第5話 文化祭のお買い物。

 翌日の学校で、僕は愕然としていた。教室内に張り出された文化祭役割分担で、僕の名前が勝手に買い出し班に任命されている。晴島高校周辺には店って呼ばれるものがほとんどない、ド田舎極まりないのに、買い出し班。


 つまり、それは僕の放課後がほとんど消滅したと言う事と同義だ。

 

「え? 奏夢っちが自分で挙手したんだぜ? 覚えてねぇの?」


「覚えてない」


「マジか。でもま、俺も同じだし、仲良くやろうぜぇ!」

 

 痛いからあまり背中を叩かないで欲しい。藤堂君は力自慢なんだから、痣になっちゃうよ。

 あれか……早く帰りたくて、適当に挙手し続けたあれだ。


 買い出し班は藤堂君と姫野宮ひめのみやさんの二人と僕、計三人。

 本当なら今日も千奈と二人で放課後デートとかしたかったのに。


『私も買い出し班だから、もしかしたら一緒かもね』


 よし、ヤル気出てきました。お昼休みに人気のない階段で千奈からのメッセージを見て、ひとりガッツポーズしていると、階下から「おーい、奏夢っち」って声が。


「……なに?」


「ちょっとだけお願いがあるんだけどさ」


 とことこと近づいてきた藤堂君、スマホをポケットにしまって彼を見ていると、周囲を気にしている感じがしていて。何か内緒話かな? それとも珍しくお願いごと?


「……今日の買い出しの時によ、俺と姫野宮が仲良くなれるよう協力してくれねえかな……」


 こそっと小声で何を言うのかと思いきや。


 姫野宮夏恵かえ、くせっ毛の髪が腰くらいまである女の子だ。図書委員だから暇でしょ? って、無理やり買い出し班に任命されたって後から聞いたけど。


「なるほど、それで藤堂君も買い出し班に参加したのか」


「誰にも言うなよ? 俺、姫野宮さんの素朴な感じが好きでさ。なんて言うか、初恋なんだわ。でも二人きりになるのとか結構難しくてよ。奏夢っちは女子相手でも普通に会話するだろ? だからじゃないけどさ、きっかけとかになってくれたら嬉しかったり?」


 なんで最後疑問符なのさ。それぐらいお安い御用だとニコニコ笑顔で引き受けたものの。


「あ、今日ダメなの、図書委員の仕事入っちゃって……二人で行って来てくれないかな?」


「お、おう……」


 あっさりと轟沈。というか、タイミング悪いだけかもだけど。

 他のクラスメイトに買い出しに行くと言ってしまった以上、行かない訳にもいかず。


 夏の暑さと秋の涼しさが混じった空を眺めながら、僕と藤堂君の姿はガラガラの車内の中にあった。昨日の千奈と座ったボックス席ではなく、二人掛けのこじんまりとした椅子。誰もいないのを良い事に、声を大にして藤堂君は叫ぶ。


「あぁーあ! なんで奏夢っちと二人で買い出しなんかいかないといけないんだよぉ!」


「あはは……でも、気楽でいいと思うけど」


「くっそう、姫野宮さんと付き合ったりキスとかしてみてぇなぁ!」


 キス。僕は昨日キスをした。千奈との物凄く濃いキスは、思い出した今でも胸がドキドキしてしまう程で。でも、あんなキスを冨樫ともしてるのかなって想像すると、それだけで物凄くムカついてくる。寝取られかどうかで言ったら、多分僕の方が悪なんだろうけど。


 それでも、ムカつく。


「……なぁに想像してんのよ」


「え⁉ な、なんにも!?」


「なぁんか怪しいんだよな、最近の奏夢っち。ぼーっとしてたり、隠れてスマホ見てたり。彼女が出来たんなら俺にも紹介しろよ? 奏夢っちの彼女なら素直に祝福するからよ」


 あ、姫野宮さんだったら殺すからなって言われたけど。そんな訳がないし、例え藤堂君であったとしても言えるはずがない。だって、僕達は表には言えない付き合いだから。


 晴島駅から僕の家がある家とは反対方向に四駅、曇間くもま駅に到着すると、僕達はさっそく駅に併設されているショッピングモールへと足を運んだ。カラフルな文具、マスキングテープ、紙皿、食材を少々。結構な荷物だ。


