第6話 王様ゲーム
本日は二話投稿します。
――
二年生の買い出しグループは、男四人の女四人。別々のクラスだった面々が、予め話を合わせて皆で買い出し班になり、予定通りサボりに
そこに僕と藤堂君の二人を合わせて計十人、二桁大所帯になった僕達御一行は、少し目立ちながらも目的地であるカラオケへと足を運んだ。勿論というか、後輩の立場はとても低くて。大量の荷物を持ちながらの行軍であったのは、言うまでも無い。
「あぁー! 疲れた! 一年! 飲み物! ジンジャーエールな!」
「あ、俺コーラね」
「私炭酸水!」
「えっとウーロン茶で」
「俺もウーロン茶でいいや」
疲れたのはどう考えても僕達だろう。二年生の面々が適当にくつろぐなか、千奈だけは片目を閉じて『ごめんね』って顔をしてくれた。うん、僕頑張れる。目の前に千奈がいるし、憎き冨樫もいるし。これはチャンスなんだ、徹底的に調べ尽くしてやる。
「はぁ……最悪、アイツ等多分、学校終わるまでに帰るつもりとか更々ないぜ」
「え、じゃあ今日買った分って」
「……持ち帰って、明日の朝持っていくしかねぇな。はぁ……姫野宮さんにも怒られそう」
ドリンクバーで人数分用意しながら、藤堂君はがっくしと肩を下げる。
同じ部活の先輩じゃ逆らえないだろうし、しょうがないって彼を励ました。
僕達を含めて十人分の飲み物を手にして室内に戻ると、既に選曲が十曲以上予約されていて。確かにこれは陽キャ軍団だなって、ある意味感心した。その中にいる千奈の存在が、ちょっとだけ違和感を感じるけど……それは、僕が本当の千奈を知っているからかもしれない。
キスをして欲しいってせがんで、僕の唾液が飲みたいってお願いしてきて。とても扇情的な表情をして、蕩けそうになるくらいに熱くなる。きっと、特別な人以外には見せない千奈を、僕は知っているんだ。
……悔しい事に、それを知っていると思われるもう一人の人物を、僕はちょっとだけ睨む。
冨樫賢介、千奈の現在の彼氏。浮気しているくせに、千奈と別れないムカつく男。
冨樫は部屋で一番大きなソファーに陣取り、その横に千奈も座っている。奴の飲み物にストローを刺したり、デンモクやマイクを取ってあげたりする千奈を見て、僕は胸の奥底が痛むのを感じていた。
けど、冨樫が千奈の事をあまり好きじゃないのは、色で分かる。黒だ、間違いなく黒い。
何の目的があって千奈と別れ話をしないのか、僕には理解できないけど。
千奈はそんな冨樫でも、まだ僅かに好意を持っている。
だから献身的になってしまうし、隣に座ってしまうんだ。
「一年も何か歌えよ」
「え、いや、いいっスよ。俺達は合いの手で十分」
「んじゃこれな」
藤堂の部活での扱いが何となく想像できる。運動系は上下関係が厳しいってよく聞くけど、これじゃ奴隷みたいなもんだ。逆らう事ができなくて、ピエロを演じ続けるしかない。
女の子の歌を僕達二人でデュエットさせたり、変な歌を歌わされたり。
楽しいかって聞いてくるけど、これっぽっちも楽しくない。
そんな拷問みたいな時間が二時間も経過すると、歌うことに飽きてきた陽キャの面々は次の遊びへと移行する。
「んじゃ、王様ゲームでもやるか」
「え、なに? 一年も混ぜるの?」
「当たり前だろ、お前等も当然やるよな?」
どうせその質問に拒否という選択肢はないんだろ。女の子の表情が黒とか青とかに変わってるのに対して、男共の顔が白とピンクに染まっていく。
王様ゲームか、噂には聞いてたけど、本当にやるグループっているんだな。
割りばしの先に数字を書いて、それを数字が見えない様に袋の中に。
何回かシャッフルした後、皆各々一本の割りばしを掴んだ。
「「「「王様だーれだ!」」」」
皆で見えない様にして握り締めて、各々の割りばしを確認する。僕が引いた番号は六番。
千奈は何番かな……というか、この王様ゲームってどこまでやるんだろう。
「あ、王様私だ! じゃあねぇ……二番が六番の耳を甘噛み!」
なんだって。六番って僕じゃないか! え、耳を甘噛み!? 二番って誰よ⁉
……知らない先輩女性ですね。でも、茶髪に結構梳いたセミロングの彼女は、かなり綺麗で。
相手が僕だと分かると、周囲の女の子はきゃーきゃー言い出して。そして、男子の顔は総じて真っ青に染まる。これ、僕悪くないし。てゆうか、かなり気まずいんだけど。
「ま、しゃーない」
その女の人はそう言うと、
よいしょって言いながら近づくと、スカートじゃない部分が太ももに当たる。
「よく見れば結構可愛いじゃん。アンタ、名前は?」
「……え、えと、瀬鱈奏夢です……」
「奏夢君か、アタシ
名前以外は完全に女の子、しかも細くて綺麗な人じゃないか。男と間違えるはずがない、足に感じる彼女の柔らかさは、女の子のそれだ。しかもスカートじゃない、下着から直に股間を感じる。
「下ばっか意識すんなよな、奏夢君、童貞?」
な、なにをって顔を上げると、千奈さんとは違う香水の匂いが鼻についた。御堂中さんは潤んだ唇を少しだけ開けながら僕に近付いて、そして。――カプっと僕の耳を噛む。
