第10話 真実が知りたい。

 加茂鹿駅の近くにあるファストフードに入ると、瀬々木さんはタブレットを操作してドリンクバーを二人分注文した。他にもポテトとか頼む? って聞かれたけど、とてもじゃないがポテトを摘まんでニコニコする様な雰囲気じゃない。


 何で彼女が僕に声を掛けたんだ。分かる事は普通の状態ではないと言う事。

 彼女の降りる駅は加茂鹿駅ではない、細かくは知らないけど、上り列車の方だったはず。


 つまり、間違いなく相当に重い内容。

 

「ん、アンタ動かないから取ってきてあげた。コーヒーで良いでしょ? ミルクは?」


「……あの」


「ガムシロ一個じゃ足りなかった? 面倒だから次は自分で取りに行ってね」


「違います、瀬々木さん、今日は一体なんの用があって僕を――」


 僕の言葉を遮るように彼女はコップを強めに置くと、ぽいっとガムシロとミルクを投げ渡す。


 瀬々木渚砂、冨樫と同じような茶髪の女の子。だけど、俗に言うギャルの彼女は、ネイルからして普通の女子高生とは言い難い風体をしている。ゴテゴテに装飾された爪に、有り得ないくらいのミニスカート。千奈が薄い化粧なら、彼女は塗りたくった厚化粧と言った感じだ。


「瀬々木、ね。私アンタに名乗った記憶ないけど。……ま、いいけどね。面倒なのは嫌だから訊くけど、アンタ千奈とどんな関係なの?」


「どんな関係って、別に」


「別に? 何ともないって? 何ともない関係のアンタに千奈が荷物持っていったり、わざわざ駅でアンタと親し気に会話するっていうの? 正直に言いなよ、一応アタシは千奈の親友だからね、もしアンタが千奈を傷つけるってんなら許さないから」


 沢山の悩みが渦巻いていた。

 真実がどれか分からなくて、決断する事ができない自分にイライラして。

 そんな時に発せられた瀬々木さんの言葉に、僕の中の何かがキレる。


「……千奈の親友? どの口が言うんだか」


「は? アンタなに言って」


「お前が原因なんだろうが! 全部!」


 叫び始めた瞬間、店内にいた人たちが一瞬で静まり返った。


「千奈が死ぬほど悩んだのだってお前の浮気があったからだ! 知らないとは言わせないぞ! お前は冨樫賢介と浮気してる! 千奈が冨樫と付き合ってるって分かっててお前は親友を裏切って浮気したんだ!」


 瀬々木は立ち上がって僕の口を抑えて、無理やりに座らせる。

 

 けど、そんなのじゃ止まらないぞ、なんで一番の問題要素のお前が千奈の味方を気取ってやがるんだ! 彼女の味方は僕だ、他の誰でもない、浮気されて死ぬ程悩んだ千奈を救ったのは僕なんだ! この女にとやかく言われる筋合いはない!


「離せよ!」


「分かった、分かったから、とにかく黙れ。このままじゃ警察呼ばれるぞ」


 警察? 呼べばいいさ、僕にとっては好都合だ。僕に悪い部分なんてどこにもない。

 何も悪くない僕が、なんでお前如きに悪者扱いされなきゃいけない。


 ――先生、奏夢君が――


 僕は悪くない、何にも悪くないんだ。だから、だから……。


「……悪かったよ、でも、私にもちょっと理解できない部分があるんだ。なぁ、お互い情報の共有をしないか? 多分、何かが捻じれてる気がするんだ」


「捻じれてるのはお前達の恋愛感情だろ」


「だから……ちっ、もういいよ」


 カップに残ったコーヒーをそのままに、瀬々木は立ち上がる。日を改める、そう言い残すと、静まり返った店内を歩き彼女は店外へと出て行った。


 やがて戻る店内の喧騒を耳にして、僕はソファーに項垂れる。

 かなり興奮してしまったが、落ち着いてみると彼女は一体何が言いたかったのだろうか。


 千奈の言っていた賢介との浮気について、我関せずといった感じじゃなかったか? それどころか、千奈の事を気遣う言葉まで出て来るなんて、浮気していたのならそんな言葉は出てこないはずだ。


 何かが捻じれている。その捻じれの原因は一体何なんだ。

 ……考えたって分からない、なら、聞くしかない。


 僕はポケットの中に入れたままのスマホを取り出して、千奈へと連絡を取る。

 

『……奏夢? どうしたの?』


「ちょっと、話がしたいと思って」


『そう、なんだ。うん、分かった。じゃあ会って話をしようか』


「え、電話でいいよ。雨降ってるし」


『ううん、多分大事な話だと思うし、最近奏夢と会えてなかったし。結構寂しかったんだよ?』


 ぽりぽりと頭を掻いて、いつもの調子の千奈の声を聴いてどこか安心する。

 千奈を疑うなんて、多分間違ってるんだ。彼女が嘘を付くはずがない。

 