「えっと……大体こんなとこかな」


「あぁ疲れた。買い出し班って大変じゃね? 俺ちょっとトイレ行ってくるわ」


「あ、うん、じゃあここで待ってるから」


 藤堂君、買い食いしまくってたからな。本当なら姫野宮さんと食べたかったんだろうけど。

 何かメッセージが来てないかなって、スマホを取り出してロックを解除する。すると。


「あ、浮気チェックでもしちゃおうかな」


 ぽふんと横に座るいい香りの女の子。千奈だ。


「え、え? 何でここに?」


「送ったじゃん。同じ買い出し班だよって」


「そ、そうだけど……一人なの?」


「ううん、違う。でも、ちょっと一人になれたから。それで、たまたま見つけちゃったから」


 ダメだった? って顔をした千奈はとても可愛くて。昨日のキス、僕は千奈のぷっくりとした可愛い唇とキスをしたんだ。思わず再現しそうになっちゃうけど、ここじゃダメだ。というか、今ここでこうして会話してる事だって不味いんじゃ。


「……うわ、女の子の名前沢山ある。やっぱり奏夢って女の子に人気あるの?」


「あ、いや、違うよ? 僕、困ってる人を見ると助けたくなっちゃって、それで」


「……私も、その内の一人だったってこと?」


 違うって言いたいけど、言えない。あの時の千奈は漆黒の表情をしていたから、助けないといけないって使命感だけで君の事を助けたって……。多分、それは嬉しい言葉ではない。


 どうしていいか黙っていると、千奈は微笑んで僕を見る。

 

「本当、優しいよね。そんな所も大好きなんだけど……。でも、奏夢が他の子と仲良くしてたら、ちょっと嫉妬しちゃうかも。なんて、私が言えた義理じゃないか」


 顔色は……ピンクだ。怒ってる訳でも、悲しんでいる訳でもない。多分、心の底からの言葉なんだろうな。でも、千奈の事だ、嫉妬では済まない可能性の方が高い。これでまた僕が裏切りでもしたら、千奈はもう人の事を信用できなくなるかも。……なんて、自意識過剰かな。


 でも、恋愛ってそれぐらい人の心に深く突き刺さるんだ。

 だから、簡単じゃない。


「大丈夫だよ、僕は浮気なんかしない」


「……うん。じゃあ、私そろそろ行くね」


 去り際に軽くキスをして、千奈は名残惜しそうにその場から姿を消した。手にしていたスマホを見て、僕は女子の名前を消し始める。きっと、こういうのの一個一個が彼女を傷つける原因になるのかもしれない。どうせほとんど使わない連絡先なんだ、消したって惜しくないさ。


「やっべ……腹いてぇ」


「あ、やっと戻ってきたな」


「おう、すまねぇ、ちょっと食い過ぎたみたいだ」


 ある意味タイミングバッチリだったって心の中で藤堂君に伝えて、その場を去ろうとした、その時。あまり会いたくないグループと僕達は出くわすことに。


「あれ? 藤堂君じゃん、何、君も買い出し班だったの?」


 冨樫賢介、それに……千奈も、渚砂って女の子も一緒じゃないか。

 他にも男子が数名いるし、このグループってあのお昼休みのグループだろ。


「今からカラオケ行くんだけど、藤堂君、君も一緒に来ないかい?」


「え、あの、俺達いま文化祭の買い出し班でして……」


「そんなの分かってるよ、俺達だって買い出し班だからね。何さ? 同じ剣道部の先輩に逆らうつもり? ああ、そこの君も一緒ね、どうせ一人じゃそんな大荷物持てないだろうし」


 同じ剣道部だったのか。そういえば食堂で言ってたもんね、陽キャ軍団って……つまり、藤堂君は冨樫のことを知ってたって事だ。


「じゃ、じゃあちょっとだけ……」


 こうして、僕達は二年生の買い出し班と一緒にカラオケに向かう事になったのだけど。

 千奈の表情が黒い、流石に気まずいのだろう。


 でも、冨樫って男の事を知るいい機会かもしれない……今は、我慢の時だ。

 

――

次話「王様ゲーム」

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