瞬間、全身がゾクゾクする。なんだこれ、耳を噛まれるってこんなに感じるものなのか。
背筋に力がはいっちゃって、目を見開いて固まった僕だったけど。
「はい、終わり、次いこ次」
御堂中さんは何も無かったみたいに僕から離れて、リップを付け直す。
これが当たり前なのか、藤堂が言っていた通り、乱交パーティだってこのグループならしてしまうんじゃないのか? ふと視線を感じて千奈の方を見ると、彼女の顔色が青に染まっていた。
怒ってる。やきもち……かな。
興奮冷めやらぬまま、次のゲームがスタートする。その後も際どい内容が多かったけど、幸か不幸か、僕は耳カプ以降指名される事はなく、千奈も静かに座っているだけだった。
けど、同じ様なのが続けば、段々と内容がエスカレートしていくのが王様ゲームだ。
「一番が八番の胸を揉む!」
女の子が藤堂の胸を揉んだだけで終わったけど、こんなレベルの命令もアリなのか。アリに決まってる、空気がそう言っているじゃないか。このまま続けば千奈の胸だっていつかは揉まれちゃうだろうし、それ以上だって――。
「七番と八番がキス!」
だ、誰だ、千奈じゃないよな。そして、僕でもない。七番と八番……それは、藤堂君とさっきの御堂中って女の子だった。野次が沢山飛ぶ中、御堂中さんは先ほど僕とした時と同様に、藤堂君の膝に座り、そして……キスをした。
初恋の人がいるってさっき言ってたのに、藤堂君は拒否をする素振りも見せなくて。
いや、僕がそんなの言えるはずがない。それを言うなら耳の時に言わないとダメだった。
どうする、もしもこれが千奈だったら……見たくない、して欲しくない。
「お、やっと俺が王様か」
そんな空気の中、王様を引いたのは冨樫だった。
舐める様な視線を皆に浴びせて、皆の数字が何番かを見ている様な、そんな目をした後。
顔色を黒から白に変え、冨樫はこう言った。
「王様と三番がディープキス」
三番、誰だ、僕じゃない、藤堂でもない。千奈の顔は……真っ青になっている。まさか、そうなのか。僕はこの場で彼女のキスを見ないといけないのか。見たくない、千奈と冨樫のキスなんて見たくない。腹の中が熱い、怒りでどうにかなりそうになる。
でも、当然と言えば当然なんだ。冨樫と千奈は彼氏彼女なんだから、キスだってする。
しない方がおかしい、見方を変えれば一番安パイな結果なはずなのに。
いやだ、殴ってでも止めたい。そう思っていた、その時。
「千奈、どうしたの? 三番貴女でしょ? 早く冨樫君とキスしなよ」
やっぱり、三番は千奈だったのか。そんな千奈を急かしたのは、冨樫と浮気をしているはずの渚砂って女の子。髪の長いその子は千奈の背を押す様にして、ほらほらって冨樫へと押しやっている。
渚砂の表情は笑顔だけど、青い。
怒りだ、つまり冨樫と千奈がキスするのを怒っていると言うこと。
え? どういうこと? 怒っているのに急かすってどういう心情なの? 当の本人である千奈は困った顔をしていて、冨樫とのキスを拒むような素振りを見せているが。
千奈の表情の色は青い。当然だろう、冨樫と渚砂が浮気しているのを知っているのに、自分がその間に入っているのだから。
多分、冨樫は千奈の番号を渚砂から把握して、今回の命令を決めたんだ。
浮気を疑われないようにする為に、千奈との関係を周囲にも再度知らせる為に。
「千奈、おいで」
甘く優しい囁きの様な声を冨樫が出して、まるで迎え入れる様に両手を広げた。
渚砂に押し込まれる様に、奴の腕の中に包まれていく千奈を、僕は見る事ができなくて。
「ご、ごめんなさい! 僕、学校に荷物持って帰らないといけないから!」
そんな事を言いながら、僕は乱暴に鞄や荷物を手にして、足早に部屋を後にした。周囲の驚いた様な表情が、藤堂君の顔が一瞬目に入ったけど。僕には千奈が冨樫とキスをする所は見たくない。多分、心が耐えられない。失恋したあの時みたいに、胸が苦しくなる。
「ま、待って!」
バカか僕は、初めから浮気相手だって分かってたじゃないか。
こんな事をしてたら、僕が千奈と浮気してるって相手に感づかれるかもしれないのに。
ホームに止まっていた電車に飛び込んで、僕は汗だくになりながら長椅子に倒れ込む様にして座った。カラオケから大量の荷物を持って走ってきたからか、とても息が苦しくて。
残してきた千奈の事が目に浮かぶ、とても苦しい。
僕は、自分の選択を今になって後悔し始めていた。
この恋は、多分とても辛い。でも、もう選んでしまったから。
バカな僕は、千奈の事を好きになってしまったから。
目を閉じて椅子に座っていると、突然隣が沈む。
誰かが座った感触、慌てて目を開けると、そこには汗だくになった髪を耳に掛ける女の子。
「……はぁ、はぁ、待ってって言ったのに、はぁっ、はぁ……足早いよ奏夢君……」
大汗をかいた千奈が、僕のすぐ横に座っていた。
――
次話「6.5話 姫野宮の想い、立花の想い」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます