第17話 色々と大変な後処理

 赤色灯を点灯させたパトカー数台と救急車が旧校舎に横づけされると、それを新校舎から何百という生徒が物珍し気に眺める。僕は千奈の顔が見えない様に隠してあげて、担架で運ばれる彼女と一緒に救急車に乗り込んだ。


 瀬々木さんが「私も」って言ってたけど、彼女には残ってもらい警察への説明をお願いした。先生も目撃者ではあるけど、多分彼女の方が詳細を把握している。


 代わりではないが、付き添いには女性の先生も同行する事になり、それで席がいっぱいになってしまったというのも理由の一つ。僕は横になった千奈の手を握りながら、僕が把握したこれまでの事を彼女に伝えた。


「……そっか、渚砂じゃなかったんだ。良かった……」


「うん……瀬々木さんって、凄く良い人だよね。千奈の事を心配してくれてたみたい。僕の事も事情を知らなかったからしょうがないけど、ずっと敵だと思ってたみたいだし」


「あはは、ふふ、渚砂らしいなぁ。……そうだよね、渚砂があんな事する訳ないよね。もっと信じないとダメだったなぁ。今度顔合わせたら、何か沢山怒られそう」


「その時は、僕も一緒に怒られるよ」


「……うん、お願いね。渚砂、結構怖いから」


 検査を終えた病室で、僕達は少しだけ笑顔を取り戻す。不幸中の幸いと言うべきか、千奈は服を脱がされただけで、情事には及んでいなかったらしい。


 冨樫は音楽室に千奈を呼び出したあと、目隠しをして気絶させ、一人で防音室に運んだ。

 周囲から隔離されたあの場所でしようとした時に、僕達が殴りこんできたらしい。


 だからって全部が良い訳じゃない、冨樫がした事は絶対に許されない行為だ。

 退学は間違いないし、少年院からそのまま刑務所へと移されるに違いない。


 奴の事はどうでもいい。もう、終わった事だ。

 それよりも、僕は千奈から衝撃的な一言を伝えられる事に。


「え、僕のこと、好きじゃないって」


「ごめんなさい」


「え、あ、う、うん。そ、そうだよね、うん」


 実は好きじゃない、千奈から語られた言葉に一瞬目の前が真っ暗になった僕だったけど。


「でも、ゆっくりと好きになろうと思ってる」


 ベッドで横になっている彼女は、僕の手を取っていたずらに笑みを浮かべる。

 彼女に引き寄せられて、優しいハグに包まれる……これで今は十分だ。


 自分で言った言葉だ、好きの気持ちは直ぐには変えられない。

 ゆっくりと好きになってくれれば、それでいいって。


「奏夢の眼……」 


「あ、うん、あまり良く見えてないんだ。右目だけね、なんだか、視力が悪くなったみたい」


 本当の事を言うと、視力が悪くなったどころの話ではない。

 あの時以降、僕の右目は失明に近い状態にある。


 景色を失ってしまった僕の右目だったけど、感情を見る力だけは強化されていて。


 左目を押さえると、僕の景色は感情の色だけの世界になる。

 真っ暗な世界に、人の数だけ感情が浮かび上がるそれは、中々慣れる事が出来なくて。


 今は、眼帯で右目を見えない様にしてる。

 それに色も変わってしまった、僕の右目は黒目の部分が完全に灰色だ。


「何だか中二病っぽいよね。片方だけって、オッドアイじゃん」


「……眼帯でもカッコいいよ。その目があったから私は助かったんだから」


 千奈に引き寄せられて、僕達は再度お互いの体温を確かめ合う様にハグをする。


 僕達の関係はこれからなんだ、やっと冨樫から解放された彼女を、今度は僕が守り続けないといけない。浮気相手じゃない、ちゃんとした彼氏として。


 四年の月日を掛けた冨樫への思い出は、千奈の中に沢山眠っていると思うけど。僕と千奈の時間は四年なんてもんじゃない、無限に近い時間があるのだから。全て塗り替えてしまおう、冨樫なんて千奈の記憶の片隅にすら残しはしない。全部、僕で塗り替えてみせる。




