名探偵はいつも留守

四方 東湖

名探偵はいつも留守

ある日の昼下がり、私は巷で噂の名探偵がいるという探偵事務所を訪ねた。

古びたビルの3階にあるその事務所のドアには「A探偵事務所」と書かれた看板がかかっていた。ドアの横にあるインターフォンを押すと、ピンポーンというチャイム音の後に、スピーカーの向こうから聞こえる女性の声に「何か御用ですか?」と言われた。

私が「ここに居られるという名探偵さんに依頼をしたいのですが…」と言うと、スピーカーの向こうの女性は困ったような声で「申し訳ありません、今うちの名探偵は留守なんです」と言った。

これは困ったなァと思った私が少し黙っているとスピーカーの向こうの女性がこんなことを言ってきた。


「良かったら依頼の内容だけでも教えていただけませんか?私があなたから聞いた依頼内容をそのまま名探偵に送れば、5分ほどで名探偵から推理が送られてきますから」


「はぁ… 分かりました」


メールだけで事件が解決できる名探偵なんて本当にいるのだろうか、とは思ったが、ダメで元々、当たれば儲けだ。

私はインターホンに向かって、兄が行方不明になった事。1週間経っても見つかっていない事、事件の詳細などを話した。

話し終わるとスピーカーの向こうの女性に「では、この内容をそのまま名探偵に送信しますね」と、言われた。

それから5分ほど経っただろうか。スピーカーから「お兄さんの場所、分かりましたよ」と言う女性の声が聞こえてきた。


「えっ!本当ですか!?」


思わず大きな声を上げてしまった。

本物の名探偵とはこんなに凄いものなのか。私は驚きのあまり、インターフォンから聞こえてくる兄の居場所の住所をメモし忘れ、2回も言い直してもらったが、スピーカーの向こうの女性が少し長い住所を淀みなくスラスラと話してくれたのでしっかりとメモすることが出来た。

去り際に依頼料の話をしようとすると「お金は結構ですよ」と言われた。

何でもインターフォン越しの推理にお金なんか貰えない、ということらしい。こういう人格者なところも、名探偵が名探偵たる由縁なのかもしれない。

その後、言われた住所に行くと、本当に兄が見つかった。

兄はそこに建っていたプレハブ小屋の中に監禁されていた。

しかし、何故か兄に連れ去られた時や監禁されていた時の記憶が無く、結局犯人は分からず仕舞いだった。まぁ兄は見つかったのだ。これ以上は望むまい。


また今度、名探偵さんが留守でない時にお礼を言いに行こう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


“私”が事務所のドアの前から去った後、室内ではインターフォンのモニター前に設置されたロボットが電子音を出しながら今日の会話記録をデータベースに保存していた。

そしてソファにはそれを見つめる2体のタコのような姿をした生物が座っていた。片方はボロボロの名作推理小説を読みながら。もう片方はモニター前の機械が故障を起こさないか、しっかりと見張りながら。


「隊長、あのロボットもなかなか会話が上手くなってきましたね」


恐らく地球外のものであろう言葉で機械を見張っていたタコ型生物が言う。


「随分多くの人間と会話をさせたからな」


隊長と呼ばれたタコ型生物がそう答えながら推理小説のページをめくる。


「しかし、わざわざ探偵事務所の体で会話をさせる必要はあるんですかね」


「ずっと言っているだろう。このロボットの第一の目的は地球人との円滑な交流の為に彼らとの日常会話を学習する事だが、もう一つの目的は亡くなってしまった推理小説家たちの新作を書く事だ。その為には多くの事件依頼者との会話サンプルが必要だ」


「それはもちろん分かっているのですが…。事件を起こして名探偵の噂を流す作業、結構大変なんですよ?隊長の趣味に付き合わされる側の気持ちにもなってください」


「ハハハ、いい事じゃないか。だがまぁ、そろそろ自分たちで起こさなくても、事件が向こうからやってくることになるぞ」


「それは一体、どういうことですか?」


この質問に隊長タコが答えるより先に、ピンポーンというインターフォンのチャイム音が鳴った。


「何か御用ですか?」


モニター前の機械がさっきと同じ女性の声でそう言うと、スピーカーから「B警察署の松尾と申します。ここに居られる名探偵さんに事件捜査のご協力をお願いしたいのですが…」と聞こえてきた。


「隊長、こういう事ですか?」


隊長タコはニヤリと笑い、こう答えた。


「その通りだ。これでもうお前に事件を起こしてもらう必要は無くなっただろう?」


「でも隊長、あのロボットに搭載してるのは会話機能と会話の学習機能だけで、推理能力はありませんよ?」


「えっ…?」


隊長タコの顔が青ざめる。


「まさか隊長、そこまで考えてなかったんですか?」


そのまさかだ。まさかなのだが、そんな事を馬鹿正直に伝えては隊長としての威厳に関わる。


「そ、そんな訳ないだろう。こうする予定だったんだよ」


隊長タコはそうやって誤魔化しつつ、部屋の隅に設置されているロボットの操作パネルに近づき、ある文章を操作パネルに入力した。


ロボットはそれを正確に読み取り、これまでに学んだ会話能力を活かし、適切なタイミングで、ボディに備えられたスピーカーからいつもと同じ女性の声を鳴らした。


「申し訳ありません」


「探偵はいつも留守なんです」


その後2匹のタコ型生物は、刑事がインターフォン越しに語る事件の情報を、部屋の中でため息をつきながらメモ帳に書き留めていた。



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