第3話 浮気相手から見るカップル

 学校が近づくにつれ、車内は学校の生徒達で賑わいを見せてきた。僕達は繋いだ手を少し離したり、見えない所で小指だけ繋いでいたり、極力周囲に気付かれない様にしながら過ごす。


 会話もしない、男女が会話してたらそれだけで注目を浴びてしまうから。

 だからお互いに視線はスマートフォンだ。画面上で会話して、少しはにかんで。


 学校のある晴島はれじま駅に到着すると、僕達は繋いでいた手を離し自然と距離を取った。


 残念ながら千奈先輩が彼氏である男、冨樫とがし賢介と付き合っているのは周知の事実。僕と手を繋いでいようものなら、それだけで相手に何かしらの情報が伝わってしまう。


 徐々に遠くなっていく千奈先輩を名残惜しそうに眺めていると、突然僕の首に腕が回された。


「うっす、なに見てんのよ? 奏夢っち」

 

「ちょ、ちょっと藤堂とうどう君、びっくりするからいきなりは勘弁してよ」


「ぼーっとしてる奏夢っちが悪いんだろ? んで? 誰見てたのよ? ついに便利屋も人の為じゃなくて、自分の為に動く時が来たって感じなんじゃないのぉ?」


 何でいきなり図星を貫いてくるかな。だけど、僕の視界には既に千奈先輩の姿は存在しない。ほっとしていると、藤堂君は前を歩いていた女子を指さしして。


「お、まさかあの子か? クラスメイトの立花たちばなさん?」


「なんで急に、誰も見てないよ。僕が何かを見ているとしたら、困ってる人がいないか探してる時だ。便利屋だからね……って、立花さん、おはようございます」


 名前を呼ばれたからか、立花さんがこちらを振り向いて長めのポニーテールを揺らしながら、トコトコと近づいてきた。


「ん、おはよう。どしたの朝から?」


 立花月葉つきは、線が細く陸上部の彼女は、陰ながらにして人気のある女子の一人だ。サバサバとした感じの彼女は、今みたいに男子にも気軽に話しかけてきてくれる。そして勘違いした男子は彼女へとアタックし、見事に撃沈していくのだ。


「別に何も……」


「立花さんのことを奏夢っちが見てたからさ、ついに奏夢っちにも春が来たのかなって」


 ちょ、一体何を言ってるの!? 肩に掛けられた腕を払いのけようとするけど、藤堂君剣道部だから、力が凄くて外せないんだけど!? あ、ほら、立花さんも迷惑そうな顔色して……ないな、白いぞ。白って事は嬉しいって事だ。


「へぇ、アタシの事をそういう風に見てるとは思わなかったけど。奏夢君には恩義があるからなぁ、むげに断り辛いんだよねぇ。ま、頭の隅っこの方には置いておくよ」


 え? 置いてくれるの? いやいや、僕には千奈先輩がいますから。


 予想外の返事をしてきた小麦色の肌の彼女は、白い歯を見せながら笑顔になると、他の友達を見つけてそちらの方へと行ってしまったのだが。


「お、なになに? 奏夢っち立花さんとマジで何かあったの?」


「別に、何もないよ」


 実は、あった。あったけど、これは僕の便利屋としての仕事の一つでしかないはず。

 思えばクラスメイト全員が白い顔になる様に努力したのだから、当然と言えば当然か。


 夏休みに用事で出かけてる時に、日射病で座り込んでた立花さんに飲み物奢っただけ。

 それだけで惚れるとかは絶対に無いと思うけど。事実、白だったし、そういう事だ。


「藤堂君こそどうなのさ? 誰か好きな人がいるんじゃないの?」


「俺? 俺は……ま、良いって事よ」


「僕の事を散々もてあそんどいて、それは無くない?」


 男でも女でも、恋話ってやっぱり楽しい。藤堂君の好きな相手が誰なのかは僕は知らないけど、協力くらいならしてあげようと思う。藤堂君は便利屋云々抜きにして友達になってくれた数少ない人の一人だから。




『今日一緒に帰らない?』


 千奈先輩からこのメッセージが届いたのは、お昼休みの時間の事だ。

 もちろん即答でOKと返事をすると、駅で待ち合わせしようって。


 本音を言えば学校からして一緒にいたいと思うけど、僕達の関係は浮気なんだ。

 誰にも言う事は出来ないし、知られる事も許されない。


 恋愛は壁が高ければ高いほど、障害があればあるほど燃え上がると言うらしいけど。

 僕達の浮気関係は、多分それの最高レベルだ。


 学校の先生にも、友達にも、クラスメイトにも……彼女の浮気相手にも。

 絶対に見つかってはいけない秘密の関係に、僕はドキドキする。


「お、二年生の陽キャ様だぜ」


 一緒に横でカレーを食べていた藤堂君が、ぼそっと呟く。高校のお昼休みの食堂なんだ、誰がいてもおかしくないし、それを目にしてしまう事だって多々あるはずだ。


 まず最初に目に入ったのは千奈先輩の姿、そしてその側にいるのが……冨樫賢介、千奈先輩の彼氏。茶髪をくしゅっとした今風の髪型の彼は、千奈先輩の側にいて、けれども一切の顔を見ようともしない。