 冨樫の逮捕事件から一週間、しばらくは学校の話題は退学になるであろう冨樫で持ち切りだったけど。僕達は学生なんだ、他にやるべき事が沢山ある。一日だけ入院した千奈も無事退院して、襲われた事でメンタルケアの為にクリニックに通う事になったみたいだけど、それでも僕を見ると以前と同じように微笑んでくれて。


 あの後、僕の家に千奈の両親から感謝を告げる連絡があったらしい。母親が出てしまったから詳細は不明だけど、でも、また家に来て欲しいみたいな内容だったとか。


 またって部分が引っ掛かったけど、多分千奈じゃなくて妹の月奈ちゃん辺りがバラしたのだろう。でも、それも良い方向にいってくれたのだから、タイミングはある意味最高とも言える。


「奏夢、来てくれたんだ!」


「たまにはお迎えに行かないとかなって」


 幅枚駅で千奈を出迎えると、彼女は笑顔で駆け寄ってくれて。


 あれから、千奈は物凄いレベルで甘えん坊になった。

 まだ心の底から僕の事を好きじゃないって言っていた千奈だったけど。


「学校とは逆方向なのに……嬉しい、私、愛されてるね」


「当たり前でしょ、僕が千奈を愛さなかったら誰が愛するのさ」


「そんなのいないし、奏夢だけだし……ねぇ」


 僕のネクタイを引っ張って、千奈はハグをせがむ。

 あの日以降キスをしなくなったのがちょっと気がかりだったけど、でも、焦る必要はない。


「……うん、充電完了。じゃ文化祭、行こっか」


「今日僕ウェイターやらされるんだってさ」


「え、じゃあ行かないとだ。何時? 何時から?」


「十一時から、千奈は? 店員とかしないの?」


「絶対行くね! 私は午後から一時間くらい店番かな」


「じゃあその時は僕もお手伝いに行くからね。それ以外は……」


「今日はごめん、渚砂が一緒に回ろうって。明日は一日大丈夫だよ」


「そっか、うん、いいよ。仲直りしないとね」


「……うん、渚砂とこうしてまた一緒に遊べて本当に嬉しい。やっぱり、渚砂は親友だったから、一番の親友だったから……。奏夢、どうしよう、また泣いちゃうよぉ」


「あらら、でも、いいんじゃない? その涙はうれし涙でしょ?」


「……色で分かっちゃうもんね、私の彼氏は凄いな。何でも出来ちゃう」


 何にも出来ないよ。何にも出来な過ぎて涙が出てきちゃうくらいだ。

 それでも、千奈の事だけは何があっても守り続ける。絶対に。


「じゃ、またね」


「……うん」


 学校の昇降口で僕達は別れ、そしてお互いの教室へと向かう。本音はそれでさえも寂しいのだろう、何度も振り返っては僕を見る千奈は、とっても可愛くて。それを見たくて、僕は彼女が見えなくなるまでいつもその場から動けなくなる。


 ようやく彼女が階段へと姿を消すと、僕の肩に手が回された。


「朝から惚気すぎじゃね? しかしいつの間に青森先輩とあんな関係になったんだよ。あ、前のカラオケの時にはその兆候があったって事か? だから逃げ出したとか?」


「……秘密。じゃ、僕達も自分のクラスに行こうか」


「あ、おい、逃げんなよ! 俺にも女の子と付き合う方法とか伝授してくれよぉ!」


 相変わらずの藤堂君と一緒に、僕も自分の教室へと向かう。




 誰にも伝えてないけど、僕はこの文化祭の最中にとある人・・・・と待ち合わせをしている。

 もう一つの決着をつけないといけない。彼女が一体何の目的を持って僕達と接したのか。


 御堂中澄芽、彼女との決着を。 


――

次話「17.5話 姫野宮と立花さんの頑張り」

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