第17.5話 姫野宮と立花さんの頑張り
立花月葉
――
図書室で勉強を教えて貰ってから数日、奏夢君は何かに考え込む様になってしまっていて。話掛けようかと思ったけど、目に見えて何かに落ち込んでいる彼にどう接していいか分からないままに、お昼時間になると私はいつもと同じ図書室にいる相方の下へと逃げ出してしまう。
「ここに来たって恋は発展しないよ?」
「分かってるけどさぁ、瀬鱈君、なんか最近凄い落ち込んでるみたいだから」
「だったら月葉が慰めてあげればいいのに」
「だって、緊張しちゃうし。同じクラスなんだもん、失恋しちゃったら耐えられないよ」
「毎日顔を合わす訳だもんねぇ」
おかしい、いつもならもうちょっとおっとりした感じの夏恵のはずなのに。あれ? よく見たらこの子メイクとかしてない? うっすらといい香りもするし、なんだか垢ぬけてるような。
そういえば、この子は文化祭の役割っていう口実を利用して、何回か藤堂君と一緒に買い出しに行ってるんだ。いいなぁ、好きな人と街に行って買い物なんて、憧れちゃう。
「ねぇ、夏恵、貴女藤堂君と何かあった?」
「……ふぇ!? な、なんで急にそんなこと言うの? な、ななな、なにもありませんが?」
「いやいや、その慌て方はダウトでしょ。正直に白状しないと、この場で夏恵が藤堂君のこと好きって大声で叫ぶよ?」
文化祭間近とはいえ、図書室には中間テストの勉強に来てる生徒でちらほらと席が埋まっている。今私が叫べばきっと学年中に夏恵の想いが知らされる事になるんだ。絶対にそんな事しないけどね。
「やめてやめて……でもね、本当に何もないの。最近の藤堂君、瀬鱈君と同じように何か物凄い落ち込んでるの。一回目の買い出しの時にも学校に戻らなかったみたいだし、二回目以降は何かに怯える様になっちゃってね。私を見てもすまない! とか言っちゃって、さっぱりなんだ」
「なにそれ……ねぇ、次の買い出しはいつなの?」
「今日も行くよ? ……あ、月葉も来てくれるの?」
「えへへ、だって、材料ないと教室デコれないし。それに人数いた方が沢山持てるでしょ?」
「その心は?」
「私も瀬鱈君と買い物行きたい!」
「正直で宜しい。でも、図書室ではお静かに」
こうして私達は四人で買い出しに向かう事になったのだけど。夏恵の言う通り、二人の落ち込み具合が半端じゃない。ずっと俯いてるし、暗い何かが伝染してきちゃいそうなくらい沈んでる。瀬鱈君はそこまで明るい子じゃなかったけど、歩くお調子者ってイメージがある藤堂君までこれじゃ、全く楽しくない。
うん、こういう時は私達が楽しい雰囲気を作り出すべきだよね。
ちょっと強引かもしれないけど、ボディタッチは有効なはず。
「きゃ、電車、結構揺れるね」
夏恵と打ち合わせした通り、電車の揺れに合わせて私は瀬鱈君の腕にしがみ付く。
高校生なんだもん、くっついたりしたら少しは意識してくれるよね?
「そうだね、揺れるね」
えぇ? 無反応なの? ちょっとこれかなり重症じゃない? おっかしいな、一応頑張ってくっついてるつもりなのに。そっか、あの青森って先輩が色気仕掛けしてるから、これぐらいじゃ通用しないんだ。
あの人可愛いし胸も大きいもんね……私は、陸上部だから、ね。大きい胸なんて邪魔だし。いらないし、きっとまだ成長するし。貧乳だからって需要が無い訳じゃないし、きっと瀬鱈君はこういう手のひらで収まる方が好きに決まってるし。まな板じゃないし。
あ、ダメだ、自分で妄想してて涙が出てきそう。
「藤堂君……」
え、えぇ!? なんで藤堂君の手が夏恵のおっぱいにあるの!? あれって鷲掴みじゃん! いや力は入ってないみたいだけど、そこまでするの!? 夏恵って凄くない!? ちょっと、流石の藤堂君もこれには意識……してねぇ! それどころか慌てて離して「ごめん」って謝ってる!
