、意地悪な笑顔を浮かべる彼女。
青森千奈、相も変わらず彼女は可愛らしい。
「店番の時間になっても戻らないって、渚砂さんも怒ってましたよ?」
「あはは、うん、もう怒られ済み。でも、理由を説明したら許してくれたよ」
「……そうなんですか」
「うん」
その理由ってなんですかって聞きたかったけど、僕はそれよりも先に彼女の温もりを味わいたかった。今朝もしたように、千奈の体温を味わいたい……そう思って手を差し出すも、千奈は一定の距離を保ったまま、笑顔のまま。
「理由、聞かないんだ?」
「……後で聞きます、けれど、今は一緒にいれなかった寂しさを紛らわそうかと」
「ふふ、奏夢君、まるで子供みたいだ」
無邪気な笑顔をふりまく彼女だったけど。
奏夢、君? 今までずっと呼び捨てだった僕の名に、敬称を付ける違和感。
「でもね……ねぇ、奏夢君」
「……はい」
「私たちってさ、浮気の関係だった訳じゃない?」
「そう、ですけど、今は違いますよね」
「今も……変わらないよ」
寂し気な笑顔を浮かべながら、千奈はこう続けた。
「奏夢君には沢山助けられた。今こうして私が生きているのも、奏夢君のおかげ。襲われた時にも助けてくれたし、本当に感謝しかないって、今も思ってる。けど、私達は
彼女が何を言おうとしてるのか、僕には理解できなかった。
今朝までは、こんな事を言う千奈を想像する事は無かったのに。
「ズルイ女なんだよ、私は。いつだって逃げたくて、簡単な方へ行ってしまって。難しい事から逃げて、助けになってくれる奏夢君にはずっと甘えてしまって。……あのね、今も私は君の事が好き。でも、それは愛してるって感情じゃない、憧れみたいなものなんだ」
憧れでいいじゃないか。求めれば良いじゃないか。
なんでそんな達観してる様な目で僕を見るんだ。
「感情が色で見える君に憧れて、少しでも近づけないかなって。でもね、奏夢君には私よりも相応しい人がいるって、気付かされたんだ。……結構、悩んだ。本気で悩んだ。文化祭の店番をサボっちゃうぐらいに、ずっと悩んだんだ。それで、出した答えが――」
「聞きたくありません!」
さえぎるように、僕は叫ぶ。
「そこに僕の感情はありますか!? 千奈の言う言葉の中に、僕の千奈への愛情は、好きだっていう気持ちは含まれているんですか! 浮気から始まる恋があったって良いじゃないですか! 憧れだっていいじゃないですか! 僕だって、僕だって――」
一歩近づいた千奈は、人差し指一本。僕の唇に当てる。
瞳に輝く涙を見て、彼女の心の色を見て、言葉を止めた。
「……ありがとう。でもね、もう、決めたから」
ばいばい。
耳にその言葉を残し、彼女は僕の下を去る。
燃える様な夕陽は、いつしか淡い光の月光へと変わろうとしているのに。
僕はその場から動く事が出来なくて、ただただ理解する事が出来なくて。
スマホの通知音で慌てて画面を見ると、そこには『千奈が退室しました』と表示されていた。
「……いいのかい」
「うん」
「アタシには、そうには見えないけどね」
ボロボロと落ちる涙が止まらなくて。
ああ、本当に好きだったんだなって、別れを告げてから思い知らされる。
でも、本来私達は出会うはずが無い二人だったんだから。
突然の出会いは、まるで映画みたいだった。
いきなり海に連れてかれて、想いを叫んで。
だから、終わりも突然。
「……ひっく」
「はいはい、泣かない泣かない」
「…………ムリぃ」
「ったく、海でも行くかい?」
「……うん」
このまま一緒にいると、卑怯な私は絶対に奏夢君に甘えてしまう。
それをきっと、彼は笑顔で受け入れてくれるけど、重い負担になるに違いない。
感情が見えていると知っている私は、彼の秘密にどこまでも甘える。
奏夢君の右目が見えなくなったのも、私のせいなんだ。
立花月葉。
図書室で話しをした僅か数分で、彼女の見ている奏夢君との未来を知った。
私じゃ、あの未来は描けない。
きっと彼女みたいな人の方が、奏夢君には相応しい。
願わくば、彼の秘密を知ることなく、恋愛成就して欲しいな。
私は……ダメだったから。
――
次話「後夜祭で、僕の隣にいる人は」
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