第15話 side千奈

青森千奈

※暴力描写を含みます。

※読まれる方はご了承の上お読みください。


――


 冨樫君はずっと優しい人だった。初めて見たのは中一の時だけど、実際付き合い始めたのは中二の夏。カッコいい人って印象だったけど、誠実な告白を耳にして印象がまた変わった。


 まだスマホを持つ事を許されなかった私の事を毎日送り迎えしてくれたり、声が聞きたいって中古のスマホを用意してくれたり。wifiが繋がる場所限定だったけど、SNSのビデオ通話も出来るようにしてくれて。本当……嬉しい事が沢山だった。


 夏祭りで浴衣を褒めてくれて、怖い人に絡まれた時も助けてくれて。その時の笛の音とか、太鼓の音とか、色々な音と共に想い出が溢れて来る。金魚すくいに楽しむ子供達に、射的のぽんって音。ちんとんしゃんって鈴の音に、微笑む賢介君。


 お正月も一緒だった。最初だけお母さんにお願いして振袖とか用意して貰ったけど……ごめんね、結構大変で、二年目からは普通のコートにしちゃったよね。でも、賢介君は優しくて、そんな私でも可愛いよって頭を撫でて褒めてくれた。


 二人で花見にも行ったよね。クラスの人達と偶然集まって皆で食事会にしちゃって。賢介君はその中でも主人公みたいに輝いてた。みんな君の名を呼んで、引っ張りだこな賢介君に少しだけ嫉妬して。でも、貴方は私の所に笑顔で帰ってきてくれた。


 遊園地にも、映画にも、買い物にも、全部一緒だった。

 地元も少し離れた駅も、全部賢介君との思い出でいっぱいなのに。


「……っ、ひっく……」


 中三の冬、同じ高校に合格したって二人で手を繋いで少し飛びながら喜んだのにね。ずっと一緒だよって喜んで、賢介君も喜んでくれてて。その時……初めてのキスをしたよね。私、一生忘れないって誓ったんだよ? 賢介君は忘れちゃったのかな。


 高校一年生になった時かな、少しだけエッチなお願いをしてきたよね。でも、お母さんからもそういうのは大人になってからって言われてたし、渚砂もダメだって言ってくれて。だから、それだけはごめんなさいをしたけど。


 もし、それをしてたら賢介君は浮気なんかしなかったのかな。でも、それだけは絶対に出来ないよ。赤ちゃんはいつかは欲しいけど、今じゃない。賢介君との赤ちゃんとか、想像しただけで可愛いんだろうなって思うけど……ダメだなぁ、心の整理、全然ついてないよ。


「………………っ……」


 呼び出したのに、足が動かない。楽しい思い出で埋っちゃって、別れるのを心が拒否してる。

 一回の浮気くらい誰でもすることなのかな。許さない私の方が間違ってるのかな。

 許してあげれば、身体を許せば、彼は前の賢介君に戻ってくれるのかな。


 ……ううん、この考えはもうずっと繰り返した。ありふれた言葉で何回も何回も考えた。けど、浮気をするのは絶対にダメだって思う。ダメなんだよ、何がどうあっても。それが普通なはずがない、私も奏夢としちゃったけど……賢介と渚砂がしなかったら絶対にしなかった。

 

「…………うん、行こ……」


 今の私は浮気をした青森千奈なんだ。綺麗な私じゃない。奏夢の事が心の底から好きかって言われたら、賢介君よりも好きかって言われたら……ごめんね、まだ実はそこまで好きじゃない。けど、彼は言ってくれた。ゆっくりとで良いって、ゆっくり奏夢の事を好きになれば良いって。


 出来るかな? 好きでもない奏夢とキスしちゃう様な悪い子だけど、出来るのかな?

 電車でのキスは、賢介を思ってのキスだった。優しい彼が昔の賢介とかぶって見えて。


 そんなの……きっと奏夢が知ったら悲しむよね。

 私だったら泣きたくなると思う。


 キスをしながら、私の頭の中には賢介君がいたんだなんて……。

 でも、これが終わったら、全部……奏夢には正直に全部話そう。


 こんな私でも許してくれるのか。こんな私でも好きになってくれるのか。

 こんな私が、貴方を好きになれるのか。……賢介君を、忘れられるのか。




 新校舎から吹奏楽部の音や、文化祭の準備で賑やかな声が聞こえてくるけど、この旧校舎には人っ気がほとんどない。お化け屋敷の案が上がったら間違いなく旧校舎だろうなって思ってたけど、取り壊し前提の封鎖だから、使用不可なんだって先生が言ってたっけ。


 トイレにもベニヤ板が貼られてて、水道も全部針金で使えなくなってる。

 掃除もされてない廊下には少しだけホコリが残っていて、歩くだけで雪みたいに足跡が残る。


 旧校舎、三階、音楽室。


 沢山泣いちゃったけど、もう、大丈夫。

 賢介君と別れるんだから、もう、決めたから。


 決意して、扉を開く。


「あ、やっと来た。遅いよ、千奈ちゃん」


「……え? 澄芽ちゃん?」


 数歩室内に足を踏み入れる。中にいるのは賢介君じゃなくって澄芽ちゃんだった。

 でも、今の彼女の服装やお化粧やネイルって……まるで渚砂ちゃんみたい。


「どう? 似合う? 渚砂っちみたいでしょ?」


「え、うん、似合ってると思う、けど。え? どうしてここに?」


 見れば見るほど渚沙ちゃんだ……というか、賢介君は? なんで渚砂ちゃんがいるの?

  

「私がここにいる理由? 知りたい?」


「……うん」


 バサって急に視界が真っ暗になった。途端に胸を掴みあげられる感じに襲われる。


「――――ッ!」


 叫ぼうと思ったけど、口に何かが入って声が出ない。乱暴に服を脱がされて、ボタンとかはじけ飛ぶ音が聞こえてくる。やだ、なにこれ、なにこれ、さっきまで澄芽ちゃんがいたのに。


 違う、男の人の手が、やだ、なんで。

 

「じゃ、アタシ行くから、お楽しみにね」


 ……な、なに? なんなの? 分かんない、分かんないよ。澄芽ちゃん、助けてくれないの? なんで? 賢介君は? やだ、理解できない、スカートも脱がさないでよ、やだ、やだぁ!


――

次話「眼の進化は、彼女の為に」

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