いや、それが正しい反応なんだけどね。
女の子のおっぱい触ったらごめんなさいだよね。
「藤堂君、最近何か悩んでるよね」
「……え、そう見えます?」
「うん、買い出しから戻らなかった時から、ずっと暗い顔してる。何かあったの?」
おお、夏恵が突っ込んで聞き始めた。私も瀬鱈君に訊くべきかもしれないけど。
今は、ちょっと聞き耳を立てておこうかしら。
「ごめん、ちょっと言いづらくって。何て言うか、俺ってダメだなって」
「ダメ? ダメな部分なんてないけど……ううん、いいよ。言いたくなったら何でも相談してね。私で良ければいつでも空いてるから」
「……ありがと、姫野宮さんって、優しいよね」
藤堂君の言葉で、夏恵の顔が一瞬で真っ赤になった。いいなぁ、恋してるなぁ。藤堂君は気付かなかったのかな? あんな可愛い表情してる夏恵を見たら、私ならそのままキスとかしてくなっちゃうけどね。
あ、いけない、夏恵のことばかり見てるだけじゃなかった。私は私のことしないと。
「って、うわ」
電車がカーブに差し掛かって、私達の身体がふわっと流される。
奏夢君の腕に掴まっていた私は、そのまま重力に従い、そして。
「――っ!」
奏夢君って結構身長あるんだよね、170cmはある。男子の中では中間くらいだけど、私達女子から見たらそれだって大きい。だから、お互いの体勢が斜めになった時でもない限りこうはならないはず。ならないし、こんなのが最初ってどうなのって思う。
慌てて口元へ手を持ってきて、私は自分の体温が上がっていくのを感じた。
くっついちゃったよぉ! ふにゅって唇が、奏夢君の唇にぃ! やだ、ファーストキスだったんだけど!? 最初は遊園地のパレード見ながらとか、花火大会で花火見ながらとかが良かったのにぃ! 電車の中で買い出し途中に揺れて失うとかバカじゃん! 私超バカじゃん! でも嬉しい! キスしちゃったよぉ! あ、夏恵も見てる! 私やったよー!
「……あ、あの、ごめんなさい」
ご、ごめんなさい、って、なに。私とキスしたのに謝罪なの。え、謝罪だけ? もっと顔を赤らめたり、そういうのは無いわけ? なんで奏夢君平然としてるの? あ、ちょっと、なんで腰に手を回してくるの? 近い、近い近い近い! 二回目したらそれはもうハプニングとは言えないよ⁉ いいの!? うん、私はいいよ! ばっちこい!
「さっきも僕にぶつかってましたもんね、もっと早く支えてあげれば良かったです」
「さ、支える……別に、大丈夫だし」
「いえ、他の人とぶつかってしまっては、彼氏さんに申し訳ないですから。さっきのは、僕と立花さんの秘密にしておきましょう、内緒って奴です」
……彼氏? 彼氏って、誰? え? 私彼氏いるの? いや、いないし。
あ、でも、奏夢君に抱き締められてると、これはこれで幸せでいいかも。
胸板、意外と鍛えられてるんだなぁ。少し伸びた髪型もカッコいいし、性格も良い。
勉強もできるし、優しいし。とてつもなく優しいし。
奏夢君、彼女とかいるのかな。青森先輩と付き合ってるのかな。
でも、最近は一緒にいないみたいだし、きっと私にもチャンスはあるよね。
だって、今とっても幸せだもん。この幸せ逃したくないよぉ……。
――
次話「御堂中澄芽」
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