 他にも男女が数人いて、その中の一人が千奈先輩が叫んでいた渚砂って女の子なのだろうか? 流石に僕でもそこまでは分からない。一年生と二年生の間には、物凄く厚い壁が存在するから。


「いいよなぁ、アイツ等乱交パーティとかしてんのかね」


「乱交って……それは流石に無いでしょ」


「だって男四人に女四人だぜ? 完全にヤリサーの雰囲気出てんじゃん」


 ヤリサーって。そっか、でも、可能性としては無くもないのか。乱交はともかく、千奈先輩と冨樫は付き合ってるんだから、肉体関係だって既にあるかもしれない。飽きたから捨てるってのも漫画とか小説でよく読むし、身体に飽きる……そんな事、あるのかな。


 藤堂君と二人でぼーっと眺めてたら、ふいに千奈先輩が僕達の方へと視線を動かした。

 多分、僕の存在に気付いたんだと思う。


 それまで少し黒ずんでいた表情をピンクに染め上げて、小さく手を振ってきた。

 他の子に「千奈、何してんの?」みたいな事を言われたらしく、直ぐにやめちゃったけど。


 思わぬ千奈先輩の行動に、僕は心の底からの喜びを噛み占める。

 僕達の距離はあるけど、心の距離は近いんだ。


「ちょ、今の見た!? あの子俺に向かって手を振ってたぜ!?」


「え? あ、ああ、そうなんだ? 良かったじゃん」


「二年生かぁ、俺もヤリサーに入れたりすんのかな? でもなぁ……ちょっと奏夢っち、一人であの子のとこに行ってみてよ」


 行く訳ないだろう。

 性欲の塊みたいな藤堂君は放置して、僕は千奈先輩の事を遠くから眺める。


 一体、今の彼女はどんな気持ちであの集団の中にいるのか。

 笑顔でいる彼女の本当の気持ちに気付いている人は、果たして存在するのだろうか。


 誰も気づかない、それほどまでに千奈先輩は嘘が上手い。

 仮面の下は死にたくなる程の悲しみに溢れているのに、それを誰にも悟らせなかったのだから。


 僕に気付いてからは、千奈先輩はずっとピンク色に染まっている。

 彼氏が勘違いしてしまうのではないかと思うぐらいに、今の千奈先輩は良い笑顔だ。


 さてと……本腰入れて分析でもしてみようかな。

 僕が見ようと思えば、相手の人間関係は丸裸も同然。


 まずは冨樫、こいつは千奈先輩とはほとんど会話をしないけど、たまに顔を合わすと色を黒に染めている。喧嘩してたり、浮気……つまりは嫌いって事は間違いない。けれど、グループの中の一人、長い髪の毛をストレートに下ろしている女の子。冨樫の様に茶色に染めている子と会話する時は顔の色がピンクになり、やがて赤に染まる。


 なるほど、この子が冨樫の浮気相手か。

 次はその子に注視する。 


 制服のスカートをミニしている女の子、赤いネクタイだから二年生。冨樫を見る時は……青? 赤とかピンクじゃないのか? そして千奈先輩を見る時も……青だ。青という事は怒り、この子は千奈先輩の事が嫌い。浮気相手だからか? いなくなれば良いと思っていると言えば辻褄が合うか。にしても冨樫も青って、一体どういう状況なんだろう?


 他は白がほとんど。男共は軒並み白かピンクに染まってるけど、女子はそうでもなさそうだ。

 藤堂君の求めるヤリサーでは無さそうだね……あれ? でも、よく見ると……。


 千奈先輩、冨樫を見る時に、黒の他に少しだけ灰色になってる時がある。


 僕はスマホを取り出して、黒とピンクが混ざった時の色について検索した。

 ……そして、納得がいかない様な、納得したく無いような言持ちに襲われる。


 黒とピンクを混ぜた時、色は灰色に染まる。

 そう、だよな。冨樫が浮気してなかったら、二人は付き合っていた訳なんだし。


 というか、現在進行形か。

 

「お、そろそろ次の授業に行かないと間に合わないぜ」


 僕の気持ちをきちんとしないとダメだ。僕が本当に千奈先輩を好きになれるかどうか、一時の感情に流されてたら、きっと彼女を悲しませる。相手は浮気をするって言ってるんだ、生半可な覚悟じゃ、罪の業火に燃やし尽くされ終わりだ。


 決意しないと……千奈先輩を幸せにするって覚悟を僕が持たないと。 


――

次話「キスの味」

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