 けど……そうすると藤堂君が嘘を付いている事になる。

 彼が僕を騙すメリットはこれっぽっちもないはずだ。


 でも、それもどれも千奈に訊けば分かること。

 会いに行こう、そしてちゃんと聞くんだ。




「……あ、奏夢、待った?」


「ううん、大丈夫、いま来たとこ」


 駅の近くにいた僕が幅枚駅まで向かい、近くのファストフードにて千奈と待ち合わせをする。

 ほどなくして彼女は到着し、僕の向かいの席に座った。


 千奈の身体にフィットした黒い柄物のTシャツに、チェックのミニ丈スカート。

 注視してしまったからか、千奈が服を引っ張ってちょっとだけ頬を赤らめる。


「そういえば、制服じゃないのって初めてだっけ」


「……そう、だね」


 いつもの僕なら、千奈の私服姿を見ただけで笑顔を浮かべていたと思う。

 だけど、とてもじゃないけど今はそんな気分にはなれない。


 藤堂君が見たって言う冨樫とのキスに、図書室の一件、そして今さっき起きた瀬々木さんの意味不明なやり取り。これらを僕の頭で理解するには、どうやっても答えが出てこない。


 だけど、千奈を傷つけたい訳じゃない。

 だから、気を付けながら、探る様に伺う。


「確認、なんだけどさ」


「……うん」


「千奈は冨樫と瀬々木さんの二人が浮気したって言ってけど、どうやってそれを知ったの?」


 店内のBGMを耳にしながら、僕は一番根幹の部分を聞いてみた。


 もしそれが他の人から言われたのであれば、その人物が一番怪しいし、千奈の思い込みの可能性だってある。そんな疑問を抱いてしまう程に、瀬々木さんの態度は腑に落ちないところが多くあった。


 でも、この質問をする以上、千奈の事を僕が信用していないという意味にも繋がり兼ねない。

 全幅の信頼をおいているのであれば、彼女の言葉を疑う様な真似はする必要がないからだ。


 少なくとも、一週間前の僕はそうだった。

 千奈の言葉が全てだったし、これっぽっちも疑いもしなかったのに。


 購入したウーロン茶を手にして千奈は立ち上がると、僕の横に座る。


「……なんか、ちょっとショック。奏夢に疑われるとは思わなかった」


「ごめん……でも、訊いておきたくて」


「ううん、いいよ。多分何かあったんだと思うし。奏夢に疑われる様な事があったら、私もう耐えられないし。えっと私が賢介と……冨樫と渚砂が浮気してるって知ったのは、二人がホテルから出てきたからなんだ」


 手にしたウーロン茶のカップを指でさすりながら、千奈は語ってくれた。


「ホテル? ホテルって、あの?」


「……うん、ラブホテル。雲間駅からちょっと入った所にあるシエスタって名前のホテル。たまたまだったんだけどね、その日は一人で買い物行ってて、ほんと偶然。サングラスとか掛けてたけど、見間違える事は無いと思う。冨樫の髪型ってKスタイル意識した感じだし、渚砂ってネイル凄いでしょ? ……って言っても、カラオケの時くらいしか知らないか」


「いや、分かる。瀬々木さんの爪ってかなり凄かったから」


「あ、意外、奏夢ってそういうとこも見るんだね。じゃあ次は私も……なんて、今じゃないか。えっと、最初は信じられなくってね。そこからしばらく二人が出て来るまで待ってたんだ」


「しばらくって、結構長いよね」


「……うん、三時間くらい」


「え、凄い」


「あはは、その時は暇だったから。出てきた二人を見てね、その場で問い詰めようと思ったんだけど……出来なかった。奏夢には申し訳ないけど、冨樫のこと大好きだったから。渚砂の事も、本当に大好きだったんだよ」


 聞いている限り、千奈が嘘をついているとは思えない。

 でも、彼女は確実についている嘘が一個だけある……。


「馴れ初めはね、中学の時だったんだ。カッコいいのがいるって渚砂に連れてかれて、それで剣道場で冨樫を知ったの。ああ見えて結構強くってさ、私も他の子と一緒になって応援とかしててね。中二の夏、冨樫に呼び出されて、告白されて。それからだから、もう四年目かぁ」


「酷な事を聞くんだけど……何が原因だと思う? その、冨樫が浮気した理由とか」


「……そんなの、分からないよ。中学の時は優しかったし、理想の彼だったから。高校に入ってからかな? 何か彼の周りに女の子が増えてきてさ、段々と一緒にいる時間も減ってきたんだ」


「その、キスとかも」


「……したよ。だって、本当に好きだったから。中学生の時に」


 聞けば聞くほどクリティカルなダメージが心に。

 でも、ちゃんと知らないと、知った上で僕が千奈を理解しないといけないんだ。


 チュって音のなるキスをして、千奈が僕を見る。


「今は奏夢だけだよ。……それじゃ、ダメ?」


「……でも、それ、嘘だよね」


――

次話「誤解の真相」

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