第7話 彼女の嘘

今日も日曜日なので二話投稿します。文字付レビュー頂けました、ありがとうございます!

面白いと思われた読者様は文字無しでもOKですので、お星さまを頂けたら励みになります!

ヨロシクお願いします!


――


 景色が走る様に流れる中、千奈はハンドタオルで汗を拭いながら僕の手を握っている。

 カラオケはどうなったの? 賢介とのキスはどうなったの? 


 色々な質問がしたかったけど、僕の口からは何も出てこなくて。ただただ千奈が側に来てくれた事に安堵して、そして、感謝した。冨樫と千奈はキスをしないで僕を追いかけてきてくれたんだ、きっと、僕が傷つくと分かってるから。


「……奏夢の友達、大丈夫かな……」


 ぼそっと呟いた千奈の言葉を受けて、僕は置いてきてしまった友人の事を思い出す。


「大丈夫だと思いますよ。何だかんだ言って冨樫の後輩ですし……というか、千奈さん」


「さん、いらない」


 ぴっと口に指を当てられて。その目を少しだけつり上げて怒り目をしているけど。

 感情はピンクだ、変わらない愛情を見て、僕も心を落ち着かせる。


「千奈は大丈夫なの? これじゃ、僕達が浮気してるって相手にバレちゃうんじゃ」


「多分、バレないよ。奏夢の荷物持って行くって言って部屋から出て来たし……」


「キスも、してきたんですか」


 なんで自分がこんな質問をしたのかなって、ちょっと自問自答したくなる。

 それはきっと、千奈に期待しているから。

 もう冨樫の事を嫌いになって、僕だけになってくれるんじゃないのかって、そんな期待。


「……してきたって言ったら、奏夢はどうする?」


 電車の中で覗き込む様にした千奈を見て、僕は自分の質問の愚かさを再認識する。

 するに決まってるじゃないか、だって、二人は付き合っているのだから。

 僕の為にわざわざ彼氏のキスを受け入れない何て、そんなの僕の都合の良い妄想に過ぎない。


「どうも、しません。これで嫉妬から千奈に無理やりキスでもしようものなら、それは獣です。マーキングじゃないんですから、それに、千奈は冨樫の彼女なんです。する権利があると思います」


 口ばっかりだ。そんな目に見えない権利なんてある訳がない。

 ただ、自分の我を張っていてもそれは千奈を悲しませるだけ。


 ちらりと目に入る千奈のスマホが鳴動していない以上、する事をしてから千奈は僕の所に来たんだ。彼氏とキスをした、その後に出ていってしまった後輩の荷物を届けに走る。


 それ以下でも、それ以上でもない。千奈が両方に惚れている現状、僕には何も。


「……してないよ」


 電車の車輪の音が耳に入る。見上げたそこには微笑む千奈の顔があって。

 僕はそれを確認するみたいに、千奈の唇を自分のものにした。


 味、香り、千奈の口腔内の全てが僕のもの。

 誰にも渡したくないし、誰にも触れさせたくない。


「……ん」

 

 舌を入れると、千奈は抵抗すること無く受け入れてくれた。絡め合う彼女の柔らかなそれには、冨樫が飲んでいたコーラの味なんか微塵もしない。ウーロン茶と、千奈がつまんでいたフライドポテトの味、それらを僕の舌が感知して、堪能する。


 欠片が残っていたら口に含んでしまうし、千奈も僕の口へと舌を這わせた。電車の中が空いていて良かった。学校までの四駅で、僕の心身は全て千奈色に染まる。千奈もそうだ、僕を見て頬を紅潮させながらも、笑みを浮かべていて。


「冨樫の横に座られて、悔しかった」


「……もう座らないね」


「飲み物を準備したり、食べやすくしてるのも気に入らなかった」


「次からは奏夢のだけにする」


「千奈が冨樫と一緒だったって思うと……とても辛い」


「……うん、想ってくれて嬉しい」


 最初が奏夢だったら良かったのにねって、千奈は目に涙を溜めながら言ってくれた。

 変わらない過去を責めてもしょうがない、千奈が傷つくだけって分かってるのに。


 僕は、最低な男だ。でも、口にせざるを得なかった。

 

