#9 プロエイジングの未来

 また1人、若者が死んだ。


「なんか物騒だよなぁこれ」


 隣で一緒にニュースを眺めていた幼馴染が言う。

 数分前まで何ともなかったのに、急に血圧が下がって泡を吹く。最後にけいれんが起きて、命を落とす。

 救急搬送しても、病院に着く頃には事切れていることがほとんどらしい。そんな若者が今、じわりじわりと増えていた。


「もう20人目なんだな」

「地味に多いよな」

「でもさ、何か持病とかあったりするんじゃないの? こういうのって」


 ほら、この前のウイルスみたいに呼吸器系の疾患がある人が重症化しやすいとか、血管系の疾患があったとか、と僕は聞いてみるけれど、幼馴染は首を振った。


「今の所、共通点はないらしい」

「じゃあ、もしかしたら俺達も……?」

「おそ、らく」


 外出していようが家にこもっていようが関係ないらしい。

 少しずつ体の中心から体温が奪われていく感覚がしたが、自分達はきっと大丈夫だと考え、あえてその話題を逸らした。



 しかし、若者は日に日に死に絶えていく。



✳︎✳︎✳︎


 今日の死者45人(平均年齢23.75歳)


 未だ治療法など見込み立たず 原因も不明


 世界にはこの兆候なし 日本独自の新病か


✳︎✳︎✳︎


 ネットやテレビの見出しは不安を煽るものばかりだった。

 日本から逃げ出せば罹患しないのではないか、と空港に殺到する若者が急増したが、海外から恐れられて皆強制送還されてしまったという。ついには30歳未満が空港へ立ち入り禁止になってしまった。

 その後もこの奇病による20代の死者は増え続け、1日あたり100人を超える日も出てきた。たちまち会社からもリモートワークを要請されるようになった。大学に至ってはキャンパスを全面閉鎖、全学生がオンライン授業という有様のようだ。

 さらには、20代の外出まで制限されるようになった。日々の買い物は通販を推奨されている。


✳︎✳︎✳︎


『この奇妙な症状が見られ始めてから早くも2ヶ月が経とうとしていますが、未だ原因は不明のままです。特効薬も見つかっていません』

『しかも、今までの死者は全員20代で、毎日死者が出ているんですよね』

『そうなんです。非常に心配です。早急な原因解明と対応策が求められます』


✳︎✳︎✳︎


 どのニュース番組も、トップは毎日この奇病について扱っていた。僕はそろそろ2週間連続となるリモートワークにうんざりし始めていた。仕事は部屋で1人、外出もままならない日々。先日まで頻繁に会っていた幼馴染とも、何となく会うのを控えていた。いつかこのことが、自分事になるのが怖かったから。まだ他人事でいたかったから。


 しかし、奇病を他人事として片付けられる日は、そう長くは続かなかった。


『あのね、シュン、シュンが……!』

「もしかして、ですか」

『そうなの! うっ、もう、どうしよう……シュンが……助けて……!』


 幼馴染のお母さんから、夜中に電話があった。同居している幼馴染が、ついにアレに罹ってしまったようだ。半狂乱のお母さんをなだめたものの、さすがに心配だった。その日は全く眠れなかった。

 でも翌朝、幼馴染のお母さんから再び電話があった。


『聞いて! シュン、シュンがね……』

「はい……」

『元気になったの!』

「え?」

『泡まで吹いてたから、昨日はどうなることかと思ってたけど……』


 お母さんの声は、所々潤んでいた。僕もホッと胸を撫で下ろすのと同時に、どうやったら生き残れたのだろうと不思議に思っていた。


『でもね、すぐには退院できないらしいの』

「様子見ってことですか?」

『それもあるみたいだけど、検体が研究に回されるんですって。この症状から回復した例は、シュンが全国初だっていうらしいから』


 幼馴染のことは、その日の全国ニュースを席巻した。研究者がこぞって彼の検体を求めていることも伝えられた。

 しかし、彼の検体だけでは原因を特定できなかった。幼馴染は程なくして無事退院した。


「すごく心配したけど、退院できて本当に良かった」

『ありがとう。症状が出た翌日、嘘のように血色が戻ったんだ。まるであの症状が夢じゃないかって思うくらいに』


 その後、良いニュースが届いた。発症者のうち何人かの回復例が出てきたのだ。研究者は検体の共通点をしらみ潰しに調べ上げ、マスコミは彼らの生活環境などの共通点を調べ上げた。


✳︎✳︎✳︎


『例の奇病について、新たな情報です。発症しても回復した人々は皆、30歳になる前日夜に発症していたことが分かりました』

『つまり、30歳の誕生日の直前に発症すれば回復する……30歳になれば絶対に罹らないってことでしょうか?』

『そういうことかもしれません』


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 このニュースは「#30歳最強説」として瞬く間にネットに拡散し、30歳の誕生日を無事に迎えた人達がSNSで盛大に祝い合うようになった。僕もまもなく30歳を迎え、当面の危機は乗り越えたと安堵した。

 不思議なのは、20代でもいわゆる老け顔の人間が罹ることはなかった、という週刊誌の記事だった。確かに幼馴染は童顔だった。この真偽は不明だが、30代に見せようと背伸びする若者が増えた。

 その後なぜだか死者数は減少し、この奇病は半年ほどで鳴りを潜めたのだった。



✳︎✳︎✳︎


 今日の死者53人(平均年齢56.36歳)


 未だ治療法など見込み立たず 原因も不明


 世界にはこの兆候なし 日本独自の新病か


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 半年前とよく似た文言が、ネットニュースのトップページを飾っていた。今度は60歳未満が対象らしい。

 たちまちネット上には「#60歳最強説」が流れ、メディアが「60歳見え」の素晴らしさを囃し立てる。研究者やアナウンサー、タレントまでもが、「ほうれい線や目尻のシワ、白髪や薄毛が良いのだ」「筋力を下げよう」「運動は悪だ」と語る場面がテレビで放送されるようになった。


 この60歳未満対象の奇病は、かなり長い間続いた。今や街に出る人間は高齢者ばかりになった。

 化粧品のテーマは、アンチエイジング抗老化ではなく、プロエイジング老化促進に変わっていった。


 僕や幼馴染も、プロエイジングを始めている。小学生に人気の将来の夢は、「おじいちゃんおばあちゃんになること」だ。



◇◇◇



 海外の軍司令官達は、口の端を不気味に吊り上げながら、最近口を揃えて言うそうだ。


「日本はもっと、平和になった」と。

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