第20話 立花月葉、気付かれた想い。
教室に戻るなり、藤堂君に「お前どこ行ってたんだよ!」と怒鳴られることに。
確かに時間はオーバーしてしまったけど、大事な用事だったんだよ……言えないけど。
「凄い内装だよね、教室だって思えないよ」
既に渚砂さんと二人で席についていた千奈が、僕を見て笑顔で話しかける。
確かに凄い、床は赤い絨毯が敷き詰められているし、天井も天蓋が掛けられていて、蛍光灯の光が少しだけ柔らかい光へと変貌している。耐熱セロファンを貼ったとかで、色自体も僅かだが黄色い。
テーブル掛けも絨毯に合わせた赤い質感の良い物を使用しているし、使用しているお皿も何だか意匠が施されていて。パッと見て普通のオシャレな喫茶店と言っても過言では無い程だ。
「これ、手描きなんだ。えー凄い、私達が作ったアクセサリーが霞んで見えちゃうね」
「あぁ……それ、確か立花さんが描いたんだよね。ね、立花さん」
僕の側にいた彼女の名を呼ぶと「ひゃい!」って声が。
頬を赤らめながら近寄ってきて、もじもじしながらも僕の横に立つ。
「あ、あ、あの、私、こういうのあまり才能無くって」
「えー? そんな事ないよ。凄いと思う、売り物にしたら売れるかもよ? 今度描き方とか教えてよ、私もこういうの描いてみたいと思うから……ダメ?」
千奈の作ったハーバリウムボールペンは、今も僕の胸ポケットに刺さっているけど。これだって負けてないと思う、おもむろに手に取って、カップと見比べてみるが……うん、こっちも十分可愛い。
「あ、そのボールペン使ってくれてるんだ。えへへ、何か嬉しい」
「千奈から貰ったものだからね、大事にしないと」
他にもアクセサリーとか作ったみたいだけど、そちらは未だ見たことが無い。けれど、千奈が作ったアクセサリーならきっと可愛いし、もう売り切れてるかも?
その時、ふと視線を感じた。
僕の手にしていたボールペンを見ている立花さん。
「……青森先輩から、貰ったんですか」
「うん、貰ったんだ。欲しかったら二年三組で売ってると思うから……買ってきてあげようか? 午後から僕もそこに行くつもりだし、他にもアクセサリーとかあると思うし」
「あ、ううん、いい。大丈夫だから。えっと、その……邪魔してごめんなさい」
ペコリお辞儀をして側を離れる立花さんは、メイド服のまま廊下へと向かってしまって。他のクラスメイト達が「あれ? 月葉は?」ってちょっと迷惑そうにしていたのを、僕と千奈は耳にする。
どうしたんだろう、まだ交代の時間じゃないのに。
それに、立花さんの色は黒だった。染まりきった黒じゃなかったけど。
「……私、ちょっと行くとこ出来ちゃったから、行くね」
「え、あ、うん、分かった」
席を立つ千奈を見て、渚砂さんも「お、じゃあアタシも行くか」って後に続くのだけど。
「ごめん、渚砂、ちょっと一人行動させて貰っていい?」
「……なにさ、また何かトラブルか?」
「違うよ、大丈夫だから」
はにかみながらその場を去る千奈は、少しだけ僕を見て、そして廊下へと姿を消した。
なんだアイツ? そんな事を言いながら、渚砂さんはテーブルに残るマシュマロを摘まむ。
☆立花月葉
二人の距離はとても近かった。手作りボールペンを渡してしまうくらいに仲が良かった。
この前の事件の時、運ばれた女子生徒が誰だか私には分からなかったけど。
きっと、救急車で運ばれたのは青森先輩なんだ。
そして、救急車に乗り込んだ男子生徒は奏夢君で……二人は間違いなく付き合っている。
まだ一時間はウェイトレスをしないといけなかったのに。
奏夢君と一緒に仕事できるって、自分で選んだ時間だったのに。
「……文化祭中ですよぉ」
「夏恵……私、私……」
「……うん、おいで」
一般開放された図書室で、一人司書をしていた夏恵に、私は泣きつく。
本当に大好きだったから。夏恵から「それ、吊り橋効果じゃないの?」みたいに言われたりもしたけど、嘘じゃないぐらいに大好きだったから。授業中も後ろ姿をずっと見つめてて、それだけで幸せになっちゃうくらいに大好きだったのに。
好きの気持ちがどんどん高まって、大好きって気持ちにレベルアップして。
そこで終わっちゃうのが悲しくて……大好きな人には彼女がいるって、こんなに辛いんだ。
あの二人の隙間に私じゃ入れないよ。
遅かったのかな。もっと早く動いてれば良かったのかな。
間違ってるのは私なのかな、好きになっちゃいけない人だったのかな。
「……月葉」
慰めてくれる親友がいてくれて本当に良かった。
逃げ場所がなかったら、教室で泣いちゃうところだった。
結局、私はここに来てしまう。
安心する親友のいるこの場所に。
「……うん、夏恵、ごめんね、仕事中なのに」
「いいよ、月葉に頼られるだけで、私は嬉しいから」
「……ありがとぉ」
必死になって止めてた涙が、ぼろぼろ溢れて来る。きっと、涙の数だけ好きって気持ちなんだ。だから、流して消えてしまうなら、どこまでも流してしまおう。大好きだった彼を忘れてしまう程に、沢山泣こう。
……けど。
「夏恵ぇ~、無理だぁ~!」
「ちょ、ちょっと、月葉」
「忘れられないよぉ! だって大好きだったんだもん! 諦められないよぉ!」
「ここ、図書室」
「生まれて初めて好きになったの! なんで私まだ、何にも出来てないのに!」
親友の肩を掴んでがっくんがっくんさせていると「あのぉ」って声が。
いけない、我を忘れて叫んじゃってた。
今は一般開放されてるんだから、親御さんたちもいるのに……って。
「ごめんね、後、付けてきちゃった」
「……青森、先輩」
「ちょっとだけ、お話、いいかな」
こてんって首をかしげると、肩ぐらいまでの髪がしゃらんって揺れる。
綺麗で可愛い人だな、こんな可愛いと恋愛で苦労しないんだろうな。
私は夏恵に見守られながら、近くの席に座る。
幸い今日は文化祭、図書室も親子連れで賑わっているし、会話くらいなら問題ない。
青森千奈さん。
晴島高校二年三組の先輩。
そして、奏夢君の彼女さん。
私は、この人を相手に何を言われるのだろう。
気持ちに気付かれちゃったのかな。
近づかないで、とかかな。
……うぅ、まだ傷心なので、軽めのジャブでお願いします。
「あのね――」
――
次話「千奈の告白」
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