 華奢な彼女の事を抱き締めて、もう他の男には触らせないって心に誓う。

 そんな僕の背を千奈は撫でてくれて、その優しさに溺れてしまいたくて。


「……千奈は、冨樫と別れないの」


「…………別れる。けど、もう少しだけ時間が欲しい」


「何を望んでいるの? 僕に出来る事があれば、何でも協力するよ」


「ありがと、でも、大丈夫」


 教えてくれない感情の裏側に、一体何があるのか。でも、僕は信じる事しか出来ない。

 いつの日か冨樫と別れて、千奈が僕だけのひとに変わってくれる日を夢見て。




 本来は藤堂君が持つはずだった分そのままを千奈に持たせる訳にはいかないから、僕は前が見えないくらいの大量の荷物を持ちながら、晴島駅を出て学校へと向かう。


「色々買い物したんだね、奏夢のクラスは文化祭何やるの?」


「……喫茶店もどきみたいのをするみたいです。高校生になったんだから、つまらない文化祭にはしたくないってクラスの女子が躍起になってまして」


「あ、その気持ち分かるな。去年の私達もそんな感じだったし、渚砂もその頃は……」


 思わず口にしてしまった浮気相手の名前を耳にして、千奈は俯く。


「あの、確認なんですけど」


「……うん」


「今日のカラオケの場で、千奈さんの背中を押していたのが渚砂さんなんですよね」


「……そう、瀬々木せせらぎ渚砂。私と中学生の頃からの親友……なんだけどね。今はちょっとぎくしゃくしちゃってて、何だか一緒に居づらいんだ」


「それって、やっぱり冨樫関係……ですよね」


「……そうなんだけど、ちょっと違う、かな」


 ちょっと違う? 千奈と付き合っていた冨樫を奪ったから関係がぎくしゃくしたって訳じゃないのか? 深く聞こうとしたけど、千奈は話題を変える様にして語り始める。


「私のクラスの文化祭はね、雑貨屋さんをやるんだ。みんなで小物や文具を手作りして、販売しようってなっててね。えっと……私が作ったのはこれなんだけど」


「……え、これ、なんですか? 綺麗で可愛いです」


 千奈が取り出してきたのは、持ち手の部分は普通のボールペン。だけど、ノックする部分の方は透明になっていて、そこに花弁や星屑が浮いている、ちょっと不思議な感じのボールペンだった。


「ハーバリウムボールペンって言ってね、百均で素材集められるから、結構女子の間では人気だったりするんだよ。で、これは私のオリジナルなの。お母さんが園芸やっててね、お庭の花を押し花にして貰ったんだ」


 黄色や青の花弁を閉じ込めたそれは、なんだか遊園地の様な印象を与えてくれる。

 物珍し気に眺めていたら「それ、プレゼントしてあげる」って。


「え、良いんですか、こんなに良い品を」


「あはは、百均だって言ったじゃん。本格的な子はレジンでアクセサリー作ってたりしてね、私も教わって作ろうかと思ったんだけど、同じ商品が並んでても手に取って貰えないかなって思ってさ。どうせやるのなら、やっぱり売れて欲しいと思うよね」


「そうですね、というか、僕ならこっちのペンを買います」


「うふふ、ありがと。でもそれは購買意欲とは違うと思う。愛情の買い占めだよ」


 愛情の買い占めとか、出来るのならばしてしまいたい。

 

「あ、アレです、よく野菜とかにある『この人が作りました』みたいなのを付けたら、爆発的に売れると思いますよ! 千奈可愛いし、間違いないです!」


「えぇ~なんかそれ、いけないお店みたいじゃない?」


「……そう言われると、そうかも?」


「却下、そんなので売れても嬉しくないし」


 僕達が学校に到着する頃には、王様ゲームの事なんかすっかり頭の中から消えてしまっていて。さて、そろそろ校門をくぐって教室だって言う時に、二人の女子生徒が僕達を迎えに来た。


「瀬鱈君」


「あ、立花さんに姫野宮さん。ただいま」


 大量の荷物を持ったまま僕が二人に挨拶を交わすと、立花さんは僕の側に来て荷物を持つよって。姫野宮さんは千奈の荷物を持とうとしたけど、千奈が「あ、大丈夫」と答えるも、姫野宮さんが半ば強引に荷物を奪い取った。


「ちょっと姫野宮さん!」


 余りにも強引だったから、思わず大きな声で呼んじゃったけど。

 そんな僕を立花さんが「いいから」って一言。


「先輩に持たせちゃったら、後から上級生になに言われるか分からないんです。ここまで持ってきていただきありがとうございます……えっと」


「……私、二年三組の青森千奈です」


「青森先輩、本当にありがとうございました。……瀬鱈君、行こ」


 女子ならではの確執……とでも言うのだろうか。意味も分からぬまま僕は千奈に手を振り、二人に手を引かれて自分の教室へと強引に連れ戻される事に。その後、藤堂からも連絡が入り、予想通りというか、予定通りというか。今日は学校には戻れないという弱弱しいメッセージを見た後に、僕は千奈にメッセージを送る。


『さっきはごめん、終わったら一緒に帰ろ』


 だけど、そのメッセ―ジの返事が付くことはなくて。

 既読にすらならないまま、時刻は校内に残る限界の時間、十九時を迎える。


 もう帰ってしまったのかな……そんな事を思いながらスマホを眺めていると。


「瀬鱈君、今から帰り? 確か下り電車だよね?」


 表情を白と灰色に染めた立花さんが僕に声を掛けて来た。

 白と灰色。この色は千奈が冨樫を見ていた色ととても似ている。


 惚れている……? そんなまさかね。

 それに惚れられていたとしても、僕には応える事ができない。 


「良かったらだけどさ、一緒に帰らない? あ、ほら、ここら辺お店とか何も無いから、不審者とか怖いし、電車も痴漢とかやだなぁって……ダメ?」


「……いいよ。便利屋としてクラスメイトが困っているのなら、何でも手伝うって決めてるし」


「便利屋として……ま、いいか。それじゃ、一緒に帰ろ」


 千奈は先に帰ってしまったのかな。

 一抹の不安を胸に抱えたまま、僕は立花さんと共に歩き始める。


 そして気付かなかったんだ、彼女がついていた話に嘘があったという事に。

 千奈は嘘が上手い女の子だ。例え自分が命を絶とうとしても、相手に悟らせない。

 

 そんな彼女が付いた嘘に、僕なんかが気付けるはずが無く。

 気付いた時には、僕達の間には深い溝が生まれようとしているなんて。


 この時の僕には、彼女の嘘の片鱗すら気付くことが出来なかった。


――

次話「第一次